第10話 肉は全てを癒す
東の森から戻った銀鍵同盟の四人は、第77支部の受付窓口の前に立っていた。
あのゴブリン集団を倒した後もいくつかの戦闘を重ね、結果的に三つの依頼を達成するに至っていた。
受付の向こうで、メイが三枚の依頼書に目を通す。
「……三つの依頼をまとめると、ゴブリン隊長一体、ゴブリン戦士四体、ゴブリン九体。合計210SPになります」
メイは淡々とした声で言った。
だん、だん、だん。
三枚の依頼書に、任務達成を示す判がリズミカルに押される。
乾いた音が、支部の受付に小気味よく響いた。
前回の銀鍵同盟は963SP。そこに今回の210SPが加算される。
「これで、銀鍵同盟の合計SPは1,173SPです」
まだEランク昇格には遠い。
だが、Fランク下位で足踏みしていた彼らにとって、これは確かな一歩だった。
ヴァニラは胸の前でぎゅっと杖を抱きしめる。
「や、やったね……!」
「一日で210SP……」
カレンも、嬉しさを隠しきれないように口元を緩めていた。
慌てて表情を引き締めようとしているが、完全には隠せていない。
ゼストはそんな三人を見て、少しだけ満足げに頷いた。
たかが210SP。そう言うことは簡単だ。
だが、今の銀鍵同盟にとっては、二週間の訓練が無駄ではなかったと証明する数字だった。
メイは依頼書を整理しながら、ちらりと四人を見る。
「……正直驚きました」
「え?」
レスターが顔を上げる。
「自爆していたときからすると、比べ物にならないほどマトモでしたから」
「じ、自爆って……!」
ヴァニラが恥ずかしそうに肩を縮めた。
あの爆発は、本人にとってもなかなか忘れたい出来事だったらしい。
いや、巻き込んだ時点で、忘れさせてもらえないのだが。
ゼストは得意げに胸を張った。
「俺が色々仕込みましたから」
「そうらしいですね」
メイは薄く笑う。
「辺境伯からもお墨付きのようですし」
「――あっ、その件は……」
ゼストの顔が固まった。
辺境伯とのスポンサー契約はまだ水面下で結んでいること。
ここで話されては、他の職業勇者に聞かれてしまうかもしれない。
ゼストが慌てて声を潜めようとした、その瞬間。
「ふふっ、ご安心を」
メイが口元に手を添えた。
「オフレコですよね。生意気だったので、少し意地悪したくなったんです。許してください?」
淡々としているはずのメイが、ほんの少しだけ悪戯っぽく笑った。
それは、普段の無表情に近い受付職員の顔とは少し違っていた。
硬い事務机の向こうに、年相応の女性らしい茶目っ気がふっと覗いたような。
ゼストは一瞬、言葉に詰まる。
――ごすっ。
「痛ぇ!」
カレンの肘が、ゼストの脇腹に突き刺さった。
「何ニヤニヤしてんのよ」
「してねえよ!」
「してた」
「してたね」
「ね〜」
レスターとヴァニラまで、なぜか即答した。
「お前ら、こういうときまで連携しなくていいんだぞ?」
ゼストが抗議すると、メイはまた何事もなかったかのように事務的な表情へ戻った。
「では、こちらが今回の報酬です」
メイが窓口の奥から布袋を取り出す。
机の上に置かれた瞬間、ずしりと重い音がした。
「銀貨二十一枚になります」
レスターがそっと袋を受け取る。
銀貨二十一枚。
四人で一週間ほどは十分に生活できる額だった。
それを、たった一日の任務で稼いだ。
ヴァニラは布袋を見つめ、目を丸くする。
「こ、こんなに貰っちゃっていいんでしょうか……」
その声には、嬉しさよりも戸惑いの方が強かった。
今までの生活では、銀貨一枚をどう使うかで悩むことも珍しくなかったのだろう。
ゼストは肩をすくめる。
「命懸けで戦ってんだ。これくらい貰って当然だ」
ゼストの言葉に、ヴァニラは小さく頷いた。
「……うん。そうだね!」
レスターは布袋を両手で持ち、深く息を吐く。
「今日は、少しだけ良いものを食べようか」
その一言に、ヴァニラの顔がぱあっと明るくなる。
「いいの!?」
「うん。頑張ったからね」
「やったぁ!」
カレンも、口元を隠すようにそっぽを向いた。
「ま、まあ……たまにはいいんじゃない?」
「かなり嬉しそうだな」
「うるさい」
ゼストの足が軽く蹴られた。
カレンは呆れたように目を細めたが、その表情はどこか柔らかかった。
☆ ☆ ☆
その日の夜。
四人はいつもの安宿の調理場を借りていた。
ただし、食卓の上はいつもと明らかに違っていた。
堅い黒パンではなく、今日は白パン。
薄い野菜スープだけではなく、色とりどりの野菜が入った具だくさんの煮込み。
さらに、皿の中央には……。
「今日のメインはこれです!」
レスターが誇らしげに皿を示す。香草で焼かれた肉料理が堂々と置かれている。
「わぁ〜! お肉だぁ……」
ヴァニラが両手を合わせ、恍惚とした表情で皿を見つめる。
そして、その隣でゼストも同じ顔をしていた。
香ばしい匂い。じゅわりと滲む肉汁。
表面に軽く焦げ目がつき、見るからに柔らかそうな肉。
庶民的な料理ではある……それでも、今の銀鍵同盟にとっては十分すぎるご馳走だった。
カレンは腕を組んで、呆れたように言う。
「アンタたち大げさね……」
「お前、よだれ垂れてるぞ」
「はっ!? 垂れてないし!」
カレンは反射的に口元を拭った。
沈黙。
ゼスト、レスター、ヴァニラの視線が一斉に集まる。
「……垂れてないし」
「二回言うと余計怪しいぞ」
そんなやり取りをしながらも、四人は席についた。
レスターが手を合わせる。
「それじゃあ」
「「「「いただきます!」」」」
四人の声が揃った。
まずは白パンをちぎる。
柔らかい。
それだけでヴァニラが小さく感動していた。
次に野菜の煮込みを口に運ぶ。
甘みのある根菜、香りの強い葉野菜、少し塩気の効いたスープ。
訓練と戦闘で疲れた身体に、じんわり染みていく。
そして、肉。
ゼストは切り分けられた一切れを口に入れた。
「……美味い」
思わず声が漏れた。
今日の達成感と空腹が最高の調味料になっていた。
ヴァニラは頬に手を当てながら、幸せそうに目を細める。
「今日は嬉しいことばっかで幸せだなぁ」
「訓練の成果も出たし、肉も頬張れるなんてな」
ゼストが同意すると、ヴァニラはにへらと笑った。
「それだけじゃないんだな〜」
「え、他になんかあったか?」
ゼストが首を傾げる。
ヴァニラは楽しそうに言った。
「最初の戦闘が終わったとき、カレンちゃん、初めてゼストくんの名前呼んだよね」
「あ、それ僕も気になってた」
レスターが穏やかに追撃する。
「なっ……そんなの、べつに普通でしょ」
カレンは顔を赤くしながら、視線を逸らすが……。
「いや、これまでは『アンタ』って呼んでたから、結構新鮮だったよ。ゼストもそうだよね?」
レスターが冷静に会話の逃げ道を塞いだ。
急に話を振られ、ゼストは一瞬だけ考える。
正直に言えば、三人の戦闘が上手くいったことへ嬉しさが強く、カレンが自分をどう呼んだかまでは意識できていなかった。
しかし――ゼストは大げさに頷いた。
「あの瞬間は嬉しかったなぁ〜。カレンに仲間として認めてもらえた気がしてさ」
「なっ……!」
カレンの顔がさらに赤くなる。
「ふん、あっそ……まあ、これからはちゃんと名前で呼んであげるわよ」
カレンはむすっとした顔で、皿の上の肉を一切れフォークに刺した。
視線を逸らしたまま、小さく続ける。
「……ゼスト」
「むぐっ」
カレンは照れ隠しのように、ゼストの口へ無造作に肉を突っ込んだ。
「冷めるでしょ。早く食べなさいよ」
「むぐ、むぐ……」
ゼストは肉を噛んだ。
柔らかい。
香ばしい。
たぶん、とても美味い。
だが、その一口だけは。
ゼストには、うまく肉の味が感じられなかった。




