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第23話 銀鍵同盟はじっくり成長中

 Dランク昇格から、一か月が経った。

 銀鍵同盟の四人は、ルカリスの街を西側に出てすぐの場所にある巨大湖――カイラブ湖の周辺にいた。


 湖畔の湿地帯。

 背の高い葦が揺れる中で、銀鍵同盟は三体のリザードマンと交戦していた。


 通常リザードマン――60SP。

 三体で180SP。


 通常オークに比べても一段上の敵。

 水辺での機動力と、ぬめる鱗の防御力が厄介な相手だった。


「カレンちゃん、左!」

「分かってる!」


 ヴァニラの声に応じ、カレンが半歩後ろへ下がる。


 直後、リザードマンの曲刀が空を切った。

 湿地の泥を跳ね上げながら、細長い尻尾が横薙ぎに迫る。


「っ!」


 カレンは長剣でそれを受け流して踏み込み、脇腹を深く裂いた。


「レスター!」

「任せて!」


 別のリザードマンが横から回り込もうとする。

 そこへレスターが大盾を差し込んだ。


誘陣(プロヴォーグ)!」


 リザードマンの黄色い瞳が、レスターへ向き、曲刀が大盾へ叩きつけられた。


 銀鍵同盟のエンブレムが刻印された象牙色の大盾は、夏の強い日差しを受け、誇らしげに煌めく。

 それはDランク昇格後、レスターが真っ先に新調したものだった。


「ヴァニラ!」

「うん!」


 ヴァニラが杖を掲げる。


爆火炎(バースト)!」


 中火力の火球が、リザードマンの足元で爆ぜた。

 湿地の泥が跳ね、敵の視界が乱れる。


 そこへカレンが走る。


「これで、二体目!」


 長剣がリザードマンの首元を裂いた。

 緑の鱗に覆われた身体が、湿地へ倒れ込む。


 残るは一体。


 最後のリザードマンは、仲間が倒されたことで明らかに警戒を強めていた。

 曲刀を低く構え、舌をちろりと出す。

 黄色い瞳が、カレンを捉えている。


「……こいつで終わりね」


 カレンは剣を構え直した。

 胸の奥に魔力を巡らせる。


 遠征中に無意識で掴んだ感覚。

 それを、この一か月で少しずつ形にしてきた。


闘気(ブレイブ)


 淡いオーラが、カレンの身体を包む。


 まだ長時間は維持できない。

 出力も安定しきってはいない。


 だが、一瞬の踏み込みと一撃の重さは、以前とは段違いだった。


 カレンは地面を蹴る。


 湿った土が跳ねる。

 リザードマンが曲刀を振り上げる。


 カレンは迷わず、正面から剣を叩き込んだ。

 相手の曲刀ごと、斬る。


「はぁっ!」


 長剣が振り下ろされる。


 リザードマンの曲刀と、カレンの長剣がぶつかった。


 次の瞬間――バキンッと乾いた音がした。


「なっ!?」


 折れたのは、カレンの長剣だった。

 刃が半ばから砕け、銀色の破片が宙を舞う。


 一瞬、カレンの身体が止まる。

 その隙を、リザードマンは見逃さなかった。


 曲刀がカレンの肩口へ迫る。


「っ、させない!」


 レスターが割り込み、シールドバッシュでリザードマンの胴体を真正面から打ち抜いた。


 鈍い衝撃音とともに、リザードマンの身体が数メートル吹き飛ぶ。

 湿地を転がり、葦の群れをなぎ倒した。


「ヴァニラ!」

灼火炎(ブレイズ)!」


 ヴァニラの杖先に、高密度の火球が生まれる。


 大きさは控えめ。

 だが、熱量は十分。


 白に近い灼熱が、吹き飛ばされたリザードマンへ一直線に飛んだ。


 直撃し、リザードマンの身体を超火力の炎が包む。


『ギィアアアアアッ!』


 短い断末魔。

 炎が収まったとき、最後のリザードマンは動かなくなっていた。


「討伐完了だな」


 少し離れた場所で見守っていたゼストが、ロッドを下ろす。


 カレンは折れた長剣を手にしたまま、深く息を吐いた。


「……びっくりした」

「ちょっとヒヤッとしたな」


 カレンは折れた刃を見つめ、悔しそうに眉を寄せた。


 ゼストは破断面を確認する。


「オーク族長(ヘッド)戦から闘気(ブレイブ)を使い始めて一か月。そろそろ限界が来たんだろ」


「……そっか」


 カレンは小さく息を吐く。


 そして、レスターの方を見た。


「レスター、フォローありがと」

「大したことじゃないよ」


 レスターは大盾を背負い直しながら、穏やかに笑う。


「とどめはヴァニラだったしね」

「えへへ……いい形でハマったね」


 ヴァニラは少し照れたように杖を抱える。


 ゼストは三人を見て、満足げに頷いた。


 事故はあったが、悪くない連携だ。

 誰か一人の失敗を、他の二人が補えるようになっている。


「少し早いが、今日はここまでにしよう」


 ゼストの提案に一同は頷き、彼らはカイラブ湖周辺を後にした。


 ☆ ☆ ☆


「にしても、良いお家だよね〜」


 ヴァニラは玄関をくぐるなり、しみじみと言った。


「辺境伯さまさまだな」


 ゼストも同意する。


 ルカリス東部。

 第77支部から徒歩十分ほどの場所にある、庭付きの平屋。


 それが今の銀鍵同盟の帰るべき場所だった。


 マクスウェル辺境伯が、スポンサー支援の一環として提供してくれた拠点である。


 建物の中は、下手な貧乏貴族の屋敷より整っているのではないかと思うほどだった。


 男女二部屋に、共同スペース。

 台所や倉庫代わりに使える小部屋。

 そして、簡易シャワーまで完備。


 安宿暮らしから考えると、もはや文明が二段階くらい進化していた。


 ゼストは手を叩いて指示する。


「よし。順番にシャワー浴びてこい。泥まみれで飯は作りたくない」

「ゼストが作るの?」

「今日は俺とレスターで作る。カレンは剣の整理、ヴァニラは野菜洗い頼むぞ?」

「はーい」


 四人は順番に身支度を済ませた。


 汗と泥を落とし、部屋着に着替える。

 任務帰りの緊張が、少しずつほどけていく。


 その後、帰り道に購入した食材を台所へ並べた。


 白パン。塩漬け肉。湖周辺の村で買った野菜。

 香草。卵。小さなチーズ。


 安宿暮らしの頃なら、完全にご馳走の部類だ。


 やがて、共同スペースの食卓に料理が並ぶ。


 肉と野菜の煮込み。

 焼いた白パン。

 卵を使った簡単な料理。

 香草を散らした温かいスープ。


 四人は席についた。


「いただきます」


 声が四つ揃う。


 レスターが懐かしそうに頷く。


「あの頃は、毎日白パンを食べられるなんて夢にも思ってなかったな」

「お肉も塩気も足りてるし!」

「切実だな」


 ヴァニラの発言にゼストは笑った。


 カレンもパンをちぎりながら言う。


「安宿暮らしから考えれば、凄い成長よね」

「だな」


 ゼストは共同スペースを見回す。


 壁際には装備が置かれ、テーブルの端には依頼資料が積んである。

 ヴァニラの私物らしき小物が棚に増え、レスターの盾用手入れ道具も定位置を得た。

 カレンの剣の手入れ布は、なぜかいつも椅子の背にかかっている。


 少し雑然としているが、家に生活感が出てきている。


「生活を整えるのは大事だ。強くなるって、そういう地味なことの積み重ねでもあるからな」

「じっくり成長中、ってわけね」

「そういうこと」


 カレンの言葉に、ゼストは頷いた。


 食卓には、温かい料理がある。

 部屋には、帰ってきた安心感がある。


 Fランクだった頃には、想像もできなかった生活だった。


 自分たちの実績が上がるにつれて、生活水準も上がっていく。

 その喜びは、思っていた以上に格別だった。


 派手な勝利も、劇的な昇格も、毎日起こるわけではない。


 武器が折れる日もある。

 失敗しかける日もある。

 まだまだ足りないものを突きつけられる日もある。


 それでも。

 帰る家があり、囲む食卓があり、明日へ向かう仲間がそこにはいた。

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