第13話 オーク族長討伐遠征②
遠征二日目の昼。
銀鍵同盟の四人は、目的地である荒れた丘陵地帯へ辿り着いていた。
草木はあるが、東の森のように深く生い茂っているわけではない。
地面は乾き、あちこちで岩肌が露出している。
高低差の激しい斜面が続き、崖のように切り立った場所には、地層がくっきりと縞模様を描いていた。
「……着いた、のかな」
ヴァニラが杖を握りながら呟いた。
その声には、明らかに疲労が混じっている。
無理もない。
ここに辿り着くまでに、銀鍵同盟は何度もオークの群れと遭遇していた。
オーク隊長一体――160SP。
オーク戦士三体――各80SP。
通常オーク八体――各40SP。
合計、720SP。
数字だけ見れば、順調すぎるほど順調だった。
だが、移動と戦闘を繰り返せば、当然疲労は溜まる。
ゼストは後方から三人を見て、内心で息を吐く。
「疲れてはいるが……まだ目は死んでねえな」
三人とも疲れている。それは間違いない。
だが、下を向いてはいなかった。
むしろ、出発前よりもEランク昇格への想いが強くなっているように見えた。
「もう少し歩いたら少し休もう」
ゼストが言った。
「この先はいつ本命とぶつかってもおかしくない。水分を摂って、呼吸を整えておくんだ」
「賛成……」
ヴァニラが即答した。
それから少し移動すると、岩場の奥から水音が聞こえてきた。
ざああ、と流れ落ちる音――滝だ。
カレンが耳を澄ませる。
「水場?」
「たぶんな。休憩がてら確認しよう」
ゼストは簡易マップを取り出し、周囲の地形と照らし合わせる。
「大きな川じゃない。崖沿いの滝かもしれないな」
「水を補給できるなら助かるね」
レスターが言う。
「ただし、慎重に行くぞ」
ゼストは声を低くした。
「水場には魔物も寄る。こっちが休みたい場所は、敵にとっても使いやすい場所だからな」
三人は頷き、足音を抑えて進み始めた。
岩肌の間を抜ける。
乾いた草を踏む音すら、やけに大きく聞こえた。
滝の音は近づくにつれ、はっきりしていく。
水の匂い。
湿った土の匂い。
日差しで熱を持った岩場の空気の中に、少しだけ冷たさが混じる。
そのときだった。
「――待て」
ゼストが短く制した。
三人は即座に止まる。
ゼストは岩陰に身を寄せ、ゆっくりと前方を覗いた。
崖の上から細い水流が落ち、小さな水場を作っている。
その周辺は開けており、岩場に囲まれた天然の広場のようになっていた。
そして、そこにはオークの一団が。
その中心に立つ個体を見た瞬間、ゼストは目を細めた。
通常のオークより、明らかに大きい。
肩幅も、腕の太さも、纏う威圧感も違う。
手には巨大な戦斧。
身体には獣皮と粗末な金属片を組み合わせた防具を装備している。
そして、右目。そこに、縦に走る古い切り傷があった。
報告書に記されていた特徴と一致する。
――間違いない。
「あれが、オーク族長だ」
ゼストが小声で告げる。
オーク族長の周囲には、さらに四体のオークがいた。
通常オークではない。
体格と装備から見て、オーク隊長だ。
つまり構成は、オーク族長一体。
オーク隊長四体。
周囲にオーク戦士や通常オークの姿はない。
ゼストは周辺をよく見る。
岩陰、滝の裏、上段の足場。
少なくとも、すぐ目に見える範囲に伏兵はいない。
――圧倒的物量はない。
「絶好のチャンスだな」
ゼストは小さく呟いた。
カレンが横目で見る。
「やるの?」
「その前に確認だ」
ゼストは三人に向き直る。
声は低く、しかしはっきりしていた。
「昨日の160SPと今日の720SPで、既に880SPは積み上げてる。この状況なら、隊長一体さえ倒せば目標はクリアだ」
沈黙が落ちる。
任務そのものは失敗するが、任務外SPは当然獲得できるため、Eランク昇格には間に合う。
だから、無理に族長と戦う必要はない。
ゼストはそれを分かった上で訊いた。
「どうする?」
カレンは、即答した。
「――冗談やめてよ」
彼女は岩陰から、オーク族長を真っ直ぐ見る。
「族長も取り巻きも全部倒してEランク昇格。これ一択でしょ?」
怖さがないわけではないだろう。
それでも、その声は震えていなかった。
レスターも静かに頷く。
「やろう」
彼は大盾に手を添えた。
「族長クラスも倒せるってことが、これからの僕たちにとって確かな自信になるはずだから」
ヴァニラも杖を抱え、深く息を吸った。
「私も、その覚悟でここまで来たんだもん……!」
ゼストは三人の顔を見た。
「分かった」
ゼストはロッドを握り直す。
「いつでも回復の準備はできている。自信を持って行ってこい」
その言葉に、カレンは小さく頷いた。
そして、すぐに表情を切り替える。
「まずは私とヴァニラでオーク隊長どもを蹴散らす」
カレンは小声で、だが力強く指示を出す。
「その間、レスターはオーク族長を止めて」
「了解」
「分かった」
カレンが一瞬、ゼストを見る。
ゼストは何も言わずに頷いた。
それで十分だった。
カレンも頷き返す。
「じゃ――行くよ!」
三人が、一斉に岩陰から飛び出した。
真っ先に反応したのは、オーク族長だった。
右目の傷を歪ませるように顔を上げ、人間たちの存在を捉える。
『グォオオオオオオオオッ!』
腹の底に響くような雄叫び。
それは周囲のオーク隊長たちへの警戒指示だった。
四体のオーク隊長が、一斉にこちらへ進撃してくる。
地面が揺れた。
通常オークとは違う。
装備も、足運びも、圧も、一段上だ。
レスターが大盾を構えながら叫ぶ。
「カレン!」
「作戦通り!」
カレンは前を見据えたまま叫び返す。
「こいつら無視して行って!」
レスターの足が、一瞬だけ止まりかけた。
目の前のオーク隊長を素通りする。
それは、後ろのカレンとヴァニラに危険を預けるということでもある。
仲間思いのレスターにとって、一番難しい判断だ。
――だが。
「……っ!」
レスターは迷いを振り払った。
最接近していたオーク隊長が斧を振り上げる。
その直前、レスターは踏み込んだ。
「はぁっ!」
大盾によるシールドバッシュ。
鈍い音が響き、オーク隊長の巨体が横へ弾かれる。
レスターは優しげな顔立ちをしているうえに、普段の物腰も穏やかだ。
しかし、背丈は高く、その身体には厚みがある。
――つまり、彼は生粋のタンク体型。
やろうと思えば、これくらいのパワープレイもできる。
「通してもらう!」
レスターは吹き飛ばしたオーク隊長には追撃せず、そのままオーク族長へ向かって走る。
自分たちの族長へ近づく人間を止めようと、残りのオーク隊長たちが振り返った。
「群爆火炎!」
ヴァニラの声が響く。
杖先から、複数の火球が生まれた。
中サイズかつ中火力のそれが、正確に四方向へ放たれる。
火球がオーク隊長たちの進路へ着弾した。
爆ぜる炎、舞い上がる土煙。
熱と衝撃が、隊長たちの足を止める。
「よし……!」
ヴァニラは小さく拳を握った。
爆炎の向こうから、オーク隊長たちが怒号を上げる。
まだ倒れてはいないが、動きは乱れた。
カレンが剣を構え、口元を吊り上げる。
「盤面は整ったわね」
その前方では、レスターがついにオーク族長の前へ辿り着いていた。
族長が巨大な戦斧を持ち上げる。
レスターは大盾を構え、足を踏みしめた。
後方では、カレンとヴァニラの前に、分断されたオーク隊長たちが立ちはだかる。
ゼストは岩陰から全体を見渡し、ロッドを握った。
――ここからが本番だ。
銀鍵同盟にとって、初めての族長クラスとの戦い。
その幕が、今まさに上がった。




