第1話 罰、重くね?
玉座の間に、黒鉄の扉が軋む音が響いた。
赤い絨毯の先で、一人の魔人種が待っていた。
灰色の肌。人間よりひと回り大きな体。額から伸びる立派な角。
その身にまとう銀刺繍の上着だけが、妙に小綺麗で場違いだった。
魔人種は両腕を広げる。
「よくここまで辿り着いたなぁ勇者共、いや、黒之剣。我が名はリゼル。またの名を、四大魔族ハイポリオン家配下、鋼鉄のリぜぅああああああっ!」
名乗りは最後まで続かなかった。
ゼスト・マクシムのロッドから放たれた閃光が、玉座の間を一直線に貫く。
爆炎が収まったとき、リゼルの姿は跡形もなく消えていた。
残ったのは、空中をひらひら舞う黒い灰だけである。
「……まだ名乗りの途中だったじゃん」
パーティのリーダーであるカガミが、呆れた顔で振り返る。
「可哀想とか思わないわけ? ゼストくん?」
「前口上が長かったから、もういいかなって」
「一番やっちゃいけないタイミングだろ」
カガミは肩をすくめた。
だが、誰もゼストを本気で責めはしない。
古城の罠も、魔族の迎撃も、この四人にとっては日常の延長でしかなかったからだ。
勇者協会が誇るSランクNo.1パーティ『黒之剣』。
魔族討伐、遺跡調査、要人護衛、災害対応。人々が恐れ、国家が手を焼く危機に立ち向かう者たち。
半世紀前に魔王を討伐した初代勇者と区別して、人は彼らを『職業勇者』と呼ぶ。
そしてゼストは、その最前線に立つ十七歳だった。
この日までは。
☆ ☆ ☆
王都ハイデンダルク、勇者協会本部。
黒之剣に与えられた専用ルームは、最上階近くにあった。
広々とした室内には高級な家具がしつらえられ、壁には彼らの功績を称える品々が所狭しと飾られている。
「長旅、おつかれさまでした」
荷物を下ろしたレンダが、柔らかく笑った。
「僕とステラで会長に報告してきます。二人は休んでいてください」
「おう、悪いな」
カガミが片手を振る。
レンダとステラは部屋を出ていった。
半開きの扉が、廊下へ向かってぽっかり口を開けている。
「ったく、ステラの閉め忘れ癖、直んねーなぁ」
カガミはそうぼやきながら、衣服を脱いで下着姿のままソファに沈んだ。
ゼストは目もくれない。部屋の隅で任務道具を片づけ、ロッドの魔石を点検していた。
「あれ。お前も行かなくてよかったのか?」
「……なんで?」
「エリシア嬢に会わなくていいのかよ」
その名を聞いた瞬間、ゼストの手が止まった。
エリシア・ネルヴァ。
勇者協会会長の娘である。
ゼストは王都を出立する直前、会長から彼女との縁談を申し込まれていた。
急な話で、会長からは『任務から帰ってくるまでの間に、考えておいてほしい』と言われていた。
「にしてもお前、順風満帆だよな」
カガミはソファでだらしなく寝転がったまま、楽しそうに笑う。
「十五歳で歴代最年少プロ勇者。十六歳で俺にヘッドハンティングされて黒之剣に。十七歳で会長の娘と結婚。いやー、勝ち組すぎる」
ゼストは顔をしかめた。
「なんで結婚する前提なんだよ」
「え、断るの?」
「当たり前だろ」
「なんで?」
「……言わせんな」
カガミは引かない。むしろ面白がって身を乗り出してくる。
「綺麗な金髪で、料理上手で、お菓子作りが趣味で、親の地位も高い。完璧じゃん」
「お前、分かってて言ってるだろ」
ゼストは近づいてくるカガミの顔を片手で押しのけた。
このまま黙っていても、カガミは絡み続ける。
ゼストは諦めたように息を吐く。
「……デブは無理」
空気が止まった。
ゼスト自身、最低な言い方だとは分かっている。
分かっているが、理屈でどうにかなる問題でもなかった。
「……っぷ」
カガミの肩が震えた。
「ぷははははっ! お前、会長の娘に、それ……!」
「だから言わせんなって言っただろ! 最低っ!」
ゼストがカガミの足を軽く蹴った、そのときだった。
「――最低なのは貴様だ! ゼスト・マクシム!」
廊下から怒号が飛んだ。
二人は同時に固まる。
半開きの扉の向こうに、金髪の青年が立っていた。上質な服を着た整った顔立ちの男。怒りで肩が震えている。
キリアン・ネルヴァ。
勇者協会会長の息子であり、エリシアの兄である。
「扉が開いていたんでな。全て聴かせてもらった」
「キリアン! ごめん、本当にごめん。でも今のは事情が――」
「言い訳など聴きたくない!」
キリアンは一直線に踏み込むと、ゼストの顔面へ拳を振るった。
ゼストは反射で避ける。
「避けるなァ!」
怒声とともに、今度は腹へ拳が飛んだ。
今度のゼストは避けずに受ける。
「っ……!」
鈍い音がした。
しかし、苦悶の声を漏らしたのは、ゼストではなくキリアンだった。
怒り任せに殴った拳が、鍛え抜かれた腹筋に弾かれたのである。
「……このことは父上に報告させてもらう。覚悟しておけ!」
キリアンは涙目で右手を押さえながら、足音荒く去っていった。
部屋に残されたのは、下着姿のアラサー男と、落ち込む十七歳だけである。
「……なんか、ごめん」
「……いや、流れで言った俺も悪い」
ゼストは深くため息をついた。
☆ ☆ ☆
翌朝、勇者協会本部は騒然としていた。
中央広場の掲示板前には、プロ勇者、協会職員、記者、住民たちが集まっている。普段は依頼書が並ぶ掲示板に、一枚の処分通知が貼られていた。
ゼストは人垣をかき分け、文面を見上げる。
『勇者協会本部所属『黒之剣』構成員、ゼスト・マクシムについて、協会所属勇者としての品位を著しく損なう言動が確認されたため、同人のプロ勇者ライセンスを剥奪する』
『また、同人をマクスウェル辺境伯領ルカリスへ更迭し、同地における職務従事を命ずる』
見間違いではない。
自分の名前が、はっきり書かれている。
周囲の視線が痛い。ざわめきが耳に刺さる。
カガミも、レンダも、ステラも、何も言えずに立ち尽くしていた。
ゼストは掲示板を見上げたまま、乾いた笑みを浮かべる。
「いや、俺も悪いよ?」
人様の娘に陰口を叩いた。
それは確かに悪い。自覚もある。
あるのだが。
「でもさ――」
順風満帆だったはずの十七歳は、処分通知の前でぽつりと呟いた。
「――罰、重くね?」




