第4話 残されていた手記
地底湖での絶景キャンプを楽しんだ俺とタイガは、世界中を旅するためにこの廃村を出る決意をした。
どうやらこの土地は小さな島のようで、岩山の向こうは海岸になっており、桟橋があるらしい。
その桟橋にたまに船が停泊して、数人の人が岩山に入っていくとのこと。
タイガ曰く、その人たちは岩山の入り口付近の壁をカンカンと削り、石を袋に詰めて持ち帰っているらしい。
滞在時間はそんなに長くなく、袋の中がいっぱいになったらすぐに船に乗って帰っていくそうだ。
ひとまずの目標は、その人たちに会えるまで岩山の向こうで生き残ること。
しっかり、準備をしていかないとな。
◇
準備の一環で、いつもお世話になっている廃屋を片付けていると――
――作業台の引き出しから、ボロボロの手記を見つけた。
「なぁ、なぁ、レン。それなんだ?」
タイガが作業台にぴょんと飛び乗り、俺の持っている手記を覗き込んできた。
「なんだろうな、見てみるか」
軽くペラペラとページをめくってみると、ここに住んでいた錬金術師の手記だということが分かった。
そして、あるページで手が止まる。
――――
魔物が活性化してきたために、錬金守護獣を造った。
彼が生まれるまでには、少し時間がかかる。
――――
「これ……!」
「錬金守護獣……ボクの、こと……? なぁ、レン! 早く次のページにいってくれよ」
タイガはそう言って俺の手をちょんちょんと突き、急かしてきた。
俺はコクンとうなずくと、次のページをめくった。
――――
しかし、魔物が活性化してきた原因は、この土地のマナの揺らぎにあるだろう。
私たちは、錬金術の核に深く踏み込み過ぎた。
特にゼラードの「賢者の石」の研究は危険だ。あの研究により、空気中のマナに異常が現れていることは明白だ。
このままでは、この島が危ない。
研究を止めてもらえるよう、ゼラードを説得しなくては。
――――
「なるほど、危険な研究をしていたやつがいたのか……」
「あぅ……」
タイガはシュンと落ち込んだ。よしよしと、タイガの頭を撫でる。
『マナ』というのは錬金術の本で学んだ。俺たち生き物の魔力の素となる元素で、空気中の8割を占めているらしい。窒素かよ。
まぁ、それは置いといて、もう少し続きを読んでみよう。
――――
ゼラードは聞いてくれないどころか、研究室に閉じこもって出てこなくなってしまった。
いよいよ、この島も私たちも無事では済まない。
今後、ゼラードのように「賢者の石」に憑りつかれる錬金術師が現れることも避けなくてはならない。
私たちは、賢者の石と共に消滅することを選んだ。
賢者の石を消滅させるためには、我々の命をかけるくらいの魔力を消費するからだ。
気がかりなのは、私たちのために生み出している最中の錬金守護獣だ。
守護獣には無意識に「守る」という強い意志が働く。
彼が戸惑ってしまわないか、不安だ。
――――
「消滅って、マジか……」
それに、守護獣の性質についても触れられていた。
タイガは岩山の中でも、ごく当たり前に俺を魔物から守ってくれていた。
この手記に書かれていることは、多分正しい。
「守護獣は無意識に守るって……そっか、ボク、それでこの村から離れようって思わなかったんだ」
「タイガ、そうだったか……」
そうだよな。タイガは俺にも話しかけてきてくれた。
この愛嬌があれば、岩山の向こうに来る人たちにだって、話しかけることくらいできたはずだ。
それを今までしなかったのは、この村を無意識に守ろうとしていたからなのか。
俺たちは更に続きを読んだ。
――――
星詠みの錬金術師カーラが、希望の星を詠んでくれた。
何もないところに一つポツンとたたずんでいた小さな星の側に、新たに星が生まれたという。
『どこからやってきたのかも分からないそれは、ひとりぼっちの小さな星に、そっと寄り添うだろう』
カーラの言葉だ。
錬金守護獣に寄り添ってくれる存在が現れる予知であると、私は信じたい。
――――
「……これって、俺のことか!?」
星詠みって言ったら、星を使った占い、みたいなもんだよな。
もしかして、女神様は、そのことを知っていて、俺をここに……?
「星? カーラって言ってる人の言葉は、なんか難しいなぁ」
首を傾げるタイガ。比喩表現は、ちょっと難しかったか。
――――
もし、その新たな星が『人』であるのなら、この手記を残していく。
これから先は、今この手記を読んでいる『あなた』に宛てた手紙であると思ってほしい。
まだそこに錬金守護獣はいるだろうか?
一見動物のような姿をしているが、言語能力を有しているため、すぐに分かるはずだ。
もしまだ錬金守護獣がこの島に残っているのであれば、どうか私たちのことは気にせず自由に生きてほしいと、伝えてほしい。
生み出したのはこちらなのに勝手を言うようだが、どうか、どうかお願いだ。
――――
「この人、ボクに、自由に生きてほしいって……!」
タイガの瞳がキラリと光る。
この手記、タイガのためにも見つけられて良かったのかもしれない。
――――
賢者の石を使った錬金道具は壊していくが、それ以外の安全な錬金道具は残していこうと思う。
錬金守護獣を託すお詫びだ、好きに使ってほしい。
使い方は、本棚に残していく本を見てくれ。
錬金道具の作り方を継承するのはやめておこう。ゼラードのような人物が生まれてしまっては、私たちの覚悟が無駄になる。
もしかしたら、今までの私の手記を読んで、錬金術は怖いものだと思ってしまったかもしれない。
だが、安心してほしい。
錬金術の危険な要素は、私たちが残らず連れていく。
私がこの家に残していく錬金術は、楽しいものばかりだ。
錬金守護獣にも、錬金術は楽しいものだと伝わっていることを願う。
――――
「この人、優しい人だな……」
「うん、ボクを造った人は、優しい錬金術師……。ボク、錬金術が楽しいものだって、知ってるよ」
「そうだな」
俺が使っても大丈夫なように、大丈夫なものだけを残していったってことか。
というか、既にもう色々使わせてもらってます……。勝手に使い過ぎて若干罪悪感があったから、ここで許してもらえるのは俺の良心的にも助かる。
錬金道具を色々残していってはくれたけど、もうそれ自体を作ることはできないよってことだ。
ん? そろそろ、この手記も終わりみたいだな。
――――
では、私たちは今から危険な錬金術師と、賢者の石の抹消に取り掛かる。
きっと、私たちの身体は魔力の粒子となってしまい、消滅してしまうだろう。
だが、それでいい。死体は嫌だからな。
お別れだ、名も知らぬ旅人よ。
あなたの進む道に、錬金術の明るい未来と、女神の加護があらんことを。
錬金術師 イヴン・トゥグラーより
――――
「ふぅ……」
静かに手記を閉じる。なんとも言えない熱い気持ちが、胸の奥に込み上げてくるのを感じた。
「レン……。この手記、見つけてくれてありがとう。ボク、自由に生きて、レンと自由に冒険する!」
「おうよ!」
無意識に責任を感じていたタイガの心が、自由に飛び立った。
よし、俺もイヴンから好きにしていいって言われたしな。
俺もまた――自由に飛び立つんだ。
錬金術は、調合、成形、分解の3種類。
次は成形、チャレンジしてみるか。




