第4話:孤高の狂剣者と、まっすぐな手
「おい……マジかよ、あいつ……」
「一人で行ってきたってのか……? あの『赤目の大熊』の討伐に……!?」
ギルドに入った瞬間、バッシュたちの耳に跳び込んできたのは、冒険者たちの殺気立った囁き声だった。
受付カウンターの前には、黒山の人だかりができている。
バッシュたちが何事かと人ごみをかき分けて覗き込むと、そこには泥と返り血に塗れた一人の青年が立っていた。
鋭い眼光、背中に背負った二本の大剣。
泥臭い練修を限界まで積み重ねてきたことが一目でわかる、筋骨隆々とした武骨な剣士——ゼットだった。
ゼットはギルドの受付カウンターの上に、ドスンと重い音を立てて『巨大な黒い爪』を放り投げた。
「……これで依頼完了だ。報酬をくれ」
受付嬢は青ざめた顔でその爪を見つめ、震える声で尋ねた。
「ゼ、ゼットさん……!? これって、ロザリア北部の渓谷に棲みついていた『赤目の大熊』の爪……!? でも、この依頼はランクCの上位冒険者パーティー向けに提示されていたもので、あなたが受託した記録はありませんが……!」
「あんな危険な魔物が街道の近くにいたら、行商人も村人も困るだろ。依頼を受けてるかどうかなんて関係ねえ。俺が一人で行って、叩き潰してきた。……文句があるのか?」
ゼットがつっけんどんに言い放つと、周囲の熟練冒険者たちがハッと息を呑んだ。
「無茶苦茶だ……あいつ、ギルドの規約を無視して一人で乗り込みやがった……」
「だが、あの赤目の大熊を一人で討ち取ってくるなんて……どんだけ破格の強さなんだ……」
ゼットの体には、魔獣の鋭い爪によって裂かれた痛々しい傷跡が数多く刻まれていた。血が滲み、荒い息を吐きながらも、彼の鋭い瞳には決して折れない強い意志が宿っている。
ゼットは報酬の金貨袋をひったくるように受け取ると、吐き捨てるように背を向けた。
「ちっ……つまらねえ。この街の奴らは口ばかりで、強い魔物と戦う度胸のある奴が一向にいねえ……」
一人で傷つきながら、誰にも頼らず、ただひたすらに己の強さを求めて過酷な戦いに身を投じる孤高の剣士。
その背中を見つめていたバッシュの胸に、熱い衝動が突き上げてきた。
「——待ってくれ!!」
バッシュの声が、静まり返ったギルド内に響き渡った。
立ち止まり、面倒くさそうに振り返るゼット。
「ああ? なんだお前は……ひよっこが」
「俺はバッシュ! こっちはエリスと、クロードだ!」
バッシュはゼットの目の前まで歩み寄ると、傷だらけのゼットの全身をまっすぐに見つめた。
「すごいよ、あんた! 一人でそんな強い魔物を倒してくるなんて……本当に凄腕の剣士なんだな!」
「……はあ? 冷やかしなら他をあたれ。俺はガキのお守りをする気はねえ」
ゼットが不機嫌そうに鼻を鳴らし、去ろうとする。
だが、バッシュはその背中に向かって、隠すことなく自分の胸の内を叫んだ。
「一人で無茶をするなよ!!」
ゼットの脚が、ピタリと止まった。
「あんたがどれだけ強くても、一人で無茶をし続けてたら、いつか命がいくつあっても足りなくなる! あんたみたいな強い覚悟を持った剣士が、そんなところで死んでいいはずがないだろ!?」
「……なんだと?」
ゼットがギラついた瞳で振り返る。凄まじい威圧感がバッシュを襲うが、バッシュは一歩も引かなかった。
「俺たちの目的は、世界を脅かす魔王軍から人々を守ることだ! まだ俺たちは駆け出しだけど……あんたのその強さと覚悟があれば、きっと世界を救う大きな力になる! 俺たちと一緒に来てくれ!!」
バッシュはそう叫ぶと、まっすぐに右手を差し出した。
「お前……正気か?」
ゼットは呆れたように眉をひそめた。
「俺は協調性もねえし、口も悪い。泥臭い修行しか知らねえ粗暴な人間だぞ? お前らみたいな綺麗事を言う奴らと組んだって、足引っ張るだけだ」
「綺麗事じゃない! あんたが一人で魔物を倒したのは、誰かが傷つくのを防ぎたかったからだろ!? あんたは優しい奴だ! 俺はそういう仲間と一緒に旅がしたいんだ!」
「……っ!?」
バッシュのあまりにもまっすぐで、見透かしたような言葉に、ゼットは言葉を詰まらせた。
傍らにいたエリスも、包帯を取り出しながら優しく微笑む。
「手当て、させてください。そんなに酷い傷、放置しておいたら危険です」
さらに、後ろにいた10歳ほどの少年——クロードが、静かな声で言葉を添えた。
「赤目の大熊の肉は毒素が強い。血抜きの手伝いも、俺ができる。……一人で抱え込むより、悪くないと思うが」
三人三様のまっすぐな視線と温かさ。
それらを浴びたゼットは、バツが悪そうにガリガリと頭を掻き回した。
「……ちっ! どいつもこいつも、調子の狂う奴らだ……」
ゼットは深く溜息をつくと、差し出されたバッシュの手を、乱暴にガシッと握り返した。
「おい、バッシュと言ったな。……俺は甘い考えの奴が大嫌いだ。もしお前が途中で逃げ出すような弱音を吐いたら、俺がその首を撥ねるからな」
「ははっ! 望むところだ! よろしくな、ゼット!」
「……ちっ、よろしく頼むぜ、リーダー様」
こうして、型破りな孤高の剣士・ゼットがパーティーに加わった。
バッシュ、エリス、クロード、そしてゼット。
四人となった勇者パーティーの絆は、少しずつ、しかし確実に形作られていくのだった。
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