第35話:英雄への憧れと、新たな絆
病棟の中で安らかに眠るエリスの傍らを離れ、バッシュとゼットは一度風に当たろうと治療院の表へと向かった。
重苦しい張りつめた糸が切れ、エリスが助かった安堵感と同時に、エドの凄惨な裏切り、そして自らの手で仲間だった男を葬ってしまった重い記憶が、再びバッシュの胸を締め付ける。
治療院の軒先で待っていたのは、疾風霊馬の手綱を握っていたレオンだった。
二人の暗い表情と、どこか吹っ切れたような眼差しを見て、レオンはポンと愛馬の首を叩いて歩み寄ってきた。
「おう、二人とも! どうだった、無事に助かったのか!?」
「ああ……。エリスの呪いは綺麗に消えたよ。あとは数日休めば元気になるって」
「そうか! へへ、そいつは本当に良かったな!」
レオンは心底嬉しそうに破顔した。だが、安堵したのも束の間、バッシュとゼットの間に漂う重々しい静寂に気づき、不審そうに首をかしげた。
「……だがよ、エリスちゃんが助かったのになんでそんな暗い顔してんだ? ガルードを出てからここに来るまで、一体何があったんだよ。お前ら、どんだけ大変な目に遭ってたんだ?」
バッシュは固く唇を噛み切り、深くうなだれた。
見かねたゼットが重い口を開き、ガルードでのエドとの出会い、仲間だと信じたエドの冷酷な正体、逃げ場のない罠、バッシュを庇って倒れたエリス、そして激怒の中でエドを切り伏せた一部始終を、静かに語って聞かせた。
話を聞き終えたレオンは、激しい憤怒で顔を歪め、握りしめた拳を治療院の木壁へ叩きつけた。
「……クソッ……なんだそいつは……! それはあまりにもひでぇ話だろ……!! 仲間を装って背後から刺すなんて、胸糞悪くて吐き気がするぜ……っ!」
レオンは吐き捨てるように叫ぶと、しばらく荒い息を吐いていたが、やがて視線を落とし、自らの胸元をギュッと握りしめた。
「俺はさ……昔から、おとぎ話に出てくるような『英雄の物語』に強い憧れがあったんだ」
「英雄物語……?」
バッシュが顔を上げると、レオンは少し照れくさそうに、けれど真直ぐな目で二人を見つめ返した。
「ああ。光の勇者が仲間と共に困難を乗り越え、世界を救う……そんな物語にな。だから俺も旅に出て、色んな街を渡り歩いてきた。……だが、現実ってのは甘かねぇ。正直、俺自身は剣もしょぼいし、魔術も使えねぇ。そんなに強い男じゃねぇんだよ」
レオンは愛馬スレイプニルを振り返り、優しくその鼻筋を撫でた。
「だけどよ、俺にはこのテイマーの力がある。こうして魔獣たちと心を通わせ、背中を任せ合うことならできる。俺自身は弱くても……この力を使えば、ボロボロになって戦うお前たちの足となり、盾となり、助けてやることはできるかもしれない」
レオンはバッシュの前に歩み寄ると、力強くその肩を掴んだ。
「俺に……お前たちの旅を手伝わせてくれねぇか? 偽りの仲間じゃねぇ。本気でお前たちを支えたいんだ。俺を、仲間にしてくれ!」
「レオン……」
バッシュの瞳に、温かい涙が込み上げてきた。
エドの裏切りによって傷つき、「もう誰も信じられないかもしれない」と怯えていた胸の奥に、レオンのまっすぐで温かい言葉が優しく沁み渡っていく。
隣に立っていたゼットが、ニッと豪快な笑みを浮かべ、レオンの背中をバシッと力任せに叩いた。
「へっ、断る理由なんかねぇよ! お前のような頼もしいテイマーが大歓迎じゃねぇか! よろしくな、レオン!」
「痛でぇな、おい! だが……よろしく頼むぜ、ゼット!」
二人のやり取りを見つめていたバッシュも、目元の涙を袖でゴシゴシと拭うと、レオンに向かって力強く右手を差し出した。
「ありがとう、レオン。俺たちの仲間になってくれて……本当に嬉しいよ。これからよろしく!」
「おうっ! 任せとけ、バッシュ!」
がっしりと手と手を握り合うバッシュとレオン。
エドの裏切りによって刻まれた深い傷痕を埋めるように、新たな頼もしい仲間・レオンとの真実の絆が、ここに結ばれたのだった——。
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