第9話:アルカディアへの旅立ちと、焚き火の問いかけ
交易都市ロザリアでの装備や備品の整えを終え、バッシュたちはついに宿屋の前に集合していた。
澄み渡る秋空の下、勇者バッシュを中心に、ヒーラーのエリス、武骨な大剣使いのゼット、器用なエド、10歳ほどのミステリアスな少年クロード、そして胸元に蒼瑠璃色のネックレスを光らせた魔術師のクルル——六人となった勇者パーティーが揃い踏みしていた。
「みんな、準備は良いか! 俺たちの次の目的地は、かつての古代文明が眠る廃墟都市——『古都アルカディア』だ!」
バッシュが胸の聖印を握りしめ、力強く声を張り上げる。
「あそこに巣食う危険な魔物たちを退治して、交易路の安全を取り戻す。これが俺たち六人での本格的な最初の依頼だ。厳しい戦いになるかもしれないけれど……この六人なら絶対にやり遂げられる!」
「おうよ! どんなデカい魔物が出てこようが、俺の大剣で真っ二つにしてやるぜ!」
ゼットが豪快に肩を叩き、エドがニヤリと笑ってコインを指先で弾く。
「へいへい、頼もしいねえ。俺もしっかり仕掛けや罠の警戒を担当させてもらうよ」
「バッシュ、私もしっかり怪我の手当てをするからね!」
エリスが元気よく頷き、その隣でクルルは無口なまま、静かにクロードの少し後ろへと寄り添った。
クロードは頼もしい仲間たちの姿を見渡し、小さく温かな笑みを浮かべる。
「よし……それじゃあ、古都アルカディアに向けて——出発だ!!」
バッシュの爽やかな号令とともに、六人は活気あふれるロザリアの街並みを後にし、北の廃墟都市へと続く広大な街道へと足を踏み出した。
◇
ロザリアを出発して数日。
一行は順調に旅路を重ね、アルカディアへと続く山岳地帯の街道沿いで野営の準備を整えていた。
パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな夜の森に響く。
夕食を終えたゼットは黙々と大剣を研ぎ、エリスは疲れて毛布に包まって小さな寝息を立てていた。
焚き火のすぐ脇で、バッシュは腰の剣を握りしめ、揺れる炎をじっと見つめていた。
「どうした、バッシュ。深刻な顔をして」
静かな声とともに、10歳ほどの少年の姿をしたクロードが、温かいお茶の入った木コップを差し出してきた。
「あ……ありがとう、クロード」
バッシュはコップを受け取り、ふぅと息を吹きかけながら苦笑いを浮かべた。
「いやさ……これから行く『アルカディア』には、相当強力な魔物がいるかもしれないだろ? 俺、ちゃんと勇者としてみんなを守れるのかなって、ちょっと考えちゃってさ」
「お前はもう十分強いよ。それに、一人で背負う必要はない」
クロードはバッシュの隣に腰を下ろすと、小さく膝を抱えた。
その瞳には、焚き火の赤い光と、どこか遠くを見つめるような深い寂しさが宿っていた。
「バッシュ……お前は、これから戦う『魔王軍』のことを、どう思っている?」
「え? どうって……」
バッシュは少し驚いたように目を丸くした。
「そりゃ、世界を脅かして、人間を苦しめる恐ろしい敵……だろ? 魔族は全員、暴力で支配しようとしてくる奴らだって、村の教会の司祭様も言っていたし……」
「……本当に、全員か?」
クロードの低い問いかけに、バッシュは言葉を詰まらせた。
「え……?」
「魔族の中にも……人間と同じように、家族を愛し、平穏な暮らしを望み、無益な争いを嫌う奴らがいたらどうする?」
クロードは静かに語り継いだ。
「魔王軍の中には、力を誇示して人間を蹂躙しようとする『武闘派』だけじゃない。人間との共存を模索し、陰でひそかに争いを止めようと動いている『穏健派』と呼ばれる者たちも存在するんだ。……俺たちが倒すべきなのは『魔族』という種族そのものなのか、それとも『暴力を振りかざす悪』なのか」
「……あ」
バッシュはハッとしたように息を呑んだ。
そして、どこか懐かしい既視感に襲われる。
「……そういえば、クロード。お前……昔もそんなこと言ってたな」
「……俺が?」
「ああ。セレスティアの村で一緒に剣の練習をしてた頃、お前、言ってたよ。『目に見える姿や種族だけで敵だと決めつけるな。言葉が通じないのは、通わせようとしていないからかもしれない』って……」
バッシュは頭を掻きながら、まっすぐにクロードを見つめた。
「あの時は正直、よく意味が分からなかったんだ。だって魔物は急に襲ってくるし、魔族は怖い奴らだって思ってたから。……でも、クロードが言いたいこと、今なら少しだけ分かる気がする」
「……そうか」
「もし本当に、戦いを望まない穏健派の魔族がいるなら……俺は、そんな奴らまで斬りたくはない。俺たちが戦うべきなのは、理不尽に誰かを傷つける奴らだけだ。……俺は、ただ殺すだけの勇者にはなりたくないんだ」
バッシュのまっすぐな瞳と言葉を受け止め、クロードの胸の奥に確かな温もりが広がった。
(……ああ。お前はやっぱり、俺が信じた通りの男だ、バッシュ)
自らの故郷『エルムの村』を滅ぼそうとした武闘派と、自分たちを命がけで救ってくれた穏健派の魔族たち。
その両方を知るクロードだからこそ、バッシュにこの『真実』の種を撒いておきたかったのだ。
——だが、そのやり取りを、暗がりの中で静かに聞いている『誰か』がいた。
(へえ……あのガキ、随分と魔王軍の内情に詳しいじゃないか。……一体どこでそんな情報を手に入れたんだ?)
焚き火の光が届かない影の中で、冷ややかな思考が巡る。
その不気味な視線に気づく者は、まだ誰もいなかった。
一方、クロードの隣で静かに膝を抱えて座っていたクルルは、言葉を発しなかった。
ただ、胸元の『星詠みの護符ネックレス』をギュッと握りしめ、クロードの横顔をじっと見つめている。
(クロードくんの言っていることなら……私、全部信じる。クロードくんが守りたいと思うものなら、私も一緒に守る……)
「……さあ、明日はいよいよアルカディアだ。もう寝よう、バッシュ」
「ああ! ありがとうな、クロード。頭がスッキリしたよ!」
焚き火の小さな爆ぜる音とともに、夜は静かに更けていく。
アルカディアへの到着を明日に控え、パーティーの絆とそれぞれの想いが静かに交錯していた。
できる限り毎日投稿を続けていきたいと思っています!
お目通しいただけたのも何かのご縁ですので、これから毎日読みに来ていただけたらとても嬉しいです。
次回の更新もぜひ楽しみに待っていてくださいね!




