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第21話 カレンの漢気

「飲みの席なんだから、楽しく飲んだ方がいいぞ」


 絡んできた男は椅子を蹴るように引き、ゼストの正面に立つ。


「俺たちはDランク150位・巨人の心眼(タイラント・アイズ)だ。お前らみたいなぽっと出の飛び級とは違う」

「へえ、すごいな」


 ゼストは適当に相槌を打った。


 男のこめかみに青筋が浮いた。


「元Sランクだか何だか知らねえが、落ちぶれて辺境に流された奴が偉そうにしてんじゃねえよ」


 ゼストは黙って酒を飲む。


「ガキ三人連れて、俺が育てましたって顔してんだろ? 実際は自分の手柄で下駄履かせただけじゃねえか」


 ゼストはまだ黙っていた。


「銀鍵同盟だっけ? 実態は元Sランクに寄生してるだけってところか?」


 空気がさらに重くなる。


 周囲の勇者たちが、さすがに大丈夫かという顔をする。

 何人かは止めに入ろうか迷っていた。


 レスター、ヴァニラ、カレンも他の席から視線を向けている。


 それでも、ゼストは反応しなかった。


 言い返すのは簡単だ。

 殴り返すのも簡単だ。


 だが、ここは酒場で、昇格祝いの席だ。

 余計な揉め事を起こす必要はない。


 ゼストは深く息を吐く。


「言いたいことそれだけなら、席戻って飲めよ」

「なんだよ」


 男は顔を歪める。


「何も言い返してこねえのか?」

「酒がまずくなるからな」

「なら、もっとまずくしてやるよ」


 男は自分のジョッキを掴んだ。


 次の瞬間。


 ――ざばっ。


 冷えたビールが、ゼストの頭にかけられた。


 琥珀色の酒が髪から滴り、頬を伝い、服を濡らす。

 泡が肩に残る。


 酒場が静まり返った。


 ゼストの目が、すっと細くなる。

 さすがに、もう我慢の限界だった。


「……おい」


 ゼストが立ち上がろうとする――その瞬間。


 ――ドゴォッ!


 鈍い音がした。


 大男の身体が、横に吹っ飛んだ。


 椅子を巻き込み、床を滑り、壁際で止まる。

 そのまま白目を剥いて気絶した。


 殴ったのは――カレンだった。


 酒場にいた全員が、同じことを思った。


『『『いや、お前が殴るんかい……』』』


 カレンは拳を握ったまま、肩で息をしていた。


「殴られて当然でしょ……」


 カレンは低く言った。


銀鍵同盟(ウチ)の大事な仲間のこと、散々貶したんだから」


 ゼストはビールまみれのまま、ぽかんとカレンを見た。


「正直キュンとしたぜ、カレン」

「ふんっ……どうも」


 カレンは顔を背けた。

 照れているのか、怒っているのか、たぶん両方だった。


 レスターとヴァニラも慌てて戻ってくる。


「ゼスト、大丈夫?」

「頭からビールかぶっただけだ」


 そんなやり取りで少し空気が緩みかけたとき。


「あーあ、派手にやっちゃって……」


 別の男の声がした。


「絡むなって言ったのに、目を離したらこれだよ」


 ゼストがそちらを見る。


 細身の青年だった。

 年齢はカレンたちと同じくらいか、少し上。


 その顔を見た瞬間、カレンの表情が強張った。


「――デナム!?」

「なんだ、知り合いか?」


 ゼストが訊く。


 レスターが少し険しい顔で答えた。


「前にちょっと話したよね。引き抜かれた回復役のこと」


 ゼストは思い出す。


 今シーズンが始まる直前。

 回復役をDランクパーティに引き抜かれ、低級ポーションでどうにか凌いでいたという話。


 それが、彼――デナムだった。


 デナムは気絶した大男をちらりと見て、ため息をつく。


「仲間がすまないことをした。でもお互い様だし、チャラでいいよな?」


 カレンは冷たく言った。


「いいから、早く消えてよ」

「おいおい」


 デナムは肩をすくめる。


「元パーティメンバーに冷たいんじゃないか? なぁ、ヴァニラもそう思うよな?」

「えっ、全然思わないかな……」


 ヴァニラは少しだけ困った顔をして即答した。


「ホントに冷たっ……はははっ」


 ゼストは思わず笑ってしまう。


 ヴァニラは首を傾げる。


「だってデナムくん、裏切り者だし……」


 酒場の空気が一瞬で凍ったが、やがてクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 普段柔らかいヴァニラの口から出た、あまりに直球な言葉。


 デナムの顔が引きつる。


「う、裏切り者って……俺はお前らで二年無駄にしたんだ!」


 その声には、苛立ちが滲んでいた。


「むしろ、現実主義者(リアリスト)だって褒めて欲しいくらいだね!」


 ゼストは濡れた髪をかき上げながら言う。


「事実だけ見れば、お前が抜けてからの方が銀鍵同盟(ウチ)の成績上がってるぞ?」


 デナムが睨む。


 ゼストは肩をすくめた。


「お前、本当に現実(リアル)見えてるか?」

「うう、うるさい!」


 デナムは顔を真っ赤にした。


「いいか! Dランクは、お前らみたいなぽっと出が居続けられるレベルじゃないんだよ!」


 カレンは一歩前へ出る。

 その目は冷たかった。


「元々、居続けるつもりないから」

「は?」

「私たちの目標、今シーズン中のCランク昇格だし」


 その言葉に、酒場がざわついた。


 驚き。疑い。期待。

 様々な声が混じる。


 デナムは歯を食いしばった。


「もういい。夢ばっか見てる奴らと話しても無駄だ」


 彼は気絶している大男の方へ向かう。


「おい、いつまで寝てんだ! 起きろよ!」


 そして、気絶した仲間の脇腹を蹴る。

 回復役にあるまじき行為だった。


「Cランクに昇格すんのは俺たちだ……」


 その声は、誰に向けているのか分からなかった。


「お前たちを切った俺の判断が、間違ってるハズがない」


 カレンは静かに言う。


「好きにしなよ」


 デナムが振り返る。


 カレンはまっすぐ見返した。


「こっちは今までの自分を越えて、()()()に目の前のアンタたちも越えていくから」

「っ!」


 デナムの顔が歪む。

 だが、もう言葉は返ってこなかった。


 彼は気絶から覚めかけた大男を引きずるようにして酒場を出ていった。


 扉が閉まり、その場に気まずい空気が残った。


 祝いの席だったはずなのに、酒場全体が静まり返っている。

 このままでは、せっかくの昇格祝いが台無しだ。


 ゼストは頭からビールを滴らせたまま、すっと立ち上がった。

 そして、酒場全体に向かって声を張る。


「騒ぎを立ててすまなかった!」


 全員の視線が集まる。


 ゼストはにやりと笑った。


「お詫びと言っちゃなんだが、今日は俺たちの奢りだ! 好きなだけ飲んでくれ!」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、酒場が爆発したように盛り上がった。


「マジか!?」

「銀鍵同盟、太っ腹!」

「もう一杯飲んでくか!」

「俺は肉だ肉!」


 さっきまでの重い空気が、一気に吹き飛ぶ。


 ヴァニラが目を丸くする。


「ゼ、ゼストくん!? 好きなだけって言った!?」

「言った」

「お金、大丈夫!?」

「たぶん大丈夫」

「たぶん!?」


 レスターが苦笑する。


「まあ、当分使いきれないくらいの稼ぎはあるから」

「想定より出費は増えたけどな」


 ゼストは店主の方を見る。

 そして、目だけで訴える。


 ――これで勘弁してくれ。


 酒場の店主は腕を組んでいた。


 壊れた椅子に床にこぼれたビール、そして少しへこんだ壁。


 それらを見てから、店主はゼストにグッドサインを示した。


 ゼストはほっと息を吐いた。


「助かった……」

「助かってないわよ。頭、ビール臭いし」


 カレンが布を差し出す。


「拭きなさい」

「お、ありがと」


 ゼストは布を受け取り、髪を拭く。


 カレンは少しだけ視線を逸らした。


「……さっきの」

「ん?」

「殴ったの、悪かったわね。勝手にやって」


 ゼストは笑った。


「嬉しかったよ。マジで」


 カレンの耳が少し赤くなる。


「……そう」


 レスターとヴァニラが笑いながら二人を見る。


「カレンちゃん、かっこよかったねぇ」

「うん。僕もそう思う」


 カレンは照れたようにジョッキを持つ。


「ほ、ほら、飲むわよ。祝い直し」


 ゼストも新しいジョッキを受け取る。


 レスター、ヴァニラ、カレンもそれぞれジョッキを掲げた。


 さっきよりも少し騒がしく。

 少しだけ絆が深まったような空気の中で。


 銀鍵同盟の四人は、もう一度ジョッキをぶつけた。


「Dランク昇格、おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとう、僕たち」

「……次はCランクね」


 酒場の喧騒の中、四人は同じ目標を見ていた。


 FランクからDランク……そして、Cランクへ。


 昇格祝いの夜は、少し荒れたが……それでも、銀鍵同盟にとって忘れられない夜になった。

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