第14話 オーク族長討伐遠征③
『タエレルカ、オマエ』
低く、潰れたような声。
オーク族長が、巨大な戦斧を肩に担ぎながら、レスターを見下ろしている。
「……族長ともなれば、人語も喋るのかっ!」
レスターは大盾を構え、奥歯を噛みしめた。
『グォッ!』
オーク族長が踏み込み、巨大な戦斧を横薙ぎに振るう。
レスターは真正面から受けない。
受ければ、盾ごと身体を持っていかれる。
「っ!」
盾の角度を斜めにし、刃を流す。
しかし、完全にはいなせない。
戦斧の重さが、盾越しに肩と肘へ叩き込まれる。
「ぐっ……!」
レスターの足が半歩滑った。
そこへ二撃目。上段からの振り下ろし。
レスターは横へ身体を逃がしながら、盾で軌道をずらす。
戦斧が地面を叩き割り、岩片が跳ねた。
さらに三撃目。斧の柄による突き。
「速い……!」
レスターは盾を間に合わせるも、その衝撃が胸まで響く。
戦斧を振り下ろし、横に流し、柄で突き、肩で押し込む。
巨大な身体に似合わない連撃だった。
――まともに受けたら、耐えられない。
盾があっても、身体が壊れる。
腕が痺れ、肩が軋み、足裏に嫌な熱が走る。
それでも、退くわけにはいかなかった。
「耐え切ってみせる……!」
レスターは盾を握る手に力を込める。
痺れる腕を叱りつけるように、さらに一歩前へ出た。
一方、カレンとヴァニラの前には、四体のオーク隊長が立ちはだかっていた。
カレンは一瞬で四体を見る。
その中で、最も体格の小さい個体、槍持ちのオーク隊長を捉える。
「狙うなら、一番弱そうな奴から!」
他の隊長たちの牽制をヴァニラに任せ、カレンは槍持ちへ一直線に踏み込んだ。
相手が槍を突き出す。
雑魚の突きとは違い、明確に急所を狙ってくる。
「っ!」
カレンは上体を捻って回避する。
槍の穂先が頬をかすめた。
浅く皮膚が切れ、熱い痛みが走る。
「はぁっ!」
カレンの剣が、オーク隊長の脇腹を斬る。
――浅い。
さすがに隊長クラスともなると、一撃では倒れない。
相手は唸り声を上げ、槍の柄でカレンを打とうとする。
カレンは腕で受けず、身を沈めて避ける。
今狙うべき場所は――。
「そこっ!」
カレンは踏み込みながら、オーク隊長の膝裏を斬った。
『グォッ!?』
巨体が崩れる。
カレンはその隙を逃さない。
半歩前に出て、両手で剣を握り直し、首元へ突き込む。
刃が深く入った。
槍持ちのオーク隊長が、大きく痙攣して倒れる。
一体目撃破……だが、休む暇はない。
「――次っ!」
残り三体が、カレンとヴァニラを囲むように動き出していた。
「火炎……爆火炎……灼火炎!」
ヴァニラは火炎魔法を連射する。
どの火球もサイズはほとんど変わらないが、それぞれ内包する熱量が違う。
片手斧のオーク隊長は、それをただの小さな火球と誤認したのだろう。
先ほどまでの火球と同じように、腕で払いのけようとした次の瞬間――
『ガァアアアアアアアッ!?』
獄炎が一気に上半身を包み、皮膚を焼き、肉を焦がす。
「一体撃破っ!」
ヴァニラが叫ぶ。
燃え崩れた片手斧のオーク隊長が、地面に倒れた。
残るは二体。
カレンが大鉈持ちを引き受け、ヴァニラは棍棒持ちへ火球を連射する。
「火炎! 爆火炎! 灼火炎!」
ヴァニラはそれらを織り交ぜながら撃つ。
しかし、今度の相手は勘が鋭かった。
棍棒持ちのオーク隊長は、炎の色を見ていた。
赤い炎には踏み込み、白っぽく輝く火球は大きく避ける。
熱量の違いを、視覚で捉えていた。
「う、嘘!?」
ヴァニラの声が裏返った。
オーク隊長は、低い姿勢で駆ける。
巨体に似合わない俊敏さだった。
次の瞬間、その巨体がヴァニラへ飛びつく。
「きゃっ!」
ヴァニラは押し倒された。
背中が地面に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。
オーク隊長が馬乗りになり、棍棒を捨てて素手に切り替える。
顔面への殴打を、ヴァニラは杖を盾にして何とか凌ぐ。
「ヴァニラっ!」
カレンが叫ぶ――その一瞬。
大鉈持ちのオーク隊長が、カレンの意識の乱れを見逃さずに横一閃。
「っ!」
カレンの身体が吹き飛ばされた。
「カレンッ!」
ゼストが叫ぶ。
粉塵が巻き上がり、彼女の姿が見えない。
ヴァニラは押し倒され、カレンは吹き飛ばされた。
レスターはオーク族長を止めるので精一杯。
――これは、俺が入るしかない。
ゼストはロッドを握り直し、踏み出そうとしたその瞬間。
「――来ないで!」
粉塵の中から、カレンの声が飛んだ。
薄い土煙の向こうで、拒絶するように片手を伸ばしていた。
肩口から、血が滲んでいる。
だが、傷は浅い。
寸前で剣を挟んだおかげで、直撃は避けていたらしい。
カレンは立ち上がる。
足元は少しふらついている。
それでも、目は折れていなかった。
「……まだやれる」
彼女は肩で息をしながら、剣を握り直す。
「だよね――ヴァニラ!」
呼びかけに、ヴァニラが目を見開いた。
顔面の防御を捨て、一発もろに受けながらも、オーク隊長の巨大な牙の間へ、杖先を無理やり突っ込む。
「――陣灼火炎!」
本来なら距離を取って放つべき特大範囲・超火力の魔法を、ゼロ距離で撃ち放った。
轟音とともに、白熱した炎が爆ぜる。
オーク隊長の頭部を中心に、灼熱が広がる。
口内から炎が吹き上がり、喉を焼き、頭蓋を焦がし、上半身を飲み込んだ。
ヴァニラ自身も、炎に巻かれる。
「ヴァニラ!」
ゼストが思わず声を上げた。
次の瞬間、炎の中から、小さな影が転がるように飛び出してきた。
ヴァニラは髪の先が少し焦げ、袖口も焼けている。
頬には煤がつき、目には涙が浮かんでいた。
それでも、彼女は杖を握ったまま、立ち上がった。
「まだやれるって? ……あったりまえだよ!」
声は震えていた。
だが、それは確かに届いた。
カレンはそれを聞いて、にっと笑った。
残るオーク隊長はカレンを吹き飛ばした大鉈持ちの一体のみ。
オーク隊長は、怒りに任せて大鉈を振り上げる。
カレンは剣を構えた。
胸の奥から、熱が湧く。
勝って、進みたい。
仲間と一緒に、ここを越えたい。
その想いに呼応するように、カレンの身体から淡いオーラが滲んだ。
「――はぁっ!」
カレンが踏み込む。
大鉈が振り下ろされるより先に、彼女の剣が走った。
斜め下から上へ、刃がオーク隊長の胴を裂く。
硬い肉と骨を断つ感触。
カレンは歯を食いしばり、最後まで振り抜いた。
オーク隊長の巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
カレンは剣を下ろし、荒く息を吐いた。
「――闘気!?」
それはゼストの見間違いではない。
前衛が自身に纏わせ、攻撃力を高める強化魔法――闘気。
「カレンの奴、いつの間に……」
ゼストは呆然と呟いた。
少なくとも、ゼストはまだカレンに闘気を教えていなかった。
だが、今の一撃は間違いなく、それに近い魔力の使い方だった。
才能か。執念か。それとも、この遠征で何かを掴んだのか。
カレンとヴァニラの視線は、すぐにレスターの方へ向いた。
オーク族長との戦いは、まだ続いている。
レスターは盾で戦斧を受け流しながら、少しずつ後退していた。
「レスター!」
カレンとヴァニラが駆け出す。
レスターは二人の気配を感じ、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「……倒したんだね」
レスターは一度、オーク族長の戦斧を盾でずらし、横へ転がるように距離を取った。
そして、片膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
疲弊は明らかだった。
腕は痺れ、肩で息をしている。
盾にも深い傷が刻まれていた。
それでも、レスターは顔を上げる。
「ごめん。少しだけ……立て直す」
「十分すぎるわよ」
「レスターくんが止めてくれたから、私たち倒せたんだよ」
レスターは苦しそうに笑った。
「なら、よかった」
その前方で、オーク族長が、ゆっくりと周囲を見回した。
倒れた四体のオーク隊長。
燃え焦げた肉の匂いと、地面に広がる血。
右目の傷が、怒りで歪む。
『オマエラ……』
低い声が響く。
オーク族長は、巨大な戦斧を両手で握った。
『ユルサナイッッッ!!』
大気が震えた。
怒号とともに、オーク族長の全身から圧が膨れ上がる。
先ほどまでとは違う。
それは、統率者の余裕を捨てた怒りだった。
オーク族長討伐遠征は、いよいよ最終局面へ突入した。




