第11話:最後の微笑みと、漆黒の解放
すり鉢状の広場は、静寂に包まれていた。
「ハハハ! 呆気ないものだな! これが神に選ばれし勇者とその仲間たちか!」
巨漢の魔族が、倒れ伏すバッシュたちを見下ろして高らかに嘲笑う。
「さあ、息の根を止めて……ん?」
魔族の動きが、ピタリと止まった。
倒れ伏すバッシュたちの中心で、たった一人。
10歳ほどの黒髪の少年——クロードだけが、静かに立ち上がっていたからだ。
泥に塗れることもなく、恐怖に震えることもなく。
その小さな少年は、どこまでも澄んだ、静かな瞳で魔族たちを見つめていた。
「おいおい……なんだそのガキは? 恐怖で頭がおかしくなったか?」
魔族たちが嘲笑いながら武器を向けようとした、その瞬間。
——ピシッ。
空間に、亀裂が入るような音が響いた。
「……な……に?」
巨漢の魔族の頬から、一筋の冷や汗が垂れ落ちた。
全身の毛穴という毛穴が激しく警鐘を鳴らす。目の前にいるのは、ただの小さな人間の子供のはずだ。なのに——まるで『世界の質量そのもの』がその少年の頭上に凝縮され、自分たちを押し潰そうとしているかのような、あり得ない圧力を感じ始めたのだ。
クロードは、倒れているバッシュたちへと視線を向けた。
血を流しながらも、最後まで仲間を庇おうと剣を握りしめていたバッシュ。
己の身を削ってでも泥臭く盾となろうとしたゼット。
逃げ出さずに罠と戦ったエド。
命がけで回復を飛ばし続けたエリス。
そして……胸元の『星詠みの護符ネックレス』を握りしめたまま、クロードを守ろうと前に立ち塞がって倒れたクルル。
彼らは決して諦めなかった。最後の瞬間まで、互いを信じて戦い抜こうとした。
(……良い顔をするようになったな、バッシュ)
セレスティアの村を出たばかりの頼りなかった頃に比べれば、間違いなくたくましくなっている。
(……だが、さすがに今のこいつらに、このレベルの敵(武闘派の精鋭)とぶつからせるのは……まだ厳しかったか)
クロードは静かに目を伏せ、胸の中で冷静に思考を巡らせた。
バッシュたちの成長は本物だ。だが、魔王軍の過激な「武闘派」が本格的に動き出している以上、表の勇者パーティーとして旅をする彼らには、これからさらに苛烈で理不尽な脅威が襲いかかってくる。
(これ以上の脅威を正面から受けさせないために……俺が陰に回り、表に出てくる武闘派の芽を裏から摘み取っておく必要がある。……そろそろ、潮時だな)
自分が「ただの少年仲間」として隣に居続ける時期は終わった。
一度表舞台から消え、魔王軍の裏へ潜入して武闘派を抑え込み、穏健派との道を作ることこそが、今のバッシュたちを守り、彼らを本当の勇者へと導く術なのだと確信した。
(……みんな。ここからはお前たちの物語だ。……俺は裏から、お前たちの道を作る)
クロードがゆっくりと目を開けた。
その瞬間——。
「——ガ……ッ!?」
魔族たちが絶叫すら上げる間もなく、地面へ膝をついた。
クロードの身から溢れ出したのは、かつて絶望の『魔境アビスガード』で十数年にも及ぶ死線を超えて手に入れた——「圧倒的な魂の質量」。
少年の姿の偽装が歪み、空間そのものがメリメリと悲鳴を上げる。
「な……なんだこの存在感は……っ!? お前は……お前は一体……!!」
巨漢の魔族が恐怖で顔を極限まで歪め、ガタガタと震えながら叫ぶ。
「……消えろ」
クロードが静かに右手を一振りした。
ただそれだけの動作で。
広場を埋め尽くしていた魔族の精鋭たちも、高位の魔獣たちも、まるで巨大な透明の足で踏み潰されたかのように、一瞬で莫大な魔力の奔流によって蒸発し、灰燼すら残さず消滅した。
圧倒的なまでの絶対者。
クロードは静まり返った広場を見回すと、倒れているバッシュたちの元へ歩み寄った。
そして、彼らに危害が及ばない絶妙な距離の瓦礫へと向かい、己の魔力を意図的に暴走させた。
——ドカァァァァァァァンッ!!!!
天地を揺るがすほどの凄まじい爆発が、古都アルカディアの一角を包み込んだ。
崩れ落ちる巨大な瓦礫と、天を突く爆炎の光。
その煙の向こう側へと、クロードは静かに足を踏み出した。
少年としての姿を捨て、本来の漆黒のコートを纏った青年の姿へと戻りながら。
一度だけ振り返り、瓦礫の中で間もなく意識を取り戻そうとしている仲間たちへ、声なき言葉を贈る。
(……強くなれよ、バッシュ。……また会おう)
漆黒の影は、爆炎と煙の彼方へと静かに消えていった。
◇
「……う……う……っ」
爆発の衝撃と地響きにより、バッシュはゆっくりと意識を取り戻した。
「がはっ……! みんな……無事か……!?」
バッシュは激痛に耐えながら身体を起こした。
見渡せば、ゼットも、エドも、エリスも、クルルも、奇跡的に命に別状はなく、次々と意識を取り戻し始めていた。
「くそっ……俺たちは……助かったのか……?」
ゼットが茫然と周囲を見渡す。あれほど絶望的だった魔族たちの姿は影も形もなく、ただ広場が跡形もなく吹き飛んでいた。
だが——。
「……あ……れ?」
エリスが引きつった声を上げた。
「クロードくんは……? クロードくんはどこ……!?」
その言葉に、全員の血の気が引いた。
「クロード……!? クロード!!」
バッシュが狂ったように叫びながら、瓦礫の山へと駆け寄る。
そこには、凄まじい爆発によって完全に崩壊した巨石の山と、焼けた土だけが残されていた。
少年の姿をした小さな仲間の姿は、どこにもない。
ただ、爆発の爆心地となった瓦礫の隙間に——彼が腰に差していた、小さな小剣の鞘だけが、寂しく転がっていた。
「嘘だろ……そんな……クロード……っ!!」
バッシュはその場に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
自分たちを守るために、あの小さな少年が……自らを犠牲にして爆発を起こし、魔族たちを道連れにしたのだと、誰しもがそう思い込んだ。
仲間たちのすすり泣く声と絶望が広場を支配するなか。
クルルだけは、呆然と佇んでいた。
(……嘘。……嘘よ……)
胸元の『星詠みの護符ネックレス』をぎゅっと握りしめる。
冷たいサファイアの感触。昨日まで自分のすぐ隣で、優しく微笑んでくれていた小さな少年。
(クロードくんが……死んだ……? 私の……私に『似合う』って言ってくれた……私の世界になってくれたあの人が……?)
涙すら出てこなかった。
胸の奥がぽっかりと果てしない空洞になり、世界からすべての色が失われていく。
言葉にならないほどの強烈な喪失感と絶望のなかで、クルルは初めて思い知ったのだ。
(あ……そうだったんだ……。私……あの人のことが……大好きだったんだ……)
仲間たちがクロードの遺品を抱えて泣き叫ぶなか、クルルは放心状態のまま、ただ静かに立ち尽くしていた。
その胸の中に、決して消えることのない「狂おしいほどの愛執」と、影を追う覚悟を静かに宿しながら——。
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