第32話:拒絶の診察と、希望の兆し
「着いたぞ……! ここが『ヴェノリア』だ!!」
レオンが駆る疾風霊馬の爆発的な脚力によって、バッシュたちは半日もかからずに霧深い街ヴェノリアへと滑り込んでいた。
「助かった、レオン! 行こう、ゼット!」
「おう!」
バッシュは背中のエリスを優しく抱え直すと、石畳を蹴って街の中央にそびえる大きな治療院の扉を叩き割らんばかりの勢いで押し開けた。
「頼む、誰か来てくれ! ここが治療院か!? 助けてほしい人がいるんだっ!!」
「な、なんだ!? 騒々しいぞ!」
奥から現れた若い治療師たちが、バッシュの着ている血塗られた服と、背中で瀕死になっているエリスの姿を見て息を呑む。
「おい、館長をお呼びしろ! ただ事じゃない!」
奥の重厚な扉が開き、この治療院のトップである白髪の老館長がゆっくりと姿を現した。老館長は一目でバッシュたちの只ならぬ気配を察し、すぐにエリスを診察台へ横たえさせた。
「……どれ、見せてみなさい」
老館長はエリスの背中に手を当て、集中するように目を閉じる。
だが、次の瞬間——老館長の手がビクッと跳ね上がり、苦々しい表情で手を引き抜いた。
「……受け入れた力(魔力)を根こそぎ喰らい、命を衰弱させる悪質な呪い。解毒薬も効かず、通常の聖なる回復術では完全に拒絶される……。くっ、この状態では、ウチの治療法ではどうにもならん」
「そんな……! 頼むよ先生、なんとかしてくれ! この子は俺を庇って……っ!」
バッシュがすがるように叫ぶ。ゼットも拳を強く握りしめ、前へ踏み出した。
「先生! この近くに『聖魔術師』と呼ばれる人物がいると聞いてきたんだ! その者なら、どんな呪いでも治療できるって……! どこにいるんだ、教えてくれっ!」
「……!」
『聖魔術師』という言葉が出た瞬間、老館長をはじめ、周りの若手治療師たちの顔色がサッと変わった。重苦しい沈黙が室内に満ちる。
「……あまり、表立ってお勧めできるようなお方ではないのだがな」
老館長は小さく息を吐くと、周囲の若い治療師たちを下がらせ、バッシュたちに声をひそめて告げた。
「……このことは他言無用ですよ。ウチのような正統な治療院が、あのお方の存在を頼っていると知られれば立場がないのでね。……こちらへ付いて来なさい」
老館長は治療院の奥にある隠し扉を開け、地下へと続く薄暗い階段を下りていった。
ひんやりとした湿った空気が漂う地下の回廊。その突き当たりにある頑丈な扉を開けると、そこには数人の患者が静かに横たわる別の病棟が存在していた。
「……この者たちをごらん」
横たわる患者たちの肌には、かつて刻まれていた不気味な呪いの痕跡が残っていたが、不快な脈動はすでに消え去り、穏やかな顔つきで気持ちよさそうに眠っていた。顔色も良く、着実に回復に向かっているのは一目瞭然だった。
「彼らもまた、各地で解けぬ呪いを受け、持ち込まれた者たちだ。……あの『聖魔術師』の手によって治療を受け、順調に良くなっておるよ。近いうちに元通り元気になるはずだ」
「本当か……! じゃあ、エリスも助かるんだな!?」
パッと顔を輝かせるバッシュに、老館長は慎重な面持ちで言葉を続けた。
「ああ。ただ、正統な医術ではないゆえ、街では『邪法を使っている』だの『怪しい実験をしている』だの、悪い噂ばかりが先走っておってな。私から無理に勧めるわけにはいかんのだ。だが……実際には、患者に悪意ある危害を加えられたという話は一度も聞いたことがない」
老館長はバッシュの目をまっすぐに見つめた。
「悪い噂に怯えず、そのお方を信じることができるかね?」
「……もちろんお願いするよ!」
バッシュの瞳には、もう迷いは一切なかった。
「どんな噂があろうと関係ない! エリスの命を救って、良くしてくれるなら俺はその人を信じる!」
バッシュの強い決意を確かめた老館長は、静かに深く頷いた。
「……よろしい。そのお方は『バレット』とおっしゃる。今からバレット殿をお呼びしてくるので、ここでエリス殿の側に付き添ってお待ちになりなさい」
そう告げると、老館長は静かに病棟を後にした。
エリスが助かる確かな希望が見えたことで、バッシュは胸を撫で下ろし、エリスの冷たい手を優しく握りしめてバレットの到着を待つのだった——。
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