第12話 オーク族長討伐遠征①
「ヴァニラ! 強めのお願い!」
カレンの声が、森の中に鋭く響いた。
前方には、オークが三体。
オーク戦士一体――80SP。
通常オーク二体――各40SP。
合計160SPの敵である。
「灼火炎!」
ヴァニラが杖を構え、魔法名を唱える。
次の瞬間、杖先に生まれた火球が、高速で飛翔する。
強度だけが高められた、赤く濃密な炎……それが一直線にオーク戦士へ向かい、胸元にクリーンヒットした。
『グォオオオオオッ!』
炎が弾ける。
オーク戦士の分厚い身体を、灼熱が包み込んだ。
「はぁっ!」
そこへ、カレンが踏み込む。
炎の痛みに怯んだオーク戦士の横を取り、首元に長剣を鋭く突き出す。
『グ、ゴ……ッ』
オーク戦士の身体が大きく揺れる。
カレンは奥歯を噛み、さらに剣を押し込んだ。
次の瞬間、巨体が膝から崩れ落ちる。
カレンは剣を引き抜くと、その勢いのままレスターの方へ走る。
レスターは、通常オーク二体を相手取っていた。
「こっちだ!」
レスターが大盾を構え、前に出る。
オークの棍棒が振り下ろされる。
レスターは盾で受け流しながら、半歩横へずれた。
ただ受けるだけではない。
相手の足の向き、棍棒を振る角度、次に踏み出す位置……それらを見て、自分の身体を置く位置を決める。
オーク二体は、後ろのヴァニラへ抜けようとしているが、そのたびにレスターの大盾が道を塞いだ。
「誘陣!」
オーク二体の視線が、レスターへ向いた。
その横から、その横から、カレンが斬り込む。
「遅い!」
一体目の膝裏へ斬撃。
体勢が崩れたところを、首元へ二撃目。
もう一体がカレンへ棍棒を振り上げるが、その腕をレスターの盾が止めた。
「カレン!」
「分かってる!」
カレンが身を沈め、オークの懐に潜る。
腹部を斬り、反転しながら首筋へ刃を走らせる。
オークは呻き声を漏らし、その場に倒れた。
森に、静けさが戻る。
ヴァニラは杖を下ろし、ほっと息を吐いた。
「お、終わった……?」
「ああ。三体とも討伐完了だ」
ゼストが少し離れた位置から言った。
カレンは剣を振って血を払い、周囲を見回す。
「ここまで来ると、本当にオークばっかりね」
「簡易マップによれば、そろそろ東の森を抜けたところだろうからな」
ゼストはメイから渡された地図を広げた。
そこには、東の森の北側、その先に広がる荒れた丘陵地帯、そして目的地周辺の簡単な情報が記されている。
レスターは大盾を背負い直しながら、少しだけ笑った。
「でも、だいぶオークともやれるようになってきたよ」
ゼストは素直に頷いた。
「誘陣の質も上がってきてるしな。レスターの安定感がパーティの強さを底上げしてる」
「そ、そうかなぁ」
ゼストからの賞賛に、レスターは少し照れたように頬をかいた。
「日が暮れてきましたね」
ヴァニラが空を見上げる。
木々の隙間から見える空は、赤みを帯び始めていた。
森の中にも、少しずつ夜の気配が降りてくる。
レスターが周囲を見回した。
「今日の移動はここまでにしよう。みんな、設営場所にいいところ見つけたら教えて」
「了解」
「はーい」
そうして、四人は野営場所を探し始めた。
☆ ☆ ☆
遠征一日目の夜。
四人は森を抜けた少し先、岩場と木立に囲まれた場所に簡易の野営地を作った。
ゼストは岩に腰を下ろし、ロッドを膝の上に置く。
普段なら見張りは数時間ごとに交代するが、今回はゼストが通しで引き受けることにした。
明日はオーク族長との戦いがある。
せめて、三人には少しでも休んでほしかった。
雪原の孤狼にいた頃、初めての遠征で緊張していたゼストを、ハイネスたちは当たり前のように休ませてくれた。
夜の見張りを任せられることも少なく、先輩たちの背中に守られながら、ぐっすり眠っていた。
「……今度は俺の番ってことか」
そんな感慨にふけっていたとき、女子陣のテントの布が微かに揺れた。
ゼストは視線だけを向ける。
出てきたのは、カレンだった。
「眠れないのか?」
ゼストが声をかける。
カレンは少し気まずそうに視線を逸らした。
「……まあね」
「温かい飲み物でも淹れるか?」
今の季節は夏にあたるが、夜の森は冷える。
じっとしていれば、肌寒さがじわじわと身体に染みてくる。
カレンは首を横に振った。
「大丈夫。火をつけて敵が寄ってきたら嫌だし」
「そっか」
会話がそこで途切れた。
少し気まずい沈黙が流れる。
夜の静けさの中では、二人とも、いつもの調子を掴み損ねていた。
目が夜に慣れてきたうえ、月明かりもある。
互いの顔は、思ったよりよく見えた。
ゼストは、ついカレンの椿色の髪に目を留める。
普段は勝ち気な印象を強めているサイドテールも、今はほどかれているせいか、少し柔らかく見えた。
「その髪色……お母さん譲りか?」
「……なによ、急に」
「いや、ハイネスさんとは違うからさ。お母さんからなのかなって」
カレンは少しだけ髪先を指でいじった。
「……まあ、そうだけど」
「そっか……綺麗だな」
「は、はぁ!?」
カレンの声が、思ったより大きく出た。
直後、彼女は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
テントの方をちらりと見るが、ヴァニラもレスターも起きた様子はない。
一拍置いて、カレンは頬を赤らめながら、ゼストの肩を拳で叩いた。
「っ……急に変なこと言わないでよ」
ゼストは叩かれた肩をさすった。
また、沈黙が流れる。
だが先ほどよりも、少しだけ空気は柔らかかった。
カレンはゼストの隣に腰を下ろす。
近すぎず、遠すぎずの距離で、二人は並んで座っていた。
ゼストはしばらく黙ったあと、口を開く。
「カレンは……どうして勇者になろうって思ったんだ?」
カレンは少しだけ目を伏せた。
「……私はやっぱり、お父さんに影響されたんだと思う」
「ハイネスさんに?」
「うん」
カレンの声は、昼間よりずっと落ち着いていた。
「お父さんは、昔からあんまり家には帰ってこなかった。任務とか遠征とか、そういうのでいつも忙しくて」
ゼストは黙って聞く。
「でも、たまに帰ってきたときに聴かせてくれた旅の話とか、魔族との戦いの話とか……そういうのに、私は心を奪われた」
カレンは夜空を見上げる。
「危ない仕事だっていうのは分かってた。でもそれ以上に、お父さんがそこまで情熱を注ぐ職業勇者って一体どんなものなんだろうって思った」
少し照れたように、彼女は笑う。
「その気持ちが収まらなくて、現在に至るってわけ」
「なるほどな」
ゼストは頷いた。
父親への憧れ。まだ見ぬ世界への好奇心。
危険だと分かっていても、惹かれずにはいられなかったもの。
それは、ゼストにも少し分かる気がした。
「ま、お母さんは最後の最後まで反対してたけど」
「そりゃそうだ。旦那に加えて、手塩にかけて育てた一人娘まで『勇者』に奪われるんだからな」
「……考えてみればそうだね」
カレンは口元に手を当てて、自然に笑う。
ただ、母親のことを思い出して、少し困ったように笑う少女の表情。
ゼストは思わず、胸の奥が跳ねるのを感じた。
「いつもそうやって笑ってりゃ可愛いのによ……」
「え? なんか言った?」
「なんでもねーよ」
ゼストは即座に顔を逸らした。
「明日も早いんだし、もう寝ろ」
「なによ、それ」
カレンは少し不満そうにしたが、次の瞬間、小さく欠伸をした。
緊張がほぐれたのかもしれない。さっきより、目元が眠そうだった。
カレンは立ち上がり、女子用のテントへ向かう。
その途中で、一度だけ振り返った。
「じゃ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
カレンは小さく頷き、テントの中へ戻っていく。
再び、夜の静けさが訪れた。




