第12話「理想の声を見つけたら、写経を108枚することになった」
第12話「理想の声を見つけたら、写経を108枚することになった」
マンション内。帰宅途中。
どこかから話し声が聞こえる。
——集中。
足を止め、目を閉じる。
研ぎ澄ませ。私の細胞たち。
話の内容ではない。
この低音トーン。ゆったりとしたリズム。
決して甘めではない。心地良い。
永遠に聴くことが可能。
この声質の周波数。
副交感神経が優位に。
1/fゆらぎボイス。
時折、引き締まったような力強さ。
不規則が完全に調和していた。
——最高だった。
声が聞こえなくなった。
私は足早に帰宅。
インターネット起動。
記憶が鮮明な内に。
似た声質を探しまくる。
見つからない。何かが違う。
誤差±15%。許容範囲外。
代替案は不可。
脳内再生開始。
リラックス効果あり。
・・・良い。最高だった。
至高であり至福。
———ダメだ。
これは「脳内麻薬」が出る。
依存のリスク大。
危険だ。忘れよう。
忘却、忘却、忘却・・・。
・・・もう一度。
あの声・・・聴きたい(涙)
好みのど真ん中の周波数だった。
ラベル名——「低音ボイス癒しの極み」
頭から離れない。
なので。
墨を磨る。
シャッ・・・シャッ・・・シャッ・・・。
観―自―在・・・。
―――写経だ。
精神統一。108枚。
***
別の日。
マンション内。
あの声だ。
瞬間的に足を止める。
なるべく内容は聞かないように配慮。
低音、声質、トーン、速度、周波数。
全神経を集中する。
頼みたい。
『録音させてください』 ・・・ダメだ、怪しすぎる。
否、買いたい。
『ボイスください』 ダメだ。・・・同じだ。
「あれ、麗子さん。何してるんですか?」
振り向く。
夕凪くんがいた。
「話し声の主を捜索中です」
「えー誰だろう」
「この辺りで話していた人、知りませんか?」
「僕はそこで、友達と電話で話してたけど、他に人いたかな?」
「・・・・・・っ!!」
夕凪くんだった。
友達と話す時は声が低くなるんだ。
——まずい。
意識すると脳内麻薬が出る。
なんて危険な周波数で会話しているんだ。
「・・・あの、定価の2倍でどうですか」
「何か買うの?」
「失言でした・・・録音・・・いえ、失礼します」
「うん。 おやすみー」
その日の写経は時間がかかった。
気が付いたら夕凪の名字を書きそうになる。
精神統一・・・精神統一・・・。
筆圧が異常に強い。
文字が震えていた。
ぎゃーてい・・・ぎゃーてい・・・




