第29話:託された命と、断ち切られた偽り
「アハハハハ! 泣け泣け! 無力なお前を庇って、ヒーラーが死んでいく気分はどうだぁ!?」
大空洞に響き渡るエドの高笑い。血塗られた短剣を指先で弄びながら、奴は心底愉しそうに肩を揺らしていた。
その醜悪な高笑いを耳にしながら、バッシュは腕の中でぐったりと息を弱らせていくエリスの身体を、折れんばかりに強く抱きしめていた。
エリスの背中からは今も溢れ出る鮮血が止まらず、バッシュの胸元を真っ赤に染め上げていく。
幼い頃からずっと一緒に笑い合い、共に旅をしてきた大切な幼馴染の温もりが、手のひらから急速に失われていく感覚。
「……ゼット……っ!」
バッシュは血走った絶望の瞳で振り向くと、慎重にエリスの体をゼットの腕へと託した。
「エリスを頼む……! 毒の解毒薬か、何か手持ちの治療薬があれば飲ませてやってくれ……っ! 俺が……俺がエドを倒す……っ!!」
「バッシュ……!」
ゼットは急いでエリスを抱きかかえ、自身の腰に下げていたポーチから即効性の解毒ポーションを取り出すと、必死にエリスの血に濡れた口元へ含ませた。
「おいエリス! しっかりしろ、目を開けろ!……くそっ、毒の回りが早すぎる! 応急処置じゃ気休めにもならねぇ……! バッシュ、早くあの野郎を片付けてくれ! エリスの命が……持たねぇっ!」
「ああ……分かってる……分かってるよ……っ!!」
バッシュがゆっくりと立ち上がる。
グラリと揺れたその足元から、地響きのような唸り声が響き渡る。
バッシュの全身から、そして握りしめた大剣の刃から、これまで見せたこともないような禍々しくも圧倒的な聖光と魔力が爆発的に噴き出した。
大空洞の空気が激しく振動し、周囲の壁に無数の亀裂が走っていく。
「……エド。お前だけは……絶対に許さない」
その瞳には、かつて見せていた優しさや迷いは一切残っていなかった。ただ純粋な、激怒と絶望の炎がメラメラと燃え盛っていた。
「ハッ! 怒りに任せて身の程を忘れたか、バッシュ! 仲間を庇って勝手に倒れた甘ちゃんを思って青すじ立てたところで、工作員の俺に勝てるわけ——」
エドが嘲笑を浮かべ、言葉を言い切るより早く。
——ドカァァァァンッッ!!!!
バッシュの姿が、大空洞から消えた。
踏み込まれた石畳が爆破されたかのように豪快に粉砕され、衝撃波が駆け抜ける。
次の瞬間、エドの目と鼻の先に、血走った眼光を光らせたバッシュの鬼気迫る顔面が肉薄していた。
「なっ……速っ——!?」
「おおおぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
バッシュの咆哮が大空洞を叩き割る。
振り下ろされた大剣の凄まじい風圧だけで、周囲の岩肌がズタズタに削り飛んでいく。
「くっ……!? このガキ、急にこんな力を……っ!?」
あまりの速度と質量に、エドの余裕の表情が一瞬で崩れ去った。
冷や汗を吹き出させながら、エドは懐から暗器の毒針や爆導縄を一斉に放ち、空間を埋め尽くすように展開して牽制を試みる。
「死ねやぁぁっ!!」
だが——覚醒したバッシュの圧倒的な怒りの前には、そんな小細工など一切通用しなかった。
バッシュは大剣を一閃させ、空間ごと毒針の嵐を豪快に吹き飛ばすと、そのまま刃の残像を残してエドの懐へ踏み込んだ。
ズギャァァァァンッ!!
「ギャァァァァァァッッ!? 俺の腕が……右腕がぁぁぁっ!!」
一瞬の閃光。エドが短剣を構えていた右腕が、肩口から豪快に切り落とされた。
鮮血を撒き散らしながら、激痛に顔を激しく歪めて転がるエド。
だが、バッシュの足取りは止まらない。
切っ先からボタボタと血を滴らせながら、血の海に倒れるエドのもとへ静かに歩み寄る。
「お前と過ごした日々も……あの温かい言葉も……全部、全部嘘だったんだなっ……!!」
バッシュの声には、激怒と、そして裏切られた身を割るような悲しみが混ざり合っていた。
「ひ……ひぃっ……ま、待てバッシュ! 悪かった! 俺も魔王軍から命じられてやっただけで……! 頼む、助けてくれ! 仲間だろ、俺たち……っ!」
腕を失い、死の恐怖に怯えて地面を這いずるエド。
かつて信頼し、背中を任せられる温かい仲間だと信じ切っていた男の惨めな命乞い。
バッシュは溢れ出る涙を拭いもせず、大剣を両手で固く握り直すと、エドの胸元へ向けて一気に振り下ろした。
ドスッ……!!!!
「ガハッ……っ!?」
重厚な刃がエドの胸を深々と貫く。
エドの口から大量の鮮血が噴き出し、バッシュの全身を赤く濡らした。
「ハ……ハハ……見事だ……勇者、様……」
最期に吐血しながら自嘲気味な笑みを残し、エドの瞳から光が消え、完全に息絶えた。
静まり返る大空洞。
引き抜かれた大剣を握りしめたまま、血塗られたエドの遺体を見下ろすバッシュの手が、激しく震えていた。
「ハァ……ハァ……っ。……う……あぁぁぁぁぁぁっ……っ!!」
仲間だと信じていた者を自分の手で殺してしまった残酷な現実。
激怒の代償として胸に重くのしかかる罪悪感と、エリスを失ってしまうかもしれない恐怖。
様々な感情が混ざり合い、バッシュは血の海の中で膝をつき、子供のように激しく涙を流して叫ぶのだった——。
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