第41話:巡る魔力と、夜の誓い
静まり返った施術室。
診察台の上で、エリスは肩を大きく上下させながら、荒い息を整えようと必死になっていた。
全身を包み込む、これまで経験したこともないような熱気と甘い痺れ。
背中とお腹の肌に直接触れられ、熱い魔力の筆先で刻印を刻み込まれた余韻が、今も皮膚の表面に消えずに残っている。
「……よく頑張りましたね、エリス君」
穏やかな声と共に、濡れた温かい手拭いがエリスの額や首筋の汗を優しく拭った。
バレットは手際よく筆とインクを片付けると、脱ぎ捨てられていた羽織を引き寄せ、エリスの素肌を覆うようにそっとかけ直してくれた。
「あ……バレット様……っ」
「身体を起こせますか? 無理をせず、ゆっくりで構いませんよ」
エリスは真っ赤になった顔を伏せながら、羽織を胸元でギュッと強く握りしめ、ベッドの上に足を下ろした。
立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、体内を巡る莫大な魔力の波に眩暈を覚え、くの字に身体を折って小さく「うくっ……」と声を漏らした。
「……やはり、いきなり完全な定着とはいきませんね」
バレットはエリスの背中に優しく手を添え、身体が倒れないよう静かに支えた。
「聞いてください、エリス君。今、君の身体に刻んだ『魔力文字』は、あくまで基礎となる骨組みに過ぎません。この刻印が大気中の魔力を取り込み、君自身の体質や肉体に完全に馴染むまでには、少し時間がかかります」
「体に……馴染むまで……?」
エリスは涙で潤んだ瞳を上げ、バレットを見つめた。
「ええ。君の体調や魔力の循環状態を見極めながら、少しずつ文字のラインを調整し、最適化された術式へと上書きしていく必要があります。一回限りの施術ではなく、段階を踏んで徐々に力を引き出していくのです」
バレットは落ち着いた、しかし確かな自信を込めた口調で言葉を重ねた。
「上書きを重ねるごとに、君の身体はよりスムーズに、より強大な魔力を扱えるようになっていくでしょう。ですから……完全に回路が定着するまで、あと何回か、夜ごとに私の館へ通ってもらう必要があります」
「何回か……ここに……」
その言葉を聞いた瞬間、エリスの脳裏に、先ほど受けたばかりの施術の光景が鮮明に蘇った。
自分の素肌をバレットの前に晒し、背中やお腹というあまりにも無防備な場所を触られ、魔力の筆で撫で回されるあの感覚。
恥ずかしさで死んでしまいたいほどの体験を、これから何度も繰り返さなければならない。
(また……あの診察台の上で……服を脱いで……っ)
想像しただけで、耳の裏まで真っ赤に染まり、エリスは羽織の中に顔を埋めて身を小さく縮こまらせた。
だが、そんなエリスの恥じらいを察しながらも、バレットは施術者としての真摯な表情を崩さなかった。
「不安になる必要はありませんよ。君がバッシュ君たちと共にこのヴェノリアの街を発つ前には、すべての調整を完了させ、完全に実戦で扱える状態へ間に合わせるつもりです。私を信じなさい」
「バレット様……」
バレットの真直ぐな眼差しと、自分を本気で手助けしようとしてくれている温かな誠実さ。
それに触れ、エリスの胸の奥にあった恥ずかしさは、再び「強くなりたい」という強い覚悟によって優しく包み込まれていった。
(恥ずかしい……すごく恥ずかしいけれど……! でも、これでバッシュの役に立てるなら……彼と一緒に歩んでいけるなら……私、どんなことだって耐えられる!)
エリスは深く息を吐き出し、胸元を押さえていた手を緩めると、バレットに向かってしっかりと深く頭を下げた。
「……はい! わかりました! バレット様……これからよろしくお願いします。私、頑張って通います……!」
「良いお返事です。では、今夜はこれで休みなさい。バッシュ君たちに怪しまれぬよう、静かに宿へお戻りを」
「はい……っ!」
エリスは慎重に服を着直し、乱れた髪を整えた。
背中とお腹の皮膚の奥で、トクン、トクンと温かく力強く脈打つ『回路』の存在を感じながら、エリスはバレットの館を後にした。
霧が深く立ち込める深夜のヴェノリア。
静まり返った街を、エリスは足取りも軽やかに駆け抜けていく。
宿屋の部屋に戻り、静かにベッドの中へ滑り込むと、隣の部屋からはバッシュたちの規則正しい寝息が聞こえていた。
エリスはそっと自分のお腹の上に手を当てた。
服越しでもわかる、かすかな熱。
(待っていてね、バッシュ……。私、絶対に強くなって……今度こそ、あなたの隣であなたを守ってみせるから……)
大好きな人の顔を思い浮かべながら、エリスは愛おしそうにお腹を撫で、静かに深い眠りへと落ちていくのだった——。
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