第34話 森の町キルウェン
「着いたぞ。ここが、『森の町キルウェン』じゃ――」
森の町――というだけあって、完全に開拓をされたような場所ではなかった。
背の高い木々の間に、石と木でできた家が点々と並んでいる。
屋根は藁や木板で、あちこちの煙突から、細く白い煙が上がっていた。
「おぉぉ! ヴェルーナとは全然違う! 秘密の隠れ家って感じだ」
「クンクン……匂いも、ヴェルーナとは全然違うね。キャンプの匂いにちょっと似てる」
早くも心が躍ってくる俺とタイガ。
ひとつ山を越えただけで、こんなにも文化の違う町が待っているのか。
整備され過ぎていない石畳の道が広がっている。
苔むした岩壁には、緑のツタが絡みついていた。
入り口には、市場が広がっていた。
「肉だ……!」
霜降りの美味そうな肉が、真っ先に目に入る。
皮の付いた肉、これは――鶏肉か?
吊るされたソーセージや干し肉が風に揺れ、その隣には土のついたままのジャガイモが無造作に積まれていた。
燻製肉の香ばしい煙の匂いが漂ってきて、腹を刺激してくる。
「ほっほっほ。グレン豚とグレン鶏じゃ。どちらもジューシーでクセもなくて、美味いぞ」
そう言うシエラに、俺もタイガもよだれが垂れるのを必死に堪えた。
すると、肉屋のおじさんが声をかけてきた。
「おや、シエラちゃんじゃないか。妖精の聖域……どうなった? ヤバそうかい? もし、報酬額が足りないってなら、やっぱり俺らキルウェンからも報酬を上乗せしようって話が、役場で出てんだ。エルフさんらは良いって言ってるけど、俺らだってこの森の住人だしさ――」
シエラは、ゆっくりと首を横に振った。
「それが、解決したのじゃ――」
そう言って、俺を見る。
俺は、小刻みに首を振って、否定の意を示した。
「神獣たちを避難させずに、なんとか泉の水を浄化させることができたのじゃ。しかし、主らの優しさは確かに受け取ったぞ。いつもありがとうのう」
シエラはそう続けた。
シエラがさっき俺を見たのは、俺の話をするかどうかを聞きたかったんだと思う。
俺は、ちやほやされたいんじゃない。
どちらかというと、そっとしておいてもらって、この素敵な自然の町を堪能したいからな。
「そうだったのかい! そりゃぁ、良かった……。これで、この森も一安心だな」
嬉しそうにそう言う肉屋に、シエラも笑顔で「うむ♪」と返事した。
隣のワゴンからは、甘い匂いが漂ってきた。
「これは……ハチミツだ!」
「フェアリービーという魔物の巣から採れるのじゃ」
琥珀色のハチミツが詰まったビンがずらりと並び、光を受けてキラキラと輝いていた。
「あらシエラちゃん、冒険者のガイドでも始めたの? ほら、冒険者さん。味見どうぞ」
ハチミツ屋のふくよかなおばさんが、そう言って木のスプーンにハチミツを乗せてくれた。
「えっ、良いんすか! いただきます――ん~、濃厚だ!」
濃厚なのに優しい甘さが、口いっぱいに広がっていく。
タイガももらうと、「うわぁ、甘い! ボク、これ大好き! ビンごとゴクゴク飲みたい!」と叫んだので、近くにいた人全員に笑われた。
フェアリービーのハチミツをひとビン買って、市場を抜ける。
すると、ブドウの看板のかかった建物が見えた。
外には、大きなタルがいくつも積み上がっている。
「そういや、大ばば様も神獣たちにブドウあげてたよな……?」
「フェアリーブドウ。森でたくさん採れるのじゃ。入れば分かる」
シエラは、カランコロンと呼び鈴を鳴らしながら、建物の中へ俺たちを招き入れた。
棚に一列に並ぶ、真っ赤なワインのビンが目に入り、俺は思わず「あっ」と声を上げた。
「なるほど、赤ワインか!」
「赤? まぁ、見た目赤いからのう。フェアリーブドウ酒じゃ。この町では料理に使われるのが一般的じゃな。ワインだけではないぞ。こっちにもたくさんある」
シエラに釣られて店内を見渡すと、ブドウのジャムに、油……
……油!?
「シードオイル……? 初めて見たな……」
透明な液体の入ったビンを手に取る。
「フェアリーブドウの種からは、油が採れる。お主の使っていたオリーブオイルというのに比べると、香りもないゆえに少々質素じゃが……」
なるほど、サラダ油ってことか。
フェアリーブドウがあれば、こんなにも色んな加工品が作れるのか。
実と種を錬金分解して、実はワインに、種は油に……。
俺の脳内に、勝手に調合レシピが出来上がっていく。
全部、自分で作れそうだ。
でも、せっかく店に入ったので、タイガの好きそうな『フェアリーブドウジャム』をひとビン買って、店を出た。
俺の腹が、ぐぅぅ~っと鳴る。
「やべぇ、めっちゃ腹減った!」
懐中時計は4時を回っていた。
そういえば俺、今日朝食べたっきりほとんどなんも食ってねぇ……!
「では、酒場に行くとしようではないか」
シエラの提案に二つ返事で「うん」と答え、町を奥へと進んでいく。
遠くで鳥が鳴き、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
のどかで平和な町だ。
ひと際良い匂いのする建物へと到着。
「ワシの行きつけの酒場、『妖精の隠れ家』じゃ」




