第39話 シエラの気持ち
――翌朝。
ハンモックの上で目を覚ますと、タイガが俺の腹の上でスヤスヤと寝ていた。
一応大きな傘を立てて寝たけど、雨は降らなかったようだ。
タイガをそっとハンモックの上に置いて毛布をかけると、俺はブドウをひと房持って、泉の神獣たちに朝の挨拶をしにいった。
「みゃぁ♪」
「おぉ、おはよう。お前らは早起きだなぁ。昨日はありがとな」
皆を起こさないよう、小声で言う。
ブドウをひと粒ずつ泉に投げ入れると、神獣たちが我先にと食べにきていた。
神獣と戯れていると、背後から「レンさん、おはようございます」と話しかけられた。
「あっ、大ばば様。おはようございます」
大ばば様は優しく微笑み、「ちょっとこちらへ」と妖精の聖域の外れへと俺を誘導した。
「シエラたちを起こしてもいけませんので。妖精の聖域は、どうでしたか?」
「昨日、すごかったんですよ。神獣たちが踊り出して、小妖精の光も強くなって――とても最高でした。お金よりも、ずっと価値のある報酬です」
「そう言っていただけて良かったです。シエラの様子はどうでしたか? 良ければ、キルウェンの町で冒険者活動をしていた時の様子も話していただけると助かります」
大ばば様は、シエラのことが心配なのだろうか。
別に隠すことでもないと思ったので、シエラはずっと楽しそうだったという内容の報告を彼女へした。
大ばば様は目を細めながら、時には声を出して笑いながら話を聞いてくれた。
そして、彼女が口を開く。
「シエラは、200年以上生きています」
「はい、聞いています。208歳だそうです」
「シエラは、エルフの中ではまだまだ子どもなのです。早く大人になりたいがために、あのように背伸びをしすぎたような口調になっているのです」
「えっ、あっ、そうなんすね……」
なんであんなおばあちゃんみたいなって思ったけど、まさかの大人への憧れとは……。
「同時にシエラは、森の外の世界に大変興味を持っています。依頼を隣町まで届けたいと言い出したのも、シエラ本人です」
「……どうしてこの森のエルフは、森の外には出ないんですか?」
「もう、千年くらい前の話になりますが、我々は、他種族によるエルフ誘拐から逃げるようにこの森へ来たのです。この森は幻術がかけやすく、初めはエルフの里も、周りから隠すように存在していたのです」
「マジか……」
奴隷どか、そういう類の話だよな、きっと。
「そのため、我々森のエルフは、生涯森と生きると掟を定め、ずっとこの森の中だけで生きてきました。ですが、それも昔の話。シエラが生まれるのと同時期にできたキルウェンの集落を見て、世界は変わったのだと知りました。我々はキルウェンの民と交流を深め、里は、隠れ里ではなくなりました」
錬金術の廃村といい、色んな犠牲の上に、今の平和な世が成り立っているんだと、実感する。
「森の外からのエルフの話を聞いても、エルフはその高い魔道センスから、今はむしろ優遇されていると聞きます」
「あっ、確かに……冒険者の酒場でも、エルフの魔道士は需要が高そうでしたね」
「やはり、そうですか。わたくしは、シエラを冒険者として、外に出してあげたいと常々思っていました。ですが、さすがに一人で旅立たせるのは心配で……。レンさんがこの里に訪れた時は、運命かと思いましたよ」
「えっと、つまり――」
「あなた方は、綺麗な景色の中で野営をする旅をしているのですよね。それは、外の世界を見たいというシエラの目的とも、合致しています。どうか、シエラを――あなた方の旅に同行させてはくれませんか? もちろん、レンさんが良ければ、です」
「そんなの――」
むしろ、こっちからお願いしたいくらいだった。
シエラは、俺とタイガにとって、必要な存在だ。
でも、この森から出られないんじゃあ、誘うに誘えないって、思ってたんだ。
「ふわぁ……レン? なんじゃ、大ばば様もおったのか」
「みんな、おっはよー」
ボサボサ頭の眠そうなシエラが、タイガを抱えて歩いてきた。
「おっ、おはよう。ちょうどいいな。大ばば様も、一緒に朝食にしませんか?」
俺がそう提案すると、大ばば様も「はい、喜んで」と微笑んだ。
◇
「それでのう、大ばば様。依頼をこなしまくって、ワシはもう見習い冒険者を卒業したのじゃ。のう、ちゃんと聞いておるか? 大ばば様――」
「はいはい。ちゃんと聞いていますよ」
早口で話すシエラに、相槌を打ちながら上品にジャムパンを食べる大ばば様。
こうしてみると、シエラって、本当にまだ子どもなんだな。
俺からすると、熟練の魔法の師匠って感じだったけど。
シエラの冒険者体験談が終わったところで、俺は話を切り出した。
「なぁ、シエラ――このまま、俺たちと一緒に来ないか?」
「えっ――」
シエラの瞳が一瞬、爛々と輝いた。
しかし、すぐにその視線が泳ぐ。
「お主らとは気も合うゆえ、その申し出はとても嬉しい。じゃが、ワシら森のエルフは、森と共に生きておる……。大ばば様だって、あんなに心配して――」
「シエラ。それは、あなたが一人で出ようとするからです。わたくしたちエルフは木の精から誕生するので、親子という概念がありません。ですので、わたくしがあなたの親代わりです。親は、子を心配して当然です」
この人、今サラッとすごいこと言った……。
エルフって、つまり――木の精霊的な存在ってこと!?
シエラの瞳が、再び爛々と灯ってくる。
「……冒険者として、この世界を見て回っても良いのか……?」
大ばば様は「はい」とうなずいた。
俺はここで、仕切り直す。
「んじゃ、もう1回聞くぞ。シエラ、俺たちと一緒に、旅をしよう」
「シエラ、一緒に行こ~♪」
タイガも続く。
シエラは瞳を潤ませながら――
「うむ! よろしく頼むぞ♪」
と、とびきりの笑顔で返事をした。




