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第2話 成長するのはお前の方だ

「ガハハハハハ! そりゃひでぇな!」

「笑いごとじゃないんです! マジで!」


 王都ハイデンダルク。

 勇者協会本部から少し離れた飲み屋街の一角に、夜の賑わいに満ちた酒場があった。


 ゼスト、カガミに加え、一人の男が笑っている。

 彼はハイネス・リードマン。

 ゼストの古巣であるBランクパーティ『雪原(せつげん)孤狼(ころう)』のリーダーである。


「いーやなに、久しぶりに王都まで来たら、お前、ライセンス剥奪されてるからよ!」


 ハイネスは大きなジョッキを片手に、目尻に涙を浮かべている。


「何をやらかしたのかと思って聞いてみりゃあ、会長の娘を――『デブだから無理』だって!」

「声デカいですって!」


 ゼストは慌てて周囲を見回した。

 幸い、酒場の喧騒は大きく、こちらの会話を気にしている者はいないようだった。


 ゼストは顔をしかめながら、テーブルに置かれた炭酸水を一口飲む。


「ハイネスさんも知ってますよね? 俺のトラウマ!」

「お前が昔、道端で倒れ込んできた巨漢に潰されて死にかけたって話だろ?」

「そうです!」


 ゼストは強めに頷いた。


 幼少期の記憶。

 肺が押し潰され、息を吸おうとしても空気が入ってこない。

 胸が痛い。視界が暗くなる。


 あの瞬間、ゼストは本気で死を覚悟した。

 それ以来、男女問わず、太った人間が生理的に受け付けなくなってしまったのである。


「なんかその話すら面白いもんな」


 カガミが肉串を齧りながら言った。


「本気でトラウマなんだって……ていうか、元はといえばカガミのせいだろ!?」

「そりゃ悪いことしたとは思うけどよ」


 カガミは悪びれた様子もなく肩をすくめる。


「ありゃ、お前の運も相当悪かったんじゃねえか?」


 それは、否定できなかった。

 全ての不運が綺麗に重なった結果、ゼストは最悪の状況に陥ったのである。


 ハイネスが笑いを収め、ジョッキを置く。


「ゼスト……明日には王都を出るんだってな?」


 それまでの豪快な空気が、少しだけ変わった。


「ルカリスに飛ばされるんだろ?」


 ゼストは眉を動かした。


 マクスウェル辺境伯領ルカリス。

 王都から船で六か月もかかる、極東の辺境地である。

 栄光からの転落先としては、いかにも分かりやすい。


「……それがどうしたって言うんですか?」


 ゼストは少しだけ警戒した声で返した。


 ハイネスは41歳。プロ勇者としては、完全にベテランの域に入る。

 普段は若手に負けないほど豪快で、何事も笑い飛ばす男。

 しかし、今の彼の横顔には、年相応の静かな重みがあった。


「第77支部所属のFランクパーティに、カレンという少女がいる」


 その名前を聞いた瞬間、カガミが小さく息を呑んだ。


「……ハイネスさん」


 どうやら、ただの世間話ではないらしい。


「そのカレンって人は……」

「カレン・リードマン……俺の娘だ。お前と同い年のな」

「娘……?」


 ゼストはハイネスと一年ほど同じパーティで活動していたが、彼に自分と同年の娘がいるとは初耳だった。


「単刀直入に言う」


 ハイネスは残った酒を一気に飲み干し、空になったジョッキをテーブルに置く。


「――カレンのパーティに入ってやってくれないか?」


 思いがけない頼みに、ゼストは言葉に詰まった。


「カレンは、もう二年もFランクから昇格できてねえ」


 ハイネスは続ける。


「俺もな、お前が雪原の孤狼(うち)に来るまで十年Cランクにいた。だから、昇格できない辛さはよく分かる」


 父親としての感情が滲むハイネスの顔を見て、ゼストは少しだけ視線を落とす。


 自分と同い年で、二年もFランクから昇格できない。

 それがどれほど悔しいことなのか、想像できないわけではなかった。


 しかし、ゼストの中には別の考えもあった。


「……自分で乗り越えさせなくていいんですか?」


 ゼストは慎重に言葉を選びながら続ける。


「ある意味、娘さんの……カレンさんの成長の機会を奪うんじゃ――」


 ――ぽかっ。


 軽い音がして、ゼストの頭に痛みが走る。

 隣を見ると、カガミが呆れた顔で手を下ろしていた。


「どあほ」

「な、なにすんだよ!」

「なーにが『成長の機会を奪う』だ。どんだけ上からなんだよ、お前」


 カガミの声は、いつもの軽さを残しながらも、少しだけ鋭かった。


「本当のことだろ? 昇格しても、カレンさんたちの実力じゃないから嬉しくないだろうし、俺にメリットもない。良いことないじゃん」


 少し冷たい言い方にはなったが、ゼストの本心であることに間違いはなかった。

 実力以上の結果を与えられても、それは本人たちのためにならない。


 カガミは「何にも分かってねえ」と言いたげに、深くため息をついた。


「……いいか、ゼスト。よく聴け」


 カガミはゼストの肩に手を置き、真っすぐにゼストを見る。


 ふざけた様子はない。

 酒の席の軽口でもない。

 黒之剣(くろのつるぎ)のリーダーとして……それ以上に、一人の大人としてゼストに向き合う。


「この依頼を通して成長するのは、お前の方だ」


 カガミは一語ずつ、ハッキリと言葉にしていく。


「お前みたいにパーティの戦い方が理解(わか)らなくても、個人技で圧倒できる奴はたまに出てくる。けどな――」


 言いながら、ゼストの肩に置かれた手に力が籠もる。


「――全盛期を迎える前に死んでんだよ。全員な」


 ゼストは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 カガミにここまで強い圧を向けられたことは、ほとんどない。

 普段は適当で、軽薄で、下着姿でソファに寝転がるような男だが、その実力は初代勇者に匹敵するとされる。

 そのカガミが、ここまで言う。


「……ちょっと怖がらせ過ぎたか? まあとにかく、辺境(あっち)で学んで来いよ。パーティの戦い方ってのをよ」


 煽るようによしよしとゼストの頭を撫でるカガミ。


「……分かったよ!」


 自らの情けない状況に我慢ならないゼストは、カガミの手を振り解く。


「パーティ戦術身に付けて、ついでにFランから昇格させりゃいいんだろ? 上等じゃねえか!」


 ゼストは立ち上がり、テーブルに勢いよく銀貨2枚を置く。


「ただし、やるからにはガチでやらせてもらうからな! 俺のパーティで黒之剣(おまえら)超えて、No.1に返り咲いてやる!」


 そんな感情任せなゼストの発言に、カガミはニヤッと笑った。


 ズカズカと出て行くゼストが扉の前に差し掛かったところで、ハイネスが立ち上がる。


「――ゼスト!」


 ハイネスは胸ポケットから取り出した何かをゼストに投げた。

 ゼストは掴んだ()()が何なのか確認する。


 ――銀の鍵か。


「去年の昇格祝いにカレンから贈られたもんだ! 持ってけ!」

「いいんですか!? 大事なものなんじゃ!」

「俺の私物持ってた方がカレンに信用されやすいだろ!」

「お気遣いありがとうございます!」


 ゼストは手を振って、今度こそ外に出ようと取っ手に手を掛ける。


「カレンを頼んだぞ!」


 ハイネスの声を背に酒場の扉を押し開けると、夜風がゼストの頬を撫でた。

 空には薄く雲がかかっている。


「何か上手いこと乗せられた気がするが……」


 ――悪くない。


 ゼストは銀の鍵を握りしめて王都の夜道を歩き出した。

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