第13話:残留する鼓動と、静かな別れ
古都アルカディアでの壊滅的な激闘から、数日が経過していた。
バッシュたちはアルカディアの探索を一時中断し、近郊の古い砦の跡地を拠点として体勢を立て直していた。
バッシュとゼットは己の無力さを噛み締め、血を吐くような猛訓練を繰り広げ、エリスは傷ついた仲間たちを支えるため、回復魔法の精度を上げようと不眠不休で研鑽を重ねていた。
そんな中、クルルの様子だけが明らかに異質だった。
彼女は一切の言葉を発しなくなっていた。
食事も喉を通さず、ただぼんやりと胸元のネックレスに触れながら、時折ふらりと姿を消しては、あの爆発の起きたアルカディアの広場へと足を運んでいたのだった。
「クルル……大丈夫か? 無理に散歩なんて行かなくてもいいんだぞ」
バッシュが心配そうに声をかけても、クルルは小さく首を横に振るだけだった。
◇
その日の午後。
クルルは一人、崩壊したアルカディアの広場の中心に立っていた。
そこは、クロードが自爆して消え去ったとされる爆心地だ。巨石が粉々に砕け、黒く焦げた土が露出している。
クルルは静かに瞳を閉じ、手に持った小さな杖を地面へと突き立てた。
(……違う。こんなのは、嘘だ……)
彼女の持つ、常人離れした知覚能力と魔法の才能。
その超絶的な感性が、周囲に残留する『何か』を捉え始めていた。
もし、クロードがここで自爆し、命を落としたのだとすれば——そこには命が散った痕跡である『死の魔力残滓』が漂っているはずだった。
だが、どれだけ探しても、そこに「死」の気配は存在しなかった。
代わりに、クルルの感覚を打ったのは——。
(……これは……?)
爆心地の空間の歪みに、ほんの僅かに遺された、あまりにも巨大で、あまりにも澄み切った『魂の波動』。
それは、10歳の少年のものなどでは到底あり得ない。
世界そのものを塗り替えてしまうほどの、絶大で、圧倒的な「生の質量」。
そして、その波動の根底には——クルルの胸元にあるサファイアのネックレスを買い、自分に優しく触れてくれた、あの懐かしいクロードの魔法の波長が、確実に混ざり合っていた。
ドクンッ……!
クルルの胸が、激しく跳ね上がった。
(生きている……!? クロードくんは……死んでなんていない……!!)
鳥肌が全身を駆け巡る。
なぜ姿を消したのか。なぜ死んだように見せかけたのか。あの圧倒的な波動は何なのか。
そんな理由など、今のクルルにはどうでもよかった。
確かなのは、彼がこの世界のどこかで、確実に息づいているということだけだ。
(クロードくん……。私を置いて……どこへ行ったの……?)
クルルはそっと涙を拭うと、その残留したかすかな魔力の指向性を手繰り寄せた。
波動は、ここからさらに北——魔王軍の過激派が蠢く、暗黒の深淵へと向かって微かに伸びていた。
(待っていて……クロードくん)
クルルの瞳から、迷いと絶望が消え去った。
そこに宿ったのは、冷ややかで、狂おしいまでの執念と愛執。
(私……あなたを追いかける。どんなに遠くへ行こうと……たとえ地獄の果てだろうと、絶対にあなたを見つけ出してみせる……!)
◇
その夜。
砦の拠点は深い静寂に包まれていた。
見張り番のエドが少し離れた場所で目を光らせ、バッシュとゼット、エリスは過酷な訓練の疲れから深い眠りについていた。
クルルは静かに立ち上がると、愛用の旅装を纏い、小さな杖を手に取った。
荷物は最小限。バッシュたちへ送る置手紙すら、残すつもりはなかった。
言葉で説明したところで、バッシュたちには理解できないだろう。
彼らにとってクロードは「自分たちを守って死んだ英雄」であり、その悲しみを糧に勇者として育っていく道を選んだのだから。
けれど、自分は違う。
自分の世界は、あの日、あの少年に出会った瞬間からクロードただ一人なのだ。
クルルは眠るバッシュたちの背中に一度だけ冷ややかな視線を送ると、誰にも気づかれることなく、影のように滑らかな動作で砦を後にした。
夜風がクルルの髪を揺らす。
胸元の『星詠みの護符』が、月光を受けて妖しく青い光を放っていた。
「……待っていてね、クロードくん」
少女は暗闇の中へ、ただ一人、愛する者の残滓を辿って歩み出した。
勇者パーティーから、圧倒的な火力を誇る魔術師・クルルが離脱した。
悲しみを抱えたバッシュたちの旅と、クロードの影を追うクルルの孤独な執着。
物語は新たな局面へと向かって、静かに動き出すのだった。
できる限り毎日投稿を続けていきたいと思っています!
お目通しいただけたのも何かのご縁ですので、これから毎日読みに来ていただけたらとても嬉しいです。
次回の更新もぜひ楽しみに待っていてくださいね!




