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第39話:二つの魔族と、運命の扉

重厚な扉の向こうに広がる部屋は、無数の魔導書や妖しく揺らめく鉱石の光に包まれた、静謐な調合室だった。


バレットは部屋の中央にある頑丈な作業台の傍らに立ち、背を向けたまま静かに語り始めた。


「……エリス君。まずは、私の正体についてお話ししなければなりません。驚かずに聴いてくださいね」


バレットが振り返ると同時に、その姿に変化が現れた。

琥珀色の瞳は深い紫紺の輝きを増し、黒髪の隙間から、まるで美しい黒檀のような控えめな二本の角が、すっと頭頂部へと伸びた。


「っ……魔族……!?」


エリスは息を呑んだ。だが、叫び声を上げることも、逃げ出すこともなかった。

その目の前に立つバレットからは、人間を害するような禍々しさや邪悪な気配が一切感じられなかったからだ。


「ええ、私は魔族です。……ですが、人々が恐れる『魔族』という存在には、大きく分けて二つの潮流があることを知っておいてください」


バレットは優しく澄んだ瞳でエリスを見つめ、静かに言葉を重ねた。


「一つは、暴力を尊び、人間を虐殺・支配しようと企む【強硬派】の魔族。君たちが各地で戦い、脅かされている魔族のほとんどは、この強硬派に属する者たちです」


バレットは手元に置かれた古い羊皮紙の書物を優しく撫でた。


「そしてもう一つが、争いを好まず、自然や魔術の理を解き明かしながら静かに暮らすことを望む【恩恵派(穏健派)】の魔族。……私は、その恩恵派に所属している者なのです」


「恩恵派の……魔族……」


「ええ。人間界では『魔族=すべて悪』として一括りにされてしまいますが、私のようにただ平和に知識を深めたいだけの者も存在します。私は特殊な生まれでしてね……魔族の中でも特に『呪詛』の解明や、古の『魔力文字(ルーン)』の解析において深い知識を持っていました。その知識があったからこそ、争いを避け、こうして過ごしてこられたのです」


バレットは小さく穏やかな微笑みを浮かべた。その表情には他者を圧倒するようなおぞましさは微塵もなく、ただ世の理を愛する探求者の面影しかなかった。


「私自身は決して戦いを好む者ではありません。このヴェノリアの街に流れ着いた時、私の正体を見抜いたのは……あの治療院の老館長だけでした。ですが、私の志と技術を知った館長は、私を嫌悪するどころか、温かく受け入れてくれたのです。『呪いに苦しむ人々を救うために力を貸してほしい』とね。本当に、感謝しかありません」


バレットはそっと己の胸に手を当てた。


「私の正体と秘密を知っているのは、世界で老館長と……今、契約を結んだ君の二人だけです。ちなみに老館長にも、万が一にも秘密が漏れぬよう、君と同じように『他言を封じる秘術』をかけさせてもらっていますよ」


バレットの語る真実は、エリスの知らなかった世界の奥行きだった。

目の前にいる人物は魔族だ。けれど、自分を死の淵から救ってくれたのは事実であり、その心は誰よりも誠実で温かい。エリスの瞳から緊張が消え、深い信頼の光が宿った。


「バレット様が魔族であっても……私を助けてくれた恩人であることに変わりはありません。私は絶対に、この秘密を誰にも話しません」


「ありがとう、エリス君。君ならそう言ってくれると思っていました」


バレットは静かに頷くと、表情を真摯な施術者のそれへと引き締めた。


「さて……では、君が望む『勇者の隣に立つための力』……施術の準備に入りましょう」


バレットは部屋のさらに奥にある、厳重な紋様が彫られた厚い扉を示した。


「これから行うのは、君の身体に古の『魔力文字』を直接刻み込む術式です。背中に大気中の魔力を吸い上げる『集魔の回路』を描き、それをお腹の『循環と放出の回路』へと繋げます。背中とお腹に文字を刻むことで、君は無限の魔力を取り込み、何倍もの密度で放出する『触媒』へと変わることができるのです」


「大気中の魔力を……取り込んで放出する……!」


「ええ。これにより、君の回復魔法は激変します。枯渇することなく、強力な支援を放ち続けることが可能になる……これこそが、君がバッシュ君を真に支えるための【秘術】です」


エリスは自分の胸に手を当てた。

足手まatoiだと泣いた日々。バッシュを失う恐怖。それが、この扉の向こうで変わるのだ。


「……お願いします、バレット様! 私に、その魔力文字を刻んでください!」


「分かりました。……では、奥のロッカーで衣服を整え、施術室へお入りなさい。君の覚悟、しっかりと受け止めさせてもらいます」


バレットの言葉に力強く頷き、エリスは静かにロッカーの扉を押し開けた。

羽織を脱ぎ、覚悟を胸に抱いて施術室のドアノブへ手をかける。


この扉を開ければ、もう引き返すことはできない。

大好きなバッシュの隣に立つための新たな運命へ向けて、エリスは静かに扉を開いた——。

できる限り毎日投稿を続けていきたいと思っています!


これから毎日読みに来ていただけたらとても嬉しいです。


次回の更新もぜひ楽しみに待っていてくださいね!


ただ、施術シーンは少しセクシーな描写を含んでいますので、苦手な方は次へ飛ばしてください。

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