第19話 スポンサーへの昇格報告
勇者協会第77支部を出たゼストは、その足でマクスウェル辺境伯の屋敷へ向かっていた。
ルカリスの街の北側。
小高い丘の上に建つ、白灰色の石造りの屋敷。
初めて訪れたときは、元Sランク勇者のくせに懐事情が下水掃除界の最強ルーキー状態だったため、出された食事に内心で涙を流しかけた場所である。
そして今日は、銀鍵同盟のDランク昇格を報告するために来ていた。
今回通されたのは、以前のような庭に面した食堂ではなく、落ち着いた応接室だった。
その中央に、エイド・マクスウェル辺境伯が座っている。
「Dランク昇格おめでとう、ゼスト・マクシム」
エイドは穏やかに微笑みながら言った。
ゼストは頭を下げる。
「ありがとうございます。ご存じだったんですね」
「当然だ」
エイドは楽しそうに目を細める。
「この辺境を治める者として、あらゆる情報がこの耳に入ってくるからね。それに、銀鍵同盟は私が支援しているパーティだ。動向を追わない理由がない」
言い方は柔らかい。
だが、その奥には領主としての抜け目なさがある。
やはりこの人、ただの穏やかな貴族ではない。
ゼストは改めてそう思った。
エイドは茶を一口飲み、ふと思い出したように言う。
「それで、私からのサプライズは喜んでくれたかな?」
「サプライズ……?」
ゼストは首を傾げる。
何かそれらしいものがあっただろうか。
少し考えたところで、脳裏に妙な光景が蘇った。
ツイストパーマ。
小柄なおじさん。
やたら通る声。
『――Dランク昇格ゥーーッッ!』
「……あぁっ! あれですか!」
ゼストは思わず声を上げた。
エイドは満足げに頷く。
「彼は私が長年支援している旅芸人でね。このために遥々招聘したんだよ」
「旅芸人……」
「なかなか良い声だっただろう?」
――どういう趣味だよ。
しかし、わざわざ領主が手配したサプライズに対して、面と向かってそれを言うのは野暮である。
なので、口には出さない。
「それにしても、君たちは早速結果を出してくれた」
エイドは椅子に背を預ける。
「FランクからEランクを飛び越え、Dランクへ昇格。しかも、オーク族長討伐を含む大規模戦闘の成果によるものだ」
エイドははっきりと言った。
「辺境にとって、魔族を討伐できる職業勇者は貴重。ましてや、成長速度のある若いパーティなら尚更だ」
その目が、少しだけ鋭さを帯びる。
「そこで、ひとつ提案がある」
エイドは机の上で指を組む。
「銀鍵同盟とのスポンサー契約について、支援額を上乗せしたい。条件は、マクスウェル家との専属契約だ」
空気が、少しだけ変わった。
毎月、銀貨百枚。
現在の支援だけでも、Fランクだった銀鍵同盟には破格だったが、そこからさらに増額。
しかも、Dランクに上がったばかりの今なら、その価値は大きい。
だが、条件は専属契約。
つまり、銀鍵同盟のスポンサー枠をマクスウェル家で独占するということだ。
ゼストは少しだけ沈黙した。
そして、口を開く。
「ありがたい話ですが、お断りします」
エイドは驚いた様子を見せなかった。
むしろ、そう来る可能性も読んでいたように、穏やかなまま訊く。
「理由を聞いても?」
「もちろんです」
ゼストは姿勢を正した。
「まず、前回申し上げた通り、何かが起こった場合、銀鍵同盟は辺境伯側につきます」
それは、あくまで独り言だったはずの話。
王国からの独立という、表に出せない可能性に触れた交渉。
エイドは表情を変えない。
ゼストも続ける。
「しかし、語弊のある言い方かもしれませんが、『銀鍵同盟は辺境伯のお気に入り』という印象だけが先行するのは、避けたいんです」
「それでは困ると?」
「はい」
ゼストははっきり頷いた。
「ここで辺境伯家と専属契約してしまうと、ルカリスの武器屋、防具屋、道具屋、商会など、他のスポンサーの入る余地がなくなります」
銀鍵同盟が強くなり、実績を出し、そして有名になる。
そのとき、彼らの装備はどこの鍛冶屋が整えたのか。
防具はどこの職人が手がけたのか。
遠征道具はどこの店から買ったのか。
それらがすべて、街の評判に繋がる。
ゼストは言う。
「銀鍵同盟が本当の意味で辺境伯家の広告塔になるには、ルカリスという街全体から応援される必要があるんです。ですからやはり、専属契約は受け入れられません」
沈黙が落ちた。
応接室の外で、庭木が風に揺れる音が聞こえる。
エイドはしばらくゼストを見つめていた。
やがて、ふっと笑う。
「君、今すぐ職業勇者をやめて政に関わった方がいいんじゃないか?」
「勘弁してください」
ゼストは苦笑した。
「ますます気に入ったよ。本当に」
エイドは一度笑い、それから改めて真面目な表情に戻った。
「しかし……いや、だからこそ、銀鍵同盟のトップスポンサーであるという地位だけは譲れない」
その言葉は、柔らかいが強かった。
「支援を増額しても構わないね?」
ゼストは少し考えて。
「それなら、金銭以外の支援をお願いしたいです」
「ほう」
エイドの目が細くなる。
「何が必要だい?」
「拠点の提供をお願いしたいです」
ゼストは言った。
「次のCランク昇格に向けて、生活環境を整えたいと思っていまして」
今の銀鍵同盟は、安宿を拠点にしている。
寝床はあるし、食事も取れる。
しかし、Dランクパーティとして活動していくには、そろそろ限界を迎えていた。
装備や遠征道具の保管や作戦会議、訓練後の休憩……それだけではない。
銀鍵同盟が安心して帰れる場所を作る必要がある。
「住居か……」
エイドは顎に手を当てる。
「四人で暮らせる、ある程度の広さがある場所。それに、簡単な訓練スペースも必要だね」
「できれば、支部や商業区に出やすい場所だと助かります」
エイドは頷いた。
「いいだろう。近日中に適切なところを見繕っておく」
「ありがとうございます」
ゼストは深く頭を下げた。
「今後ともご支援よろしくお願いします」
「こちらこそ」
エイドは穏やかに微笑む。
「銀鍵同盟には期待しているよ。Dランク昇格は、まだ始まりに過ぎないのだろう?」
「もちろんです」
ゼストは顔を上げる。
「半年以内にCランク。そういう約束ですから」
「頼もしいね」
エイドは満足げに頷いた。
こうして、銀鍵同盟は専属契約を断りながらも、マクスウェル辺境伯家から住居提供という新たな支援を引き出した。
応接室を出る前、ゼストはふと振り返る。
「あ、ちなみに」
「何かな?」
「あの旅芸人の方、次の昇格でも呼ぶんですか?」
エイドはにこやかに答えた。
「必要なら、いつでも」
「……そうですか」
ゼストは静かに目を逸らした。
Cランク昇格の瞬間。
あのツイストパーマのおじさんが、また支部に現れる光景が脳裏に浮かぶ。
『Cランク昇格ゥーーッッ!』
……こんな感じだろうか。
ヴァニラは喜びそうだし、レスターもたぶん困った顔で笑う。
カレンは文句を言いながら、なんだかんだ気になってしまうタイプだろう。
そう思うと、悪くない気もした。
ゼストは頭を下げ、マクスウェル辺境伯の屋敷を後にする。
夕暮れのルカリスへ向かう道。
今夜は、銀鍵同盟のDランク昇格祝いがある。
「さて」
ゼストは小さく笑う。
「今日は肉、何皿いけるかな」
財布の中身を少し気にしながらも、足取りは軽かった。




