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「グッドモーニング、《《先生》》」
いきなり店の扉が勢いよく開き、聞き覚えのあるドスの効いた声がした。
「お、いいもん仕入れた?」
ヤクザ者が革靴を響かせながら、大股で人形に近づく。
呪いの品を売買しているブローカー。絶対堅気じゃないし正直苦手だ、怖いから。
嘗め回すように人形の顔を見つめた後、落胆したような素振りを見せた。
「んだよ、入ってるモンは大した事ねえな」
「ありますよ! 昨日お店に来た女子高生がこの中に!」
「ああん?」
思い切り睨みつけられて、たまらずたじろぐ。物凄い迫力で滅茶苦茶怖い。でも――。
「助けたいんです。先生乗り気じゃないし、なにか方法知りませんか」
足を踏ん張り前に出る。怖いなんて言ってられない、この人もその道のプロだ。協力してもらえれば助けられるかもしれない。
「おいおい話が見えねえよ、まず落ち着けや。バイト君? 鈍感君? そういや、名前聞いてなかったな」
ヤクザ者がフレンドリーな笑顔を向けてきた。逆に怖い。そう言えば僕も名前を聞きそびれていたのを思い出した。
「あ、僕――」
「止めたまえ、人が悪いね。キミも」
喋りかけたところで先生が口を挟んできた。ヤクザ者の眉が一瞬動いたが笑顔は崩さない。ますます怖い。
「固いこと言うなよ、先生」
「そうですよ、それに今話してる最中なんです、邪魔しないでください」
「名前って便利だよねえ。その場になくても『それ』を共有できる。形のないものだって、共通の認識として囲える」
僕の言葉をガン無視して先生が語り始めた。
「先生、聞いてます?」
「鮭、獣、呪い、息吹、恐怖、麩菓子」
そう言ってカウンターの棚から麩菓子を取り出した。
「麩菓子」
釣られて復唱する。
「美味しいよねえ、いる?」
大きくかぶりを振って断る。
先生は袋から一つ取り出して頬張ると、残りを大事そうにまたカウンターの棚に仕舞った。
「名前はね、『それ』に色んな情報を持たせるんだ」
麩菓子を食べ終えた先生が、今度は写真を取り出す。
「例えば、これ」
そこには二匹の犬が写っていた。
愛らしい茶色のロングコートと白色のスムースコートのチワワが写っている。
先生が茶色い方を指差す。
「『犬』の『チワワ』の『マロン』ちゃんは、隣の『メロン』ちゃんとは別の個体だ。と名前があれば、より認識できるし、それを共有できる」
「はあ」
「キミが次に『マロン』って聞いたら、きっと栗じゃなくて『茶色』の『犬』の『チワワ』の方を思い浮かべるだろうね」
「まあ、確かに?」
要領を得ない会話に疑問符を浮かべながら、とりあえず返事する。だから何だって言うのだろう?
「勝手に人のワンちゃんの写真使ってんじゃねえよ」
話を遮られたヤクザ者も苛立っていた、っていうかこの人のペットなんだ。ギャップが怖い。
「いやあ、この子たち可愛いよねえ。いつも癒されててさ、今もつい出しちゃったよ」
「だろ? いやもうホント仕方ねえなあ! 可愛いのが悪いよなあ!」
さっきまで見せていた偽りの笑顔が、本物の笑顔に変わる。
つまりデレデレ、分かりやすすぎるくらいメロメロ。超が付くほどの愛犬家。
きっと多分、この写真も無理やり置いていったものに違いない。
あ、ちょっと可愛いかも。
いつもの先生のペースに流されそうになったが、ヤクザ者が話の腰を折ってくれたおかげで、本来の目的を思い出す。
呪いのビスクドールから女の子たちを助け出す。悠長に先生の話を聞いてる場合じゃない。
「先生、それより彼女たちを」
話を戻そうとした僕を先生が手で制止した。
黙って聞けという訳だ、人の話に割って入って勝手すぎる、自己中にも程がある。
「呪い方は色々。でもまず必要なもの、相手の名前だね。そこに追加で相手の髪の毛や持ち物とか。これは当然、呪いの対象をより確実にするものだ。重要なのは明確に認識すること、名前はその最たるもの」
「認識すれば『《《掴む》》』事だって出来る」
先生がニコリと笑った。一瞬背筋に冷たいものが走る。
「さ、さっきから何の話をしてるんですか、今はそれどころじゃ」
「うんうん、やっぱ分かんないよねえ」
ホントにしょうがないなあ、とでも言いたげに先生は頷きながら人形の傍に屈みこんだ。
「いいかい? よく見ときたまえ」
先生の言葉に圧されてしまい、黙るしかなかった。
ヤクザ者は腕を組んで見物を決め込んでいる。
思わず固唾を飲み込んだ。
先生が人形の耳元で囁く。
「『七海』さん、『葵』さん、『《《出ておいで》》』」




