第45.5-2話(幕間):開かされた真実と、深淵の記憶
倒れ伏す四天王ハザードとグロック、そして呆然と立ち尽くす魔王ルシエラの視線が突き刺さる玉座の間。
その中央で、クロードの胸にしっかりと顔を埋めたまま離れようとしないクルル。
クロードはようやく我に返ると、胸元の頭をそっと手で押さえ、困惑した顔で問いかけた。
「……クルル。お前、一体どうしてこんなところにいるんだ? それに、どうやってここまで……」
クルルはクロードの服をキュッと指先で強く握りしめたまま、小さく顔を上げてクロードの瞳をじっと見つめた。
「……クロードを探しに来た。……生きてるか、確かめたくて」
必要最低限の短さだが、その一言には彼女の激しい執念と想いが込められていた。
クロードは呆れたように息を吐きながらも、その瞳に浮かぶ真剣さに、小さく肩をすくめた。
「はぁ……。お前がわざわざここまで直接乗り込んでくるなんて、完全に計算外だったよ。……だが、ここまでお前が来てしまった以上、もう隠していても意味はないな」
「……隠してる?」
クルルが首を傾げると、クロードはチラリと玉座の上のルシエラへと視線を向け、静かに言葉を繋いだ。
「ああ。……実は、俺は人間じゃない。魔族のひとりだ」
「……え?」
クルルの大きな瞳が微かに揺れた。
「だが、人間を無差別に襲うような魔族じゃない。ここにいるルシエラ様をはじめとする『穏健派』と呼ばれる、人間との平和的な共存を望む魔族の一員なんだ。俺は人間界の勇者たちのパーティに潜り込んでいた。それは、人間と敵対する気のない穏健派の魔族たちが存在しているという事実を彼らに伝えるため……そして、陰からこの世界と穏健派の道を探るためだったんだよ」
クロードの口から明かされた、予期せぬ衝撃の事実。
普通であれば、信じがたい裏切りや偽りに混乱し、激高してもおかしくない場面だった。
けれど、クルルは微塵も動揺を見せなかった。
彼女はクロードの顔をじっと見つめた後、小さく、けれど迷いのない声で呟いた。
「……そう。クロードが……そう言うなら、私はそれを信じる」
「……疑わないのか? ずっと人間だと偽っていたんだぞ」
「……関係ない。クロードは、クロード。……クロードの言うことなら……私、全部信じる」
言葉足らずで不器用な表現。けれど、そこには世界の何よりも強い、クロードに対する絶対的な信頼と愛が溢れていた。
その様子を黙って見守っていた魔王ルシエラが、ふっと気品ある笑みを漏らし、魔法の構えを完全に解いた。
「ふふ……困った襲撃者だと思っていましたが、どうやら貴方に深く惹かれている方のようですね、クロード。……ここは崩れかけていて落ち着きません。別室へ移動して、ゆっくり話し合いなさい」
「……すみません、ルシエラ様。お手を煩わせました」
倒れている四天王たちに手短に視線を送った後、クロードはクルルの手を引き、別室へと場所を移すことにしたのだった。
静寂に包まれた魔王城の奥深くにある応接室。
重厚なソファーに腰を下ろしたクロードのすぐ隣に、クルルは隙間なくぴったりと身体を寄せて座っていた。
静かな部屋の中で、クルルはクロードの右手を両手で包み込むように握りしめ、静かに口を開いた。
「……ねえ、クロード」
「ん? なんだ?」
「……私、クロードのこと……知らないことばかり。……もっと、知りたい」
不器用なクルルが絞り出した、素直な想い。
クロードの出自が魔族だと知り、自分が彼のことをどれほど知らなかったかを痛感したからこそ、もっと彼の内側に触れたいと願ったのだ。
クロードは握られた自分の手に視線を落とし、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。
「……そうだな。お前は俺の過去を何一つ知らないのに、ここまで追ってきたんだもんな。……いいよ。ここまで来たお前には、俺のすべてを教えてやる」
クロードは背もたれに深く身体を預け、遠い過去の記憶へと意識を向け始めた。
「俺は元々、魔導の血が濃い魔族の小さな村で生まれたんだ。……だが、俺がまだ幼かった頃、その村は人間と魔族の争いに巻き込まれ、過激派の魔族どもに壊滅させられた」
クルルの握る手が、キュッと力みを帯びた。
「村は燃え、俺も死にかけた。……だが、そんな俺を絶望の淵から救い出してくれたのが、人間たちだったんだ。……それも、ただの人間じゃない。魔族との共存を模索していた『人間側の穏健派』の戦士たちだった」
「……人間が……助けてくれたの……?」
「ああ。彼らは敵であるはずの魔族の生き残りである俺を殺さず、温かく介抱してくれた。奇跡的に、俺の家族や村の人間たちも彼らに救われ、全員生き延びることができたんだ。俺たち家族の命は、その人間たちによって繋ぎ止められたんだよ」
クロードの瞳に、静かで深い感謝の光が宿る。
「それから俺は、自分と家族を救ってくれたその人たちに恩を返すため、そして世界を裏から守れる圧倒的な強さを手に入れるために、彼らの元で修業を積んだ。彼らは俺に戦いの術と、人間と魔族の間に架けるべき平和の志を教えてくれたんだ」
「……じゃあ、アビスガードは……?」
クルルがぽつりと尋ねた。
あの世界の最果てにして、人間界でもっとも恐れられる地獄の深淵——【アビスガード】。
「……ああ。そこからが、俺の成長の場だ。人間側の穏健派から基礎と志を叩き込まれた俺は、それを実戦で完璧な力へと昇華させるため、自ら進んであの【アビスガード】へ身を投じた」
クロードの声のトーンが、わずかに低く、重くなった。
アビスガード。
そこは、光すら届かぬ極寒と灼熱が渦巻く奈落の地獄。世界中の凶悪な咎人や、理性を失った古代の異形どもが蠢く、一度落ちれば二度と生きては戻れない死の領域。
「十数年……俺はあの地獄で、毎日が死と隣り合わせの殺し合いを繰り広げた。拷問のような過酷な環境、際限なく押し寄せる異形の群れ。油断すれば一瞬で肉塊に変えられる世界で、俺はひたすら己の魔術と体術を磨き上げ、生き残るためだけに死線を潜り抜け続けた」
「……十数年も……」
「ああ。……そうしてアビスガードでの過酷な日々を乗り越え、圧倒的な力を得て地上へ戻ってきた俺を待っていたのが……今の穏健派の魔王、ルシエラ様だったんだ」
「……ルシエラ様が……?」
「そうだ。俺の力と理念を知ったルシエラ様から、『我が四天王となり、穏健派の魔族たちを守る力となってほしい』と直接スカウトを受けたんだよ。……それ以来、俺は四天王の一角として、ルシエラ様の下で動き始めた」
クロードは自分の手のひらをじっと見つめながら、静かに言葉を重ねる。
「だが、人間界の過激派や冒険者たちが、穏健派の魔族にまで無差別に攻撃の矛先を向けてくることがある。だから俺は……人間たちの注意がこの穏健派の魔族たちに向かないよう、勇者パーティに身を隠しながら、影で人間と魔族の双方の動きを抑え込み、危険を先摘みして暗躍し続けているんだ」
すべてを背負い、世界を裏から支えるために一人で暗躍し続けるクロードの生き様。
その真実を聞き終えたクルルは、胸の奥が熱く締め付けられるのを感じていた。
「……クロード」
クルルは両手で包み込んでいたクロードの手を、さらにぎゅっと強く握りしめた。
その瞳には、ぽろぽろと大きな涙が溜まり、溢れ出していた。
「……すごいのね、クロードは。……私、クロードと一緒に過ごせた時間は……まだ短かったけれど……あなたの背負っているものや、強さや、優しさに……ずっと惹かれてた」
言葉数は少ない。けれど、クルルの小さな胸からは、感情が溢れ出していた。
不器用で、言葉もうまく伝えられない自分。
けれど、過酷すぎる地獄を生き抜き、世界を守るために孤高の道を往くクロードの姿に、クルルは心の底から深く敬服し……気づけば、引き返せないほど深く、一途な『恋』を抱いていたのだ。
クルルは涙を拭うことも忘れ、クロードの瞳をまっすぐに見つめた。
「私……クロードの力になりたい。……クロードが世界を陰で守るなら……私、手伝う」
「クルル……?」
「私……短い時間だったけど、クロードのおかげでここまで強くなれた。クロードのことを……心から尊敬してるし……大好きなの。……だから、一緒にいさせて」
初めて言葉として素直に紡がれた、クルルの不器用で純粋な告白。
クロードの生き様に寄り添い、共にその背負う運命を分かち合いたいという、少女の強い決意だった。
静かな応接室に、クルルの切なくも力強い言葉が響く。
クロードは不意を突かれたように目を丸くし、それからふっと柔らかく、優しさに満ちた苦笑を浮かべた。
「……お前なぁ。四天王の暗躍なんて、綺麗なもんじゃないぞ? 危険だし、日陰の道だ」
「……平気。クロードの側なら……どこでもいい」
「はぁ……。本当に、一度言い出したら聞かない奴だな」
クロードは溜息をつきながらも、自分の頬に涙を拭いながらすり寄ってくるクルルの頭を、そっと愛おしそうに撫でた。
「分かったよ。そこまで言うなら……一緒に来い。二人でなら、もう少し上手く影で動けるかもしれないな」
「……うん……っ! クロード……!」
クルルは嬉しそうに目元を緩めると、クロードの腕に小さく抱きついた。
過酷な過去を背負う漆黒の青年クロードと、彼をまっすぐに想い続ける魔法使いクルル。
魔王城での予期せぬ再会を経て、二人の間には、より深くて温かい【確かな絆】が静かに結ばれたのだった——。
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