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第22話 四大魔族の策謀

 かつて魔王直属として君臨していた四天王。

 魔王亡き後、彼らはそれぞれが一つの国に等しい力を持つ魔族の名家――四大魔族となっていた。


 そして現在、魔族の支配領域のとある場所にて。

 四大魔族のうち、二家の当主による会談が行われていた。


 中央には長い卓。


 その片側に座るのは、白金髪の男だった。


 褐色の肌。背中から伸びる、黒く染まった片翼。

 神聖さと不吉さを同時に帯びた、美しい顔立ち。


 ハイポリオン家当主――堕天使族(フォールンエンジェル)のアウレリオ・ハイポリオン。


 白を基調とした衣装に、黄金の装飾。

 だが、その佇まいから感じるのは清廉さではなく、底知れぬ傲慢と余裕だった。


 そして卓の反対側。


 灰青の長髪を肩に流し、血色のない肌をした男が静かに座っている。

 整った顔立ちに細い指、そしてその種の特徴である赤い瞳。

 そこに浮かぶ感情は薄く、まるで長い年月を退屈とともに生きてきた貴族のようだった。


 ゼフィード家当主――吸血鬼族(ヴァンパイア)のシュラウド・ゼフィード。


 黒と深紅を基調とした外套をまとい、手元には血のように赤い液体が注がれたグラスが置かれていた。


 アウレリオは柔らかく微笑む。


「久しぶりだね、シュラウド」

「七年ぶりか」


 シュラウドは淡々と答えた。


「お前と顔を合わせると、だいたい碌な話ではない」

「ひどいな。私はいつだって、実りある話を持ってきているつもりだよ」


 アウレリオは笑った。


 声は穏やか。

 だが、目は笑っていない。


 シュラウドはグラスを手に取る。


「それで、用件は?」

「単刀直入で助かるよ」


 アウレリオが合図すると、護衛が卓上に一枚の地図を広げた。


 人類圏と魔族圏の境界。

 そして、ある場所に印がつけられている。


「ゼフィード家と共同で、八年ぶりにルカリス回復遠征を行いたい」


 アウレリオは、まるで茶会の予定でも提案するような軽さで言った。


 だが、その言葉の意味は重い。


 ルカリス。

 マクスウェル辺境伯家が治める、人類圏東部の重要拠点。


 しかし、魔族にとってその名は別の意味を持つ。


 旧第二魔王城。

 かつて魔王が拠点の一つとしていた城塞都市。

 そして、初代勇者によって魔王が討たれた場所。


 つまりルカリスは、魔族にとって敗北の象徴であり、同時に取り戻すべき聖地でもあった。


 シュラウドは地図を見下ろす。


「第三次ルカリス回復遠征……とでも呼称するべきか」


 その声に、わずかな興味が宿った。


 過去二度、魔族はルカリス奪還を試みているが、いずれも失敗。

 以来八年、大規模な奪還作戦は行われていなかった。


「いいだろう」


 シュラウドは短く言った。

 アウレリオの笑みが深くなる。


「話が早くて嬉しいよ」

「勘違いするな」


 シュラウドは赤い瞳を細めた。


「私は、お前の策に乗るわけではない。ゼフィード家にとっても、ルカリスは放置し続けるには惜しい場所だ」

「もちろん。だからこそ、君に声をかけた」


 シュラウドはグラスを置いた。


「では、本体を送る前に、現状のルカリスの戦力を探る必要があるな」

「その通り」


 アウレリオは満足げに頷く。


「八年前とは状況が違う。マクスウェル家の防衛力や勇者協会の戦力、周辺パーティの質……すべて把握した上で本隊の規模を決める」


「誰を送る?」


 シュラウドが問う。


 アウレリオはゆっくりと視線を横へ向けた。


 広間の端に、一人の魔族が控えていた。


 長身。鋭い目つき。

 濃緑の髪を後ろで束ね、黒と金を基調とした軽装鎧を身に着けている。

 背には翼こそないが、額には細く曲がった角が二本。


 彼は一歩前に出て、深く頭を下げた。


「先遣隊の指揮は、カナゼルに任せようと思っている」


 ハイポリオン家配下――カナゼル。


 シュラウドは彼を一瞥した。


「幹部を送らなくていいのか?」

「本隊前の探りに幹部を出すのは目立ちすぎる」

「それはそうだが」


 アウレリオは穏やかに微笑んだ。


「彼には少し仕事をあげたいんだよ」


 そして、カナゼルを見る。


「そうだよね、カナゼル?」

「はい」


 カナゼルは頭を下げたまま答えた。


 その声は抑えられている。

 だが、奥には煮えたぎるような感情があった。


「コイナー家からの情報によれば、ゼスト・マクシムという勇者がルカリスにいるそうです」


 その名が出た瞬間、シュラウドは目を細めた。


「ゼスト・マクシム――黒之剣(くろのつるぎ)の構成員か」

「はい。現在はその肩書を失っているそうですが……本人で間違いないかと」


 カナゼルの拳が震える。


「私は弟を……リゼルを、奴に殺されました」


 広間に、静かな空気が落ちる。


 ただ殺されたのではない。

 骨一つ残さず、消し炭にされた。


 カナゼルはその報告を受けた日のことを片時も忘れたことはない。


「なんとしても手柄を上げ、幹部へ昇格し――


 カナゼルは顔を上げた。

 目に、暗い炎が宿っている。


「次の本隊を率いて、奴に復讐したいのです」


 シュラウドはしばらくカナゼルを見ていた。


 復讐心。


 魔族にとって、それは決して珍しい感情ではない。

 むしろ、強い執着は力になる。


 ただし、使い方を誤れば、任務を壊す。


「復讐は構わない」


 シュラウドは淡々と言った。


「だが、先遣隊の任はルカリスの戦力把握だ。万が一、ゼスト・マクシムと遭遇しても、勝手に仕掛けるなよ」


 カナゼルの眉がわずかに動く。


 アウレリオは微笑んだまま何も言わない。


 カナゼルは奥歯を噛み、それから深く頭を下げた。


「……承知しております」

「本当か?」

「はい」


 シュラウドは赤い瞳でカナゼルを射抜くように見る。


「ならばいい」


 そして、ほんの少しだけ口角を上げた。


「期待している」


 カナゼルは再び深く頭を下げる。


「ありがたきお言葉。必ずや応えてみせます」


 アウレリオは手元の地図に指を滑らせた。


「手柄を上げれば、幹部昇格も考えよう。そうすれば、本隊の一翼を任せることもできる」


 その言葉に、カナゼルの目が鋭くなる。


「必ず、成果を持ち帰ります」

「期待しているよ」


 シュラウドは席を立った。


「ならば、ゼフィード家も準備を進める。先遣隊の報告次第で、本隊規模を決める」

「助かるよ」


 アウレリオは穏やかに笑った。


「ルカリス奪還は、我ら魔族の悲願だからね」


 シュラウドはその言葉に答えず、外套を翻す。


 広間の端に、赤黒い霧が現れた。

 転移魔法だろう。


 シュラウドは歩き出し、その姿が霧の中へ消える。


 広間には、アウレリオとカナゼルだけが残った。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて、アウレリオが口を開いた。


「……まあ、現地で偶然戦闘になってしまうこともあるかもしれないよね」


 カナゼルが顔を上げる。


 アウレリオは微笑んでいた。


「戦場とは、いつだって予想外の連続だ」

「……心得ました」


 カナゼルは深く頭を下げた。


「必ずや、ルカリスの情報を持ち帰ります。そして、いずれゼスト・マクシムの首を」

「うん」


 アウレリオは満足げに頷く。


「楽しみにしているよ」


 カナゼルが広間を去る。


 一人残ったアウレリオは、卓上の地図を眺めた。


「……さて」


 アウレリオは指先で、地図上のルカリスをなぞる。


 魔族たちの策謀は、静かにゼストたちのもとへ向かい始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


ブックマークや評価で応援してくださっている皆さま、本当にありがとうございます。


少しずつ不穏も動き始めますが、次章も楽しんでいただけたら嬉しいです!

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