第14話:去りゆく背中と、残された道
夜が明け、砦の隙間から朝日が差し込み始めた頃。
バッシュは重い瞼を開け、過酷な訓練で痛む身体を叩き起こした。
「ふぅ……よし、今日も訓練を開始するぞ、ゼット——」
声をかけようとしたバッシュの目が、ふと部屋の隅へと向かった。
いつもそこに身を縮めて座っていたはずの少女——クルルの姿がない。
「……クルル?」
返事はない。ただ、彼女が敷いていた毛布が綺麗に整えられているだけだった。
「どうしたバッシュ、朝から騒々しい……」
あくびを噛み殺しながら起きてきたゼットと、回復魔法の準備をしていたエリスも異変に気づく。
「クルルちゃん……? どこかへ行ったの……?」
「おいおい、周りを探してみたが、どこにもいねえぞ」
外の見張りから戻ってきたエドが、困惑したように眉を下げて首を横に振った。荷物も、彼女の愛用していた杖も消えている。置手紙の一枚すら、そこには残されていなかった。
「そんな……何も言わずにいなくなっちゃうなんて……! クルルちゃん……っ!」
エリスが悲しそうに胸を押さえる。
ゼットは苦々しく眉間にシワを寄せ、拳を強く握りしめた。
「ちっ……あいつにとって、このパーティーは居心地が悪かったのか……? クロードがいなくなって、一人で耐え切れなくなったのかもな……」
バッシュは静かに目を閉じ、胸の息を深く吐き出した。
クルルは元々、人付き合いが苦手で、一人で静かに魔法の練習をしていた陰のある少女だった。そんな彼女を優しく受け入れ、話を聞いてくれていたのがクロードだったのだ。
クロードという存在を失い、自分の殻に閉じこもってしまった彼女の苦しみや悲しみを、自分たちは十分に救ってやれなかったのではないか——。
「……探さなくていいのか、バッシュ?」
エドが心配そうに、静かな声で尋ねた。
バッシュは静かに首を横に振る。
「……いや。追うのはやめよう」
「バッシュ……!?」
驚くエリスに向かって、バッシュはまっすぐな瞳を向けた。
「クルルは……自分の意思でここを出て行ったんだ。何の書き書きも残さなかったのは、俺たちに追ってほしくなかったからだと思う」
バッシュは腰に差したクロードの小さな鞘にそっと手を触れた。
「俺たちが無理に連れ戻しても、クルルの本当の傷は癒えない。……クルルにはクルルの、悲しみの乗り越え方があるんだと思う」
「……そうだな。あいつだって、腕の立つ凄腕の魔術師だ。一人でも生きていけるさ」
ゼットが低く呟き、腕を組んだ。
「俺たちにできるのは……立ち止まらないことだ。クロードが俺たちを生かしてくれた理由を、クルルがここを出て行った意味を無駄にしないために、俺たちは前へ進むしかない」
「……うん。そうだね、バッシュ、ゼットさん……!」
エリスが涙を拭い、力強く頷く。
「よし……それじゃあ俺も、しっかりサポート頼むぜ、みんな」
エドも少し寂しげに、けれど優しく微笑みながら頷いた。
去っていったクルルの選択を受け止め、四人は悲しみを胸の奥深くへと仕舞い込み、前を見据えた。
傷つき、ボロボロになりながらも、勇者パーティーは新たな覚醒の時を迎えようとしていた。
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