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第17話 癒しの温泉サービス(?)回

「やっぱお風呂は最高ね〜」


 カレンは肩まで湯に浸かりながら、心の底からそう呟いた。


 湯気が立ちのぼる広い浴場。

 石造りの湯船には、ほんのり白く濁った湯が満ちている。

 壁の向こうからは、湯が流れ込む音が絶えず響いていた。


「ふふっ。遠征の間、お預けだったもんね〜」


 ヴァニラも隣で、幸せそうに目を細めている。


 オーク族長(ヘッド)討伐遠征を終えた銀鍵同盟は、あれからさらに一日をかけてルカリスへ戻ってきた。

 到着したのは夕方。

 本来ならすぐに第77支部へ報告に向かうところだが、三日間歩き続け、戦い続け、野営までした四人の姿は、控えめに言ってもひどかった。


 というわけで、まずは身だしなみを整えるべく、四人はルカリスの公衆浴場へやってきたのである。


 マクスウェル辺境伯領には活火山が多い。

 その影響で、温泉が湧く場所も少なくなかった。


 ルカリスの街にも、衛生管理を目的とした公衆浴場がいくつか設置されている。

 冒険者や勇者、日雇い労働者にとってはありがたい施設だ。


 カレンは湯に肩まで沈み、深く息を吐いた。


「生き返るわ……」

「本当だねぇ……」


 ヴァニラは湯面に頬がつきそうなくらい沈んでいる。


「私、もうこのまま溶けてもいいかも……」

「まったく……まあ、分からなくもないわ……」


 呆れながらも、カレンの声は柔らかかった。


 遠征中は、身体を拭く程度しかできなかった。

 それも魔物の気配を警戒しながらなので、落ち着く暇などない。


 今、こうして温かい湯に浸かれることが、どれほど贅沢なことか。


「にしても」


 ヴァニラがふわふわした声で言う。


「遠征中のカレンちゃん、大活躍だったね」


 カレンは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、少し気まずそうに視線を逸らす。


「……ありがと。でも、ヴァニラがいなきゃ族長(ヘッド)は倒せなかったわよ」

「そ、そうかなぁ……えへへ」


 ヴァニラは照れたように笑い、ぶくぶくと湯船に沈んだ。


 口元まで湯に沈めて、照れ隠しをしているらしい。

 泡がぽこぽこと浮かぶ。


 カレンはそんな彼女を見て、少しだけ笑った。


「お世辞で言ってるんじゃないわよ? 魔法使いの強さは、パーティの強さに直結するし」


 カレンは湯の中で膝を抱えた。


「多数を相手にして、私がエースだけに集中して戦えるのは、ヴァニラの面制圧あってこそだから」


 ヴァニラはぽかんとした。

 それから、じわじわと頬を赤くする。


「んん〜もう! 褒めすぎだよっ!」

「ひゃっ!? ちょ、ちょっとヴァニラ!」


 感極まったヴァニラが、勢いよく抱きついてきた。


 ざばぁ、と湯が揺れる。


「カレンちゃん、好き〜!」

「分かった! 分かったから! お湯が跳ねるってば!」

「だって嬉しいんだもん〜!」


 ヴァニラはカレンにしがみついたまま、頬をすり寄せる。


「でも、カレンちゃんってやっぱりすごいよねぇ」

「また?」

「剣も強いし、髪も綺麗だし、それに……」


 カレンの豊かな胸元を凝視するヴァニラ。


「えいっ」


 おもむろに、ヴァニラはカレンの胸に顔を埋めた。


「や、やめっ……くすぐったいってば……っ!」


 その湯に濡れた柔肌を思いっきり堪能するヴァニラ。 

 悪気なく、全力で甘え倒している。


「私の()()と、カレンちゃんの()()()()、交換してくれないかな〜」

「変なこと……言わないで……っ!」

「――んんッ!」


 カレンはヴァニラを強く抱きしめて自らの胸に埋め、そのまま撃沈させる。


 彼女は一連の応酬のせいで、周囲から注目を浴びていることに気づいた。


「お、お騒がせしました……」


 カレンはぐったりしたヴァニラを背負い、顔を真っ赤にしながら女湯を出た。


 ☆ ☆ ☆


 一方その頃、男湯。


「昨日のゼストは凄かったな〜。圧倒されたよ」


 レスターが湯船に浸かりながら、しみじみと言った。


 広い湯船の端で、ゼストは肩まで湯に沈んでいる。

 いつもの軽口はあるものの、さすがに遠征明けの身体には温泉が沁みるらしい。


「ま、たまには見せ場作らんとな。でも、レスターもなかなかだったぜ? なんか最近、また身体仕上がってきてるしよ〜」


 そう言って、レスターの背中をぱしっと叩く。

 良い音が鳴った。


 レスターは少し驚いたように肩を揺らす。


 大盾を持ち、敵の攻撃を受け止め続けるタンク役。

 その厚みは伊達ではない。


「ゼストも引き締まってるよね」


 レスターはゼストの腕や肩を見て言った。


「魔法使いにしては傷跡も多いな〜って思ってたけど、元々前衛職だったからなんだね」

「ああ……」


 ゼストは一瞬だけ、表情を曇らせた。


「……これは戦いで負った傷じゃなくて」


 ゼストは湯面を見つめる。


「俺、王都のスラム出身でさ」

「っ!」


 レスターの顔色が変わる。


「ご、ごめん! デリカシーなかった」

「いや、全然いいんだ。本当に」


 ゼストは軽く笑った。


「だいぶ昔の話だしな」


 その声は、無理に明るくしているようにも聞こえたし、本当に気にしていないようにも聞こえた。

 レスターはそれ以上、踏み込まなかった。


 聞きたいことはある。

 でも、今聞くべきことではない。


 ゼストが自分から話すなら聞く。

 そうでないなら、無理に掘り返す必要はない。


 湯気が、二人の間にゆっくり流れる。

 少しだけ、空気が重くなった。


 その重さを破ったのは、ゼストだった。


「なんか変な空気になったところ悪いんだけどよ……」

「うん?」

「なんか、おっさんからの視線感じね?」


 レスターの肩がぴくりと動いた。


「う、うん……なんか、いつにも増して凄いね」


 ゼストは周囲を見た。


 広い男湯。

 仕事帰りの労働者、旅人、年配の住民たち。


 その中の一部が、ちらちらとこちらを見ている。


 彼らのお目当ては――レスターだ。


 穏やかな甘い顔立ち。

 背は高く、体格はしっかりしている。

 大盾を扱うために鍛えられた肩幅と背中。


 そのギャップが、どうやら一部の男たちに妙な刺さり方をしているらしい。


 ゼストは小声で言った。


「お前、ルカリスの公衆浴場で地味に人気あるよな」

「やめてよ、そういうこと言うの」

「いや、事実として」

「なおさらだよ……」


 レスターは湯に少し沈んだ。


 視線から隠れようとしているらしい。

 だが、体格がいいのであまり隠れていない。


 ゼストは思わず吹き出しそうになった。


 レスターはなおも視線を感じたのか、そわそわしている。


「……出るか」

「う、うん……湯船に浸かっていたのに、何だか寒気がする」

「温泉で寒気って、だいぶ重症だな」


 二人はそそくさと湯船から上がった。


 湯は最高だった。

 疲れも癒えた。


 ただし、男湯には男湯なりの戦いがあった。

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