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第16話 濃紺の勇者

『オ、オヤジ……』


 ゼストは目を細める。


「報告じゃ、オーク隊長(リーダー)は五体って話だったんだけどな」


 先ほどカレンたちが倒した四体と、ここに来るまでに倒した一体。

 合計五体。


 だが、百体を超えるオークの群れの先頭には、六体目のオーク隊長(リーダー)が。


「まさか、それが族長(ヘッド)の息子だったとはね」

『オヤジ……オヤジィィィィィィッ!』


 怒号が、丘陵地帯に響き渡った。


 その瞬間、オーク隊長(リーダー)の身体が膨れ上がる。


 筋肉が盛り上がり、皮膚が赤黒く変色し、牙が太く伸びる。

 手にしていた斧の柄が、みしりと軋んだ。


 ――進化。


 強い怒りと、群れの長を失った状況が引き金になったのだろう。

 オーク隊長(リーダー)だった個体が、今まさにオーク族長(ヘッド)へと変わっていく。


 それに呼応するように、群れの中でも異変が起きた。


 通常オークの何体かが、オーク戦士(ソルジャー)へ。

 オーク戦士(ソルジャー)の数体が、オーク隊長(リーダー)へ。


 ざっと見ても、十数体の空気が変わった。

 統率と怒りを持った群れへ、形を変えていく。


 ゼストは三人の前へ出た。


「レスター、万が一、殺し損ねた奴が来たら、二人を守ってやってくれ」

「……分かった」


 その返事を聞いたゼストは、軽く肩を回す。


 正面には、怒り狂う新たなオーク族長(ヘッド)と、百体を超えるオークの群れ。

 その光景を前にして、ゼストは口元を吊り上げた。


「久しぶりに全開でいくか!」


 ロッドの先に、魔力が集まる。


 カレンは、息を呑んだ。


 静かなのに圧倒的。

 ゼストの周囲で、空気が震えた。


陣灼火炎(レルム・ブレイズ)


 ゼストの周囲に、四つの青い火球が生まれる。


 ヴァニラが呆然と呟いた。


「あ、青い炎……」


 火球のサイズは大きい。

 それでいて、一つ一つの密度が異常だった。


 ゼストはロッドを軽く振る。

 四つの青い火球が、四方へ散った。


 次の瞬間、丘陵地帯が、青い炎に包まれた。


 熱波が押し寄せる。

 岩肌が焼け、乾いた草が一瞬で灰になる。

 通常オークや戦士(ソルジャー)が悲鳴を上げる暇もなく、青い獄炎に飲まれて消えていく。


 百体近くいた下位個体が、一掃された。


 しかし、それでも怯まず、オーク隊長(リーダー)六体が一斉に散った。

 正面から固まって突っ込めば、また広範囲魔法で焼かれると判断したのだろう。

 六方向から、同時に接近してくる。


 ゼストはロッドを軽く掲げ、正面の三体に向かって歩きながら短く唱えた。


群地槍(レギオン・スパイク)


 ゼストの背後から接近していたオーク隊長(リーダー)三体の足元が、突如として隆起する。


『ガァッ!?』

『グ、ゴォッ!?』

『ブゴォッ!』


 三体のオーク隊長(リーダー)が、まとめて串刺しになる。


 腹を貫かれ、胸を貫かれ、喉を裂かれた巨体が、岩槍に縫い留められる。

 断末魔は短かった。


 ゼストは振り返りもせずに、正面の三体へ歩きながら、背後の敵をノールックで仕留めた。


 カレンの喉が鳴る。


「なに……あれ」


 ゼストはロッドを背中のホルダーに差した。

 そして、左腰に帯びていた短剣を引き抜く。


 濃紺の刀身にシンプルな柄。

 ロッドを持つ魔法使いの装備としては、少し意外な武器だった。


 正面から迫る三体のオーク隊長(リーダー)が、唸り声を上げる。

 魔法を警戒していたはずの敵が、ゼストの接近を見て勢いづいた。


 ゼストはそれを見て、呆れたように笑った。


「さては魔法使いだからインファイトは苦手だと踏んだな?」


 一体目の斧が振り下ろされる。


 ゼストはわずかに身体を沈め、斧の軌道の内側へ入る。

 そのまま短剣を逆手に持ち、オーク隊長(リーダー)の手首を斬る。


 武器を握る腱が断たれ、斧が落ちる。


 ゼストは落ちる斧を足で蹴り飛ばし、二体目の顔面へぶつけた。


『グォッ!?』


 二体目が怯む。

 その隙に、ゼストは一体目の喉を短剣で裂いた。

 血が噴き出す。


 倒れる前に、ゼストはその巨体の膝を踏み台にして跳んだ。

 三体目の棍棒が横から迫るのを、ゼストは空中で身体を捻って避ける。


「よっと」


 そして着地と同時に、喉へ短剣を突き込んだ。


 二体目が体勢を立て直し、大鉈を振るう。


 ゼストは半歩だけ下がる。

 刃が鼻先を通り過ぎた。


 次の瞬間、ゼストは相手の懐へ入り、膝蹴りをお見舞いする。

 巨体が前のめりになった瞬間、短剣が首筋を通った。


 最後の一体が地面に沈む。


 時間にして、数秒。

 オーク隊長(リーダー)三体は、ゼストに触れることすらできなかった。


 ゼストは短剣についた血を軽く払う。


「俺はもともと短剣(こっち)でプロになったんだっての」


 カレンは、完全に言葉を失っていた。


「なに……あれ」


 同じ言葉が、もう一度漏れる。


 レスターは大盾を持ったまま、呆然と呟いた。


「あれが、元Sランク勇者の実力……」

「もう何が何だか……」


 ヴァニラは杖を抱えたまま、目をぐるぐるさせている。


 その前方で、新たなオーク族長(ヘッド)だけが残っていた。


 ゼストはゆっくりと歩み寄る。


「あっという間に一人になっちまったな?」

『グ、グォ……』


 オーク族長(ヘッド)は、後ずさった。


 自分が震えていることに気づいたのだろう。

 怒りで進化したはずの身体が、恐怖に強張っている。


『グォオオオオオオオオッ!』


 錯乱したように、オーク族長(ヘッド)が雄叫びを上げた。

 斧を振りかぶり、ゼストへ突進する。


 ゼストは短剣を構えたまま、静かに言った。


「親父殺されて、仲間も殺されて、せっかく進化しても殺されるなんて……俺なら耐えられないけどよ」


 短剣の刀身に魔力が流れ、バチリと空気が弾ける。

 付与されたのは、雷属性の上級魔法――轟雷撃(テンペスト)


 次の瞬間、金色の雷を纏った濃紺の刃が、オーク族長(ヘッド)の首筋を走る。


 音が遅れて届いた。


 オーク族長(ヘッド)の巨体が、一歩踏み込んだ姿勢のまま止まる。


 その首が、ずるりと落ちた。

 巨体が崩れ、地面が揺れる。


 ゼストはその向こう側で立ち止まり、短剣を下ろした。


「――俺たちにも、譲れないものがあるんだわ」


 静かな声だった。


 丘陵地帯に、静寂が戻る。


 つい先ほどまで百体を超える群れだったものは、今や動くもののない屍の山になっている。


 ゼストは短剣をしまい、ロッドを背中から抜いた。

 そして、何事もなかったように三人の方へ振り返る。


「……撃ち漏らしとかいなかったか?」


 三人は、しばらく反応できなかった。


 カレンは辺りを見回す。


「見ての通り、一体もいないわよ」

「ふーっ、よかった」


 ゼストは心底ほっとしたように息を吐いた。


 その軽さが、逆に異常だった。


 カレンは、膝をついたままゼストを見上げる。


 さっきまで、自分たちは全力で戦っていた。

 オーク族長(ヘッド)を倒すために、身体も魔力も精神も削り切った。


 それは確かに銀鍵同盟の勝利で、自分たちの成長の証だった。


 でも、今。


 目の前の光景は、それとは別次元だった。


 ゼスト・マクシム。

 元Sランク勇者。歴代最年少プロ。


 その肩書きの意味を、カレンはようやく肌で理解した。


 遠い……あまりにも遠い。

 悔しいという感情すら、すぐには出てこないほどに。


 ――それでも、カレンは口を開いた。


「ねえ、ゼスト」

「ん?」

「私が()()に至るまでに、あとどのくらいかかると思う?」


 唐突な問いだった。


 レスターとヴァニラが、驚いたようにカレンを見る。


「分からない」


 カレンの目が、わずかに揺れる。


 ゼストは続ける。


「何年かかるとか、届くとか届かないとか、無責任なことは言えない――ただ」


 ゼストはロッドを肩に担ぎ、カレンを見て少しだけ笑う。


「俺はこの銀鍵同盟を、プロの世界に連れて行くって約束した」


 三人を順番に見る。


「もし強くなりたいって思うのなら、俺は全力で力になる」


 カレンは黙ってゼストを見つめた。


 届くと言われたわけじゃない。

 すぐ強くなれると保証されたわけでもない。


 それでも不思議と嫌ではなく、むしろ胸の奥に熱が残った。


「……そ」


 カレンは視線を逸らす。


「じゃあ、全力でお願いするわ」

「おう、任せとけ!」


 ゼストは笑う。


 レスターはそのやり取りを見て、小さく息を吐いた。

 ヴァニラも、少しだけ安心したように肩の力を抜く。


 オーク族長(ヘッド)討伐。

 そして、百体を超えるオークの群れとの遭遇。

 そのすべてを越えて、四人はまだ立っている。


 ゼストは空を見上げた。


「さて」


 そして、現実的な声で言う。


「審判員の人、見てますかー? ちゃんと全部数えてくださいねー!」


 三人は、しばらくぽかんとしたあと。


 ――同時に、少しだけ笑った。

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