第30話:侵食する呪いと、残された希望
『黒の絶壁』を脱出したバッシュとゼットは、ボロボロになりながらも意識を失ったエリスを抱え、迷宮都市ガルードで最も腕が良いと評判の『大聖堂・治療院』へと駆け込んでいた。
白を基調とした静かな治療室。
ベッドの上に横たわるエリスの顔色は、病的なまでに蒼白になり、額からは嫌な汗が次々と噴き出していた。
背中の傷口はふさがっているものの、その周囲の肌には不気味な紫色の脈動するような『紋様』が浮き出ている。
「治癒師さん……! エリスは……エリスは助かるのか!?」
血塗られた大剣を握りしめたまま、バッシュがすがるように老治癒師へ問いかける。
解毒ポーションや通常の回復魔法を何度も施したはずだった。しかし、エリスの体温は下がり続け、呼吸は日に日に弱くなっている。
診察を終えた老治癒師は、重い溜息をつきながら静かに首を横に振った。
「……厳しいと言わざるを得んな。バッシュ殿」
「そんな……! 解毒ポーションは飲ませたんだぞ!? 毒は消えたんじゃないのか!?」
ゼットも身を乗り出し、悲痛な声をあげる。
老治癒師はエリスの背中に浮き出た紫の紋様を指差し、苦々しい表情で告げた。
「あの男が使った短剣……ただの毒ではない。毒と一緒に、相手の『生命力(魔力)』を根こそぎ奪い去り、徐々に衰弱させて死に至らしめる凶悪な【呪い】が組み込まれておる」
「呪い……!?」
「ああ。毒そのものは解毒薬で抑え込めておるが、この呪いばかりは通常の回復魔法や解毒術ではどうにもならん。呪いがエリス殿の生命力を削り続けておるのだ……。このままでは、あと数日と持たずに命が尽きてしまうだろう」
「そんな……! なんとかする方法はないのか!? どんな薬でも、どんな危険な場所でも俺が行って取ってくるから……っ!!」
バッシュが老治癒師の肩を掴み、涙を流しながら叫ぶ。
自分のせいで大切な幼馴染が死にかけているという事実が、バッシュの心を激しく苛んでいた。
老治癒師はしばらく沈黙していたが、バッシュたちの必死な眼差しに押され、意を決したように静かに口を開いた。
「……ここから進んだ先にある、古びた館が立ち並ぶ街『ヴェノリア』……そこに、一人の異色な人物が暮らしておる」
「ヴェノリア……?」
「その者は『聖魔術師』と呼ばれており、聖なる力と魔の力の双方に精通した奇妙な術を使うという。噂では、他の治癒師では決して治せない特殊な呪いや烙印を治療する独自の秘術を持っていると聞く」
老治癒師は言葉を区切り、真剣な眼差しでバッシュたちを見つめた。
「もちろん、私も噂でしか知らん。まともな治療法ではないかもしれんし、その聖魔術師が本当にエリス殿を救ってくれる保証もない。……もっと確実な大聖堂の本院へ向かう手もあるが、ここからでは遠すぎてエリス殿の命が持たん」
「……」
「もし……わずかでもエリス殿が助かる可能性があるとすれば、その『聖魔術師』のもとへ向かう以外に道はないだろう」
老治癒師の言葉を聞き、バッシュは迷うことなく深く頷いた。
「行くよ……! たとえどんな場所だろうと、どんな治療だろうと関係ない! エリスを救える可能性があるなら、俺はそこへ行く!!」
「おう! 俺も一緒に行くぜ! エリスを絶対に死なせやしない!!」
ゼットも力強く拳を握りしめた。
ベッドの上で苦しそうに浅い息を繰り返すエリス。
バッシュはその小さな手を優しく、そして固く握りしめた。
「待っててくれ、エリス……。絶対に、俺が助けてみせるから——」
残されたわずかな希望を胸に、バッシュたちは『聖魔術師』が待つ街ヴェノリアへ向けて、一刻を争う旅路へと足を踏み出すのだった——。
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