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魔術師たちの昏き憧憬  作者: 美凪
魔術師たちの昏き憧憬
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魔術師たちの昏き憧憬#17


「なによ、これ」


 うわずった声でレイカが呻く。本にかけられていたなんらかの手法の影響を一番に受けていたのは彼女だったためか、その衝撃はひとしおであったらしい。自分でも「信じられない」とばかりに首を振っているのを自覚していないのか、わずかにぶれる視線の焦点が合わさっていない。

 フウカはただ黙って本が放つ光を見詰めていた。ただその顔色が青ざめているのは、光の加減のせいだけではないはずだ。

 トキヤは険しく眉をひそめ、本をランプの光に翳し続ける。


 どれだけその状態が続いただろう。青い燐光は見る者の目を刺すことをやめ、静かなぼんやりとしたオーラのように本にまとわりつくばかりになった。


「そろそろ、いいでしょう」


 自分にも言い聞かせるように呟き、トキヤはランプから本を離すと、手の中でひっくり返して表紙をあらわにした。無地だった表紙には、判読不能な文字列と月をかたどったエムブレムが浮かび上がっている。

 そのまま本を開いてみると、白紙だったページを青白く光る文字列がびっしりと覆っている。やはりそれらを判読することは不可能だ。トキヤはまったく異なる三つの言語を読み書きすることができるが、そのいずれのカテゴリにも属さない、ともすれば文字ですらない意味不明な記号の羅列であるようにも見える。


 だが、知識と経験のあるトキヤには、それらの正体をなんとなく掴むことができた。


 おそらく本の表側―― 表紙にかけられているのは認識を阻害する魔術だ。気を張り詰めなければ「それ」を気をとめることができなくなる程度のものであるが、効果はてきめんであったようだ。そしてどういうロジックがあるのかは判断できないが、別の光源の光を受けることによって術式が露わになり、それに伴って効力が一時的に消えるようになっている。


 次に中身の羊皮紙にびっしりと書き込まれた文字列。これがおそらくこの本の真の役目のために必要な術式なのだ。こちらは表紙に書き込まれた魔術とは逆に、光を受けると活性化するようになっているらしい。


(月は偽りを暴く。正しき位置にて役割を果たす様、光を与え給へ―― か)


 思い出されたのは懐中時計のハンターケースの裏側に浮かび上がった文字列。

 手元の本の表紙には、柔らかな月光とは似て非なる光を放つ満月のエムブレムが浮かび上がっている。


(もしこれが「月」だとするなら、偽りを暴くために正しき位置とやらを探せばいいのだろうか)


 繋げて考えてみればみるほど、ハンターケース裏の文句は目の前で起きたばかりの現象と関連性を持っているような気がしてくる。しかし、どこか危機感や不安を感じることも否めない。


 最初にレイカから時計を見せてもらった際―― あんな奇妙なシミのような文字が最初からケース裏に存在していたのなら、トキヤがそれに気づかなかった道理はない。文字盤の奇妙な意匠に気を取られてはいたが、簡単にとはいえ全体を一度くまなく調べている。見落とす可能性は低いし、先ほどの騒ぎですっかりうやむやになってしまったが、レイカの反応からして彼女も文字列のことに関して何も知らなかった様子だ。

 全員が全員あの文字列を見落としていたわけではないのなら、事務所から路上で二度目に開くまでのわずかな間隙に、時計に「何か」をきっかけとした反応が起こったと考えるのが妥当だろう。


 ――タイミングからして、少々出来すぎではないのか。


 その漠然とした不安が、トキヤの時計から得た情報に素直に従ってみようとする思考に二の足を踏ませている。時計がレイカの祖父の持ち物で、遺族であるレイカに託されたものである以上、時計が示した「反応」に悪意が込められている可能性は低いだろう。が。


(偽りを暴く、か)


 どうもその言葉が気にかかる。

 偽りを暴くということは、そこに真実が露わになるというのと同意義である。つまりはこの部屋には「偽り」があり、それによって隠されている「真実」が存在するというわけだ。そして時計の反応のきっかけはどうであれ、文字列を手にした誰かの目に触れるように細工を施した人間―― おそらくはアカギリ姉妹の祖父、ショウダイ・マミヤ―― は、その者にこの部屋の真実を暴かせたいのだ。


 昼間の間は大きめの窓から差し込むごく弱い光だけでも十分だが、夜になれば灯りをつけざるを得なくなる。昼も夜もない街として揶揄されるシュトだが、実際夜の闇は昼間のそれに比べてあまりに深い。

 姉妹は暗くなる前には律儀に帰路についていたようだが、夜間になっても部屋を調べようと思えば、この部屋唯一の光源になりうるランプに火を入れようとする可能性は高い。……そしてランプに火を灯せば、近くに放置されていた魔術を施された本が反応して燐光を放つ。浮かび上がった月のエムブレムを見た者が時計の所有者なら、蓋裏の文字列を想起してしかるべき行動を起こすだろう。


 穿った思考だが、すべてお膳立てされていると言えなくもない。しかしそれと同時に言えることはあまりにも回りくどい、ということだ。


(これらを仕組んだのがマミヤ氏だとして、どうしてこのような不確定で間接的な手法をとる?)


 流れとしては邪推できるほどに組み立てられているが、節々には分の悪い賭けが挟まっているように思う。現にアカギリ姉妹が所有している段階では時計に反応は見られなかったようであるし、夜間の行動は避けていただけにランプを点けることもなければ、そもそも鍵となるであろう本の存在にも気付いていなかった。そこにイレギュラーとしてトキヤが入り込んだことによって事態は変化を見たが、ここまでがショウダイの予測した範疇であるとは到底思えない。


(……まぁ、どこからどこまでがあらかじめ仕組まれたものかわからない以上、現段階で考えるのは時間の無駄か)


 この部屋で起こっている、なんとも弱気なポルターガイスト現象のこともある。もしかしたらショウダイ以外の人間の意図も絡んでいるかもしれない。……やはり調べるほかはないか。トキヤは自分の思考に決着をつけ、「正しき位置」を探すことに決めた。


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