第45.5-1話(幕間):漆黒の襲撃者と、突如訪れた静寂
不気味な赤黒い雲が全土を覆う、魔王城。
その重厚な前庭から回廊にかけて、絶え間なく凄まじい魔法の爆音と激震が響き渡っていた。
静まり返っていた魔王城の玉座の間。
重厚な大扉が、外側からの凄まじい魔導の衝撃波によって内側へ向かって弾け飛び、巨大な石の破片が吹き荒れた。
煙の中から静かに姿を現したのは、小柄な一人の少女——魔法使いクルルだった。
彼女は言葉もなく、ただ冷徹で無感情な瞳で室内を見渡していた。
「……クロードは、どこ」
ぽつりと漏らされたのは、必要最低限の問いかけだけだった。
感情を一切排したその声には、聞く者の精神を凍りつかせるような冷酷な魔力が宿っていた。
玉座に鎮座していたのは、穏健派の魔王であり、優雅な雰囲気を纏った美しき大魔法使い・ルシエラだった。
ルシエラは深く眉をひそめ、冷然とクルルを見下ろした。
「……人間ですか。単身で我が城へ乗り込み、騒ぎを起こすとは何事です。四天王ハザード、グロック。その者の相手をしなさい」
「ハッ! お任せを、ルシエラ様!」
ルシエラの命に応じ、陰湿な毒気を纏うハザードと、岩石のごとき巨躯と硬質魔法を誇るグロックの二人が即座に前に躍り出た。
彼らは魔王軍の四天王——人間界の猛者たちを何人も葬ってきた、確かな実力と誇りを持つ魔族の強者たちだった。
「威勢のいいガキだが、ここが魔王城だと教えてやる……! 『岩塵崩天破』!!」
グロックが叫び、全魔力を込めた超重量の岩石魔法を解き放つ。同時にハザードが目に見えぬ広域の致死性毒霧と魔導の刃を縦横無尽に展開した。
四天王たるふたりの連携は隙がなく、並の魔法使いであれば一瞬で肉塊と化す凄まじい猛攻だった。
だが——クルルは眉一つ動かさなかった。
「……邪魔」
クルルが短く呟き、細い指先をすっと掲げる。
瞬間、彼女の周囲に幾重もの多重幾何学の瑠璃色の障壁——『絶対防御結界』が瞬時に展開された。
ドガァァァァン……!!
グロックの猛烈な岩石魔法とハザードの毒刃が結界に叩きつけられる。しかし、クルルの構築した防御魔法はピクリとも揺らぐことはなかった。四天王たちの攻撃エネルギーはすべて結界の表面で無力化され、虚しく弾け飛んでいく。
「な……なにぃ!? 俺たちの渾身の魔法を完璧に防御しただと……!?」
グロックが驚愕に目を見開いた瞬間、クルルの無感情な瞳が二人を冷たく射抜いた。
「『高圧縮魔導弾』」
結界の隙間から、極限まで圧縮された高密度の魔導弾が撃ち出された。
チュドンッ……!!
「ぐはぁっ……!?」
「うぐっ……!?」
絶叫が室内で交錯する。
高威力の魔導を真正面から叩き込まれたグロックとハザードは、床の上へとボコボコに叩きつけられ、激しく石畳を滑っていった。
二人とも全身を強打し、その場に倒れ伏して呻き声を上げる。「うぅ……く……っ」と身悶えするのが精一杯で、もはや立ち上がることすらできない状態に追い込まれてしまったのだ。
四天王の二人を、クルルはその圧倒的な魔術精度と鉄壁の多重防御魔法で完全に完封し、瞬く間に叩きのめしてみせたのだ。
「……見事な防御魔法と手際ですね。四天王をこうも容易くあしらうとは」
ルシエラはため息をつき、静かに玉座から立ち上がった。
彼女が纏うのは、同じ魔法使いとしての、そしてこの城を統べる魔王としての圧倒的なまでの威圧感だった。
「力ずくで問い詰めたいのなら……私を倒してからにしなさい」
ルシエラの指先から、空間そのものを穿つほどの超高火力魔導——『極大紫紺波』が放たれた。
ドォォォォン……!!
爆風が吹き荒れ、玉座の間の石畳が一瞬で捲れ上がる。
クルルは即座に広域の『多重複合防壁』を展開して真正面から受け止めたが、衝撃の重さにズリリ……と足が後方へ滑った。
(強い……! これが、魔王……!)
純粋な魔法の出力と魔力量においては、明確にルシエラの方が格上だった。
空中に展開された無数の魔導陣から、ルシエラの極太の紫色の雷撃が怒涛のように降り注ぐ。
クルルは自身の身を守る『絶対防御結界』を極限まで押し固め、盾のように掲げながら応戦する。
ガガガガガガッ……!!
強烈な魔導雷撃がクルルの防壁に叩きつけられ、激しい火花と衝撃波が激突する。
クルルは防御魔法の構成をミリ単位で修復・維持し続け、ルシエラの圧倒的な火力をなんとか防ぎ切る。
格上の魔王による強大な魔導攻撃と、それを完璧な多重防御魔法で防ぎつつカウンターを狙うクルル。一歩も引けない完全な拮抗状態(硬直状態)が続き、空気がぎりぎりと軋んでいた——。
——その時だった。
ガラガラと崩れた別側の扉の影から、一人の青年がひょっこりと姿を現した。
漆黒の髪に、どこか気怠げで飄々とした雰囲気を纏った青年——クロードだった。
彼は荒れ果てた室内を見渡し、少し首をかしげながらルシエラへと声をかけた。
「……ルシエラ様。なにか、大変なことになっていますね。どうされたのですか?」
クロードはクルルがこの城に来ていることなど夢にも思っていなかったため、純粋な疑問として尋ねたのだ。
戦いの手をわずかに緩め、ルシエラは頭痛をこらえるように溜息をついた。
「どうもこうもありませんよ、クロード。……突然この少女が乗り込んできて、暴れていたところです」
「はぁ……そうだったのですか」
クロードが理解したように頷いた、その瞬間。
「……っ!?」
クロードの声が耳に届いた瞬間、クルルは大きく目を見開いた。
感情を殺していた無表情な顔が途端に崩れ、その瞳に驚愕と、信じられないほどの歓喜が溢れ出す。
「……クロード……? ……やっぱり、生きてた……っ!」
ルシエラへ向けられていた鉄壁の多重防御結界が、一瞬で跡形もなく吹き飛んで消失した。
ルシエラが驚く間もなく、クルルはルシエラとの戦いも周囲の警戒も完全に頭から吹き飛ばし、超高速でクロードのもとへと地を蹴った。
ドスッ……!!
愛らしい音とともに、クルルはクロードの胸へと全力で飛びついたのだった。
「クロード……! クロード……っ!!」
細い腕でクロードの腰に必死にしがみつき、胸元にぎゅっと顔を埋める。
言葉数は少ない。けれど、その身体の震えと、クロードの服を固く握りしめる指先から、どれほど彼を探し求め、無事を願っていたかが痛いほど伝わってきた。
不意打ちで抱きつかれたクロードは、両手を上げたまま完全に言葉を失い、ただただ目を見開いて立ち尽くしていた。
そして、その光景を周囲の全員が唖然として見つめていた。
床の上で「う……ぐ……」と苦しそうに呻いていた四天王のグロックとハザード。彼らは痛みに耐えながら目を見開き、「な、なんだあの少女は……」「俺たちを一瞬で叩きのめしたあの奴が……」と、目を丸くして言葉を失っている。
魔法の構えを解いた魔王ルシエラもまた、あまりの事態に開いた口が塞がらず、ただ呆然と二人を見つめることしかできなかった。
「……クロード。もう……離れない」
「……」
必死にしみじみと抱きついてくるクルルに対し、クロードはただただ圧倒され、声も出せないまま固まるのだった——。
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