第12話:遺された鞘と、勇者の誓い
アルカディアの崩壊した広場に、絶望的な静寂が落ちていた。
煙と焦土の匂いが漂う瓦礫の中で、バッシュは膝をつき、クロードの遺品となった小さな小剣の鞘を両手で強く抱きしめていた。
ぽたぽたと、涙が鞘の上にこぼれ落ちては乾いた土に吸い込まれていく。
「くそっ……! くそくそっ……!! 俺が……俺がもっと強ければ……っ!!」
バッシュの絞り出すような叫びが、虚しく廃墟にこだまする。
自分は「勇者」として認定され、世界を救うと意気込んで村を出たはずだった。なのに、最初の大きな戦いで敵の強大さに圧倒され、無力に倒れ伏し——結果として、自分たちよりも小さな、たった10歳の仲間であったクロードに命を救われる形になってしまった。
「バッシュ……」
エリスが涙を溢れさせながら、バッシュの背中にそっと手を置く。
普段は威勢の良いゼットも、苦痛と激しい悔しさに顔を歪め、二本の大剣の柄を拳が白くなるほど強く握りしめていた。
「ちくしょうが……! ガキに庇われて生き残るなんて……何が『凄腕の剣士』だ……! 俺は……俺は何をやっていたんだ……!!」
ゼットが壁の瓦礫を殴りつける。手に血が滲むが、そんな痛みなぞ胸の激痛に比べれば何でもなかった。
壁の陰で静かに佇んでいたエドもまた、深く帽子を被り直し、低く呟いた。
「……あいつは……」
それ以上、エドは何も語らなかった。
ただ視線を落とし、静かに拳を握りしめている。その表情は帽子の影に隠れ、伺い知ることはできなかった。
だが、その誰よりも深く、世界の底へと落ちていたのはクルルだった。
彼女は泣いていなかった。
叫ぶことも、取り乱すこともなく、ただ呆然と胸元の『星詠みの護符ネックレス』をぎゅっと握りしめて立ち尽くしていた。
蒼瑠璃色の宝石が、冷たく静かに彼女の指先を冷やす。
(死んだ……? クロードくんが……?)
頭ではバッシュたちの言っていることが理解できる。目の前にある膨大な爆破の痕跡も見えている。
けれど、心がそれを拒絶していた。
昨日まで、自分の隣で優しくスープを差し出してくれた。
人混みの中で守るように前に立ってくれた。
誰も気づいてくれなかった自分の努力に気づき、「似合う」と言ってこのネックレスをつけてくれた。
冷え切っていたクルルの世界に光をくれた少年は、もうこの世界のどこにもいない。
(私……っ。何にも言えなかった……。ありがとうも……あの時どれだけ嬉しかったかも……っ)
胸の奥が引き裂かれるような激痛。
息がうまく吸えない。心が真っ黒な絶望に塗りつぶされていく中で、クルルは生まれて初めて、自分の中に芽生えていた感情の正体を悟った。
(……私、あの人のことが……大好きだったんだ……)
遅すぎた自覚。
言葉にできなかった恋心は、届くはずもない哀しき遺品となって、彼女の胸を強く突き刺していた。
「……みんな」
バッシュがゆっくりと立ち上がった。
その顔は涙と泥で汚れていたが、青い瞳には暗く激しい炎が宿っていた。
「俺は……絶対に逃げない。クロードが命を懸けて守ってくれたこの命だ……! 俺たちがここで立ち止まったら、クロードの犠牲が無駄になっちまう……!」
バッシュはクロードの鞘を自分の腰帯へと固く結びつけた。
「俺はもっと強くなる! どんな強敵が現れようと、二度と仲間を死なせない! クロードが見たかった『魔王軍の脅威がない平和な世界』を、俺たちの手で絶対に引き寄せてみせる!!」
「……ああ。望むところだ、リーダー」
ゼットが血の滲む拳を握り直し、深々と頷く。
エリスも、拭っても溢れ出る涙を拭い、力強く頷いた。
仲間たちが絆を確かめ合い、悲しみを越えて立ち上がろうとするその輪の中で。
クルルだけは一人、静かに俯いたまま、二度と戻らない少年の面影を求めて、虚空を見つめ続けていた。
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