第20話 昇格祝いの酒場
その夜。
ルカリスの酒場は、いつもより少し騒がしかった。
木製の丸テーブル。
壁にかかった古い魔物の角。
厨房から漂う肉と香草の匂い。
仕事終わりの職人、商人、そして任務帰りの勇者たち。
そんな酒場の一角で、銀鍵同盟の四人はジョッキを掲げていた。
「Dランク昇格を祝って……乾杯!」
レスターの声に合わせて、四つのジョッキがぶつかる。
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「乾杯」
ヴァニラ、ゼスト、カレンがそれぞれ声を上げる。
琥珀色の酒が揺れ、泡がこぼれそうになる。
四人はそのままジョッキに口をつけた。
昇格の興奮と、今夜はもう何も考えなくていいという開放感。
それらが混ざって、酒は妙にうまかった。
「ぷはぁっ!」
最初にジョッキを置いたのは、意外にもヴァニラだった。
しかも、空である。
ゼストが目を丸くする。
「ヴァニラって、見かけによらず酒強いんだな」
「ひ、人並みだよ〜」
ヴァニラは頬を赤くしながら、えへへと笑った。
その目は、まだほとんど酔っていない。
むしろ、今からが本番だと言わんばかりに輝いている。
ゼストは自分のジョッキを見た。
まだ半分以上残っている。
初手で負けた気がして、少しだけ悔しい。
今回の遠征で銀鍵同盟が得た報酬は、銀貨952枚。
今までの彼らからすれば、完全に異次元の稼ぎだった。
少し前まで、日雇い仕事で生活費をかき集めていたことを思えば、もはや別世界である。
とはいえ、その全額を持ち歩くわけにはいかない。
大部分は第77支部に預け、今日は祝いに使う分だけを引き出してきた。
それでも、普段よりかなり余裕がある。
「今日は金のことは気にせずに、パーッといこうぜ」
ゼストが言うと、レスターが苦笑した。
「何だか、いけないことをしてるみたいだね」
「いいじゃない」
カレンは肉料理の皿を引き寄せながら言う。
「命がけで戦ったんだから、これくらいのご褒美がないと……ね? ヴァニラ」
「うんっ!」
ヴァニラは元気よく片手を上げた。
「すみませーん! ビールのおかわりくださーい!」
「早い早い早い」
ゼストが思わず止めようとする。
カレンは小さく笑いながら、肉を一切れ口に運んだ。
焼き目のついた厚切り肉。
香草の香り。
肉汁。
先日の白パンと肉料理も豪勢だったが、今日はそれ以上だった。
Dランク昇格祝い。
そう名目をつけると、多少の贅沢も許される気がする。
いや、許される。
命を張ったのだから。
四人が食事と酒を楽しんでいると、周囲の勇者たちが少しずつ声をかけてきた。
「銀鍵同盟だろ? Dランク昇格おめでとう」
「オーク族長倒したって本当か?」
「いやぁ、FからDに飛び級って聞いたときは驚いたぜ」
少し前までなら、ありえなかったことだった。
Fランク下位の弱小パーティとして見られていた頃は、声をかけられることはあっても、からかいや冷やかしが多かった。
だが今は、実績が人を呼び寄せている。
同業者としてのリスペクトを、初めて向けられていた。
「魔法使いのお仲間の席に、ちょっと行ってくるね〜」
ヴァニラが二杯目のジョッキを持ったまま、ふらふらと立ち上がる。
「おっ、銀鍵同盟のタンクくんだ!」
「こっち来て、話聞かせてくれよ!」
「いやぁ、いい身体してるねぇ!」
「え、あの、僕は――」
次の瞬間、レスターは別方向の男性陣に有無を言わさず連れていかれた。
主にソッチの趣味があるらしい男たちである。
レスターは困った表情を浮かべながら、助けを求めるように振り返った。
「僕は行きたくな――」
ゼストとカレンは、その姿をかわいそうなものを見る目で見送った。
「……人気者だな」
「……そうね」
助けには行かなかった。
たぶん、命の危険はない。
精神の危険は少しあるかもしれないが。
カレンは残されたジョッキを両手で持ち、少し不満そうに呟いた。
「今日はみんなでお祝いだってのに……なんで他のところに行くのよ」
ゼストはにやりと笑う。
「意外と寂しがり屋なんだな」
「そ、そんなんじゃないわよっ!」
カレンは顔を赤くして言い返した。
「ただ、せっかく四人で来たんだから、四人で飲めばいいじゃないって思っただけ……」
「そう思うのも無理はないけど……まあ、いいんじゃないか?」
ゼストは周囲を見回す。
「同業との交流も、案外大事だったりするし」
カレンは少しだけ黙った。
酒場のあちこちで、勇者同士が情報交換をしている。
最近出た魔物の話や、使いやすい鍛冶屋。
品揃えのいい道具屋の評判や、割のいい護衛任務の話。
こういう場で得られる情報も、勇者にとっては大事なのだろう。
「……それもそうね」
カレンはジョッキの中身を見つめる。
「これまでは自分たちに自信がなくて、積極的に絡みにいけなかったけど……今はDランクだものね」
Dランク……アマチュア勇者としては最上位。
そして、勇者一本で稼げるようになるランクでもある。
カレンは、実績が人を呼び込むということを、今まさに肌で感じていた。
そのとき、別の席から女性の声がかかった。
「あの、銀鍵同盟の剣士の子だよね?」
カレンが振り返る。
声をかけてきたのは、革鎧を身に着けた女剣士だった。
年齢はカレンより少し上くらいだろうか。
隣には、同じく前衛職らしい女性勇者が数人いる。
「オーク族長を斬ったって聞いたんだけど、本当?」
「えぇ、まあ……」
カレンは少し戸惑う。
前衛職は男性比率が高いため、女剣士は珍しい。
だからこそ、同じ女剣士同士で気になることもあるのだろう。
カレンはゼストを見る。
ゼストは軽く顎で示した。
「いってこいよ」
「う、うん」
カレンは少しぎこちなく立ち上がる。
「すぐ戻るから」
カレンは少しだけ顔を赤くしてから、女剣士たちの席へ向かった。
ゼストは一人、テーブルに残される。
肉をつまみ、酒を飲む。
その直後だった。
「おい」
低い声が、頭上から降ってきた。
ゼストが顔を上げると、そこには大柄な男が立っていた。
分厚い腕に、広い肩幅。
顔には酔いで赤みが差している。
背中には大剣。
見るからに前衛職の勇者だった。
「お前が銀鍵同盟のゼストか?」
「そうだけど」
「へえ」
男は鼻で笑った。
「元Sランク様が、Fランク連中のお守りしてDランク入りか。楽な仕事だな」
周囲の空気が、少し変わった。




