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第34話:解呪の秘法と、安らかな寝顔

パタン、と重い防音扉が閉まり、地下病棟の一室は静寂に包まれた。


部屋に残されたのは、ベッドの上で蒼白な顔のまま浅い呼吸を繰り返すエリスと、その傍らに佇む聖魔術師バレットの二人だけだった。


バレットは静かに長衣の袖をまくり上げると、エリスの隣に用意された木製の椅子へ腰掛けた。

エリスの背中からは、服越しであっても判別できるほど不気味で濃密な紫色の『呪詛の気配』が漂い、彼女の体内から生命力を際限なく吸い上げ続けている。


「……実に不躾で、乱暴な刻印を刻まれたものだ。これではここまでの状態になったのも無理はない」


バレットは低く呟くと、エリスの背中に軽く手を翳した。

バレットの掌から、澄んだ瑠璃色と漆黒が混ざり合ったような、異彩を放つ特殊な魔力がゆらゆらと立ち上り始める。


聖なる治癒の波動と、魔の理を解き明かす禁忌の魔術。

相反する二つの力を高次元で融合させた『聖魔術』の真骨頂が、静かに発動した。


「さあ、始めようか」


バレットがゆっくりと掌をエリスの背中に重ねる。

その瞬間、エリスの身体が小さく跳ね、口元から「うくっ……!」という押し殺したような苦悶の声が漏れた。


バレットの体内から流し込まれた濃密な魔力が、エリスの脈管を通って背中の傷口へと一気に流れ込んでいく。

エリスの皮膚に浮き出ていた紫色の不気味な脈動紋様が、侵入してきたバレットの魔力に反応し、まるで生き物のように激しく蠢き、抵抗を始めた。


しかし、バレットの顔には焦りも動揺もない。


「抵抗しても無駄だよ。君の呪いは『命を食らう』という非常に単純な術式で組み立てられている。ならば……その術式の構成そのものを、私の魔力で内側から書き換えてしまえばいい」


バレットは指先を微細に動かし、術式の回路を解析しながら、極限まで精密な魔力の針をエリスの体内へと滑り込ませていく。


バレットが送り込む魔力は、ただ呪いを押し潰すのではない。

エリスの体内で暴れる毒性の呪詛を優しく包み込み、その悪意ある構造を解体し、まったく別の安全な『魔力回路』へと作り替えていくのだ。


ジジジ……と、肌の表面で紫色の光と瑠璃色の光が激しく拮抗し、微かな火花のような光の粒が空中に散った。


「くっ……ん……っ……!」


エリスの額にじっとりと嫌な汗が浮かび、眉間にしわが寄る。体内で二つの巨大な魔力が交錯する感覚に、意識を失いながらも吐息が荒くなる。

だが、バレットの施術が進むにつれ、その変化は劇的に表れ始めた。


エリスの背中を覆っていた不快でドス黒い紫色の紋様が、バレットの魔力に上書きされるに従い、徐々にその色を失っていく。

紫の光は、やがて透き通るような白銀と瑠璃色の輝きへと変化し、エリスの肌の表面で美しく、そして幻想的に光り輝いた。


キラキラと光る光彩が、エリスの背中から全身へと波紋のように広がっていく。


光が弾けるたびに、エリスの体内を苛んでいた冷たい悪寒と痛みが急速に引き引いていく。

バレットは休むことなく、さらにもう一押し、純度の高い穏やかな回復魔力をエリスの体内深くへと流し込んだ。


——輝きが極限まで達した次の瞬間。


ふっと、エリスの背中に浮かび上がっていた光の紋様が粒子となって弾け、空気中へと溶けて消え去った。


あれほどエリスの生命力を蝕み、老治癒師すら匙を投げた凶悪な呪いが、跡形もなく完全に消滅した瞬間だった。


「……ふぅ。これで呪いの核は綺麗に解体された」


バレットは静かに息を吐き、エリスの背中から手を離した。


施術が終わると同時に、エリスの荒かった呼吸は驚くほど劇的に落ち着き、静かで規則正しい寝息へと変わった。

病的なまでに蒼白だった頬には、ぽっと温かな赤みが差し、苦しげに寄せられていた眉間のしわも嘘のように解け去っている。


まるで、悪夢から覚めて深い安らぎの眠りについたかのような、穏やかな寝顔だった。


バレットは服の乱れを軽く整えてあげると、サイドテーブルに置かれた手拭いで己の汗を拭い、部屋の扉へ向けて歩き出した。


ガチャリと扉を開けると、そこには祈るような心地で壁にもたれかかっていたバッシュとゼットが、弾かれたように飛びついてきた。


「バレットさん……! エリスは!? エリスはどうなったんだ!?」


バッシュが血走った目で叫ぶように問いかける。

バレットは口元に穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いてみせた。


「安心しなさい。命を蝕んでいた呪いは完全に解きましたよ。もう危険な状態からは脱しました」


「本当か……っ!? 助かった……! 本当に助かった……っ!!」


バッシュはその場に崩れ落ちそうになりながら、溢れ出る涙を拭おうともせず、何度も何度も深く頭を下げた。ゼットも安堵のあまり大きく息を吐き、壁に背中を預けて天を仰いだ。


「中に入って、彼女の落ち着いた顔を見てやるといい」


バレットは扉を広く開け、二人を室内へと促した。

ベッドへと駆け寄ったバッシュは、エリスの頬に健康的な赤みが戻り、穏やかに眠っている姿を見て、震える手でエリスの手を握りしめた。


「よかった……本当によかった、エリス……っ」


そんなバッシュの姿を静かに見守りながら、バレットは落ち着いた声で静かに言葉を付け加えた。


「ただし、呪いは消し去りましたが、これまで激しく生命力を消耗していたことには変わりありません。身体の深部にある疲労が完全に抜けるまでには、まだ数日ほどかかるでしょう。決して無理はさせないように、しばらくはこの街で静養させてあげなさい」


「はい……! はい、分かりました! 本当に、ありがとうございました……!」


バッシュは涙ながらに何度も感謝を伝えた。

こうして、バレットの手によってエリスを死の淵から引き戻した緊迫の解呪は無事に終わりを告げたのだった——。

できる限り毎日投稿を続けていきたいと思っています!


お目通しいただけたのも何かのご縁ですので、これから毎日読みに来ていただけたらとても嬉しいです。


次回の更新もぜひ楽しみに待っていてくださいね!


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