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08

 単純にお菓子が嫌いなのではと思ったけど違うらしい。普通に召し上がっている。

 だったらやっぱりハワードに褒められたのが原因?

 わからん。


 二人掛けのソファに一人で座り、白い丸テーブルを挟んで向かい側のソファに座るハワード及び来客と話しながらクッキーを口に入れるユーフェミア様を横目に、マオ先輩の顔を思い浮かべる。


 三日と開けずに友人を伴ってやってくると噂のハワードが今日もまた来た。

 ハワードと初めて会ってから一週間とちょっとたつわけだけど、会うのは実に四回目である。連れ立ってくる人は毎回違う人である。


 最初はショウ、次がたまたま王都に遊びに来ていた貴族の令嬢、その次が大手魔術具開発会社の社長令嬢、最後が今いる魔術師見習いの男の子だ。ショウ王子を除いて三人ともユーフェミア様とは初対面のメンツだった。

 これはメイドが噂しているように、本当にユーフェミア様に友人を作ろうとしているのかも。高飛車傲慢な許嫁のためにいじましいというかなんというか、ここまでくると単純にハワードの人脈がどうなっているんだという感想しか出てこない。

 ハワードはその広い人脈を生かしてユーフェミア様にあった人を紹介してるんだと思うけど、でも今回は失敗だったようだ。

 ユーフェミア様の機嫌は最悪である。


「アザンツ学園は授業が大変と聞きますし、私なんかと話す時間も惜しいのでは? 努力なさってる方を止めるなんて無粋な真似はしませんのでいつでもおっしゃてくださいね」


 訳、帰れ。

 口調は穏やかでも目が笑ってないのでバレバレですよ、ユーフェミア様。


 前回の社長令嬢との会話が思いのほか弾んでいたので魔術関連ならいけるかもと思っての魔術師見習い君チョイスだったんだろうけど、ユーフェミア様にアザンツ学園はダメだって。

 付き合いの短い私だって察したんだからハワードが気付かないはずがないんだけど。

 ショウといい魔術師見習い君といい男だと選択基準が本当ポンコツだな。

 男性女性関係なく友達を作ってほしいっていうんならもっとユーフェミア様が気に入りそうな、それこそハワード自身と似たタイプの男の子を連れてくればいいのに。────あ、それはそれで問題ありなのか。


 っていうかこの人たち優雅にお茶飲んでますけど、学校は? 冬期休暇ももう終わってるよね?


 アザンツ学園在籍魔術師見習い君ことレイス君はクッキーを口に入れながら笑って言う。


「努力ってほど大したことはしてなよ。授業が厳しいっていうのもよそから見た感想だしね」


 訳、アザンツ学園に入れない格下が吠えるなよ。

 ユーフェミア様の怒りの炎に油が注がれた。


「ユーフェミアさんはシフォールだっけ? あそこはどんな感じ? 俺、よその学校ってよく知らなくて、アザンツ学園のことだけ知ってればいいって感じだったから」


 さらに燃料投下。


 やばい、今すぐこの場を去りたい。去れないかな。去ってもいいよね。お茶とお菓子を運んできただけの一介のメイドは去りまーす。あとは皆さまだけでごゆっくり────。


「ミラ」


「はいっ!」


「お茶」


「……はい」


 空になったユーフェミア様のカップに紅茶を注ぐ。

 これはこのままお茶くみ係としてここにいろということなのでしょうか。普通は退室するものではないんでしょうか。


 ユーフェミア様のそばに黙って控えていると、


「ミラだっけ。君も立ってないで座りなよ。一緒に話そう」


 というまったくありがたくない言葉をハワードからいただいた。

 どうせ気遣ってくれるんなら私をこの場から抜けさす方向でお願いしたかった。

 私は神妙な顔で首を横に振る。


「私は使用人ですので」


「気にする必要はないよ。今は俺たちしかいないんだから」


 気にしてくれ。そして追い出してくれ。


 私の心中を察することなくハワードはユーフェミア様の隣を勧める。ユーフェミア様も何を言うでもなくスッと横に動いて私が座れるスペースを作ってくれる。レイス君もメイド同席に不快感を覚えない人らしい。


「……では、お言葉に甘えて」


 断ることもできずユーフェミア様の隣にちょこんと座った。


「……」


「……」


「……」


「……」


 あ、あれ、会話は?

 なんで黙っちゃうの。もしかしてお言葉に甘えちゃいけなかった? 普通に断るべきだった? 空気読めって思われてる?


 ――、い、今からでも遅くない。この場を離れよう。


「────」


「あ、カップがないね」


 わずかに腰を浮かしこの場を去ろうとした私に、ハワードがそんなことを言う。


「持ってきてもらおう」


「え、そ、そんなお気遣いなく。私自分で取りに行きます」


「いいよ、いいよ。座ってて」


 頑なに私を退席させようとしないハワード。

 ……もしかして、この気まずい状況に道連れを作ろうとしてるんじゃ。

 邪推? でも一度そう考えると、下々の者に気を配る心優しいハワードのこの笑顔も腹黒いものにしか見えなくなる。

 人選間違えたのはあんたなんだから、あんたが処理しなさいよ。

 こんなところにいられない、私は出ていく!


「『カップ一つ持ってきなさい』」


「!」


 で、出られない。

 隣を見たらユーフェミア様が手のひらほどの小さな桃色水晶に向かって命令していた。


「ユーフェミア様、それは……?」


「通信機よ。実用化されてないものだけどって、この間シェリーがくれたの見てたでしょう」


「そう、でしたね……」


 見てましたとも。魔術具開発会社の社長令嬢からいただいてましたね。

 いつでも呼び出せるように使用人用の休憩室に置いていたのも覚えていますよ。

 キャー休憩中に呼び出されちゃうー、なんて冗談交じりに言いながら今日まで特に何もなかったのに、初の呼び出しを私のためになんてお優しいですね。

 いろんな意味で泣きそうです。


 ほどなくしてマオ先輩がカップを持ってきてくれた。

 休憩中にありがとうございます。

 入り口まで行ってカップを受け取り、またユーフェミア様の隣に座る。カップを受け取る際マオ先輩から視線だけで「がんばって」と励ましをもらった。

 と、とりあえず何か話題を提供しよう。


「このチョコレートおいしいですね」


「だろー。王都に来たらこの店のチョコ毎回買うようにしてるんだ。────って、家族がやってるところだから宣伝も兼ねてるだけなんだけどな」


 レイス君が屈託なく笑う。


「へー。ご家族がされてるんですね。とてもおいしいです」


「そ、結婚した姉のところ。五歳と三歳の甥っ子と姪っ子もいて超かわいいんだ」


「あー、私もそのくらいの弟妹がいたのでわかります」


「俺、まだ休み二週間くらいあるし今度店に案内するよ」


「ありがとうございます」


 身内の店の菓子をほめられてうれしかったのかガンガン営業してくる。

 後二週間って、今月いっぱい休みってことだよね。アザンツ学園の冬期休暇ってそんなに長いんだ。

 シフォール学園もなのかな?

 隣に座るユーフェミア様に尋ねる。


「そういえば、ユーフェミア様はいつまでこちらにいらっしゃるんですか?」


「は?」


「シフォール学園なら寮ですよね。ユーフェミア様の休みはいつまでなのかと思いまして」


「ああ、そういう。幼等科ならもう卒業したから初等科に入るまでずっといるわ」


「え、卒業!」


 思わず目が点になる。


「正確には卒業に必要な単位はとったから卒業式まで行く必要がないのよ」


「優秀なんですね」


「当たり前でしょ」


 ユーフェミア様はフンッと鼻を鳴らして笑う。


 六歳から九歳までの幼年学校、九歳から十五歳までの小児学校、十五歳から十八歳までの高等応用学校。学校によって幼年学校を幼等科、小児学校や初等科など呼び名が違ったり、授業形態が違ったりするけど、就学年齢は全国統一。


 あれ、そういえば幼年学校もまともに出てない私の最終学歴ってどうなって────。


「ユーフェミアは春からはアザンツ学園の初等科なんだよ」


「!」


 ハワードの発言でふと浮かんだ疑問が遥か彼方に飛んでった。


「あ、アザンツ学園に入学されるんですか⁉」


「驚くこと? 初等科に上がるときまた入学試験があるのよ。受けなおさないわけないでしょ」


 と、当然のようにユーフェミア様は言うけれど、驚くことですよ。

 あれだけ敵意むき出しにしておいて実は春から入学するんですなんて思わないじゃないですか、普通。

 レイス君も納得いかないって顔してますよ。

 じゃああれですか、ハワードのこれはそういうことですか。


「ハワード様はユーフェミア様がアザンツ学園にすぐなじめるように、レイス様を連れていらしたんですね」


 じゃなかったらわざわざアザンツ学園の生徒を連れてくるはずがない。ユーフェミア様がいまだにアザンツ学園に敵意を持っているのは予想外だったんだろけど。

 ハワードは苦笑交じりに首を縦に振る。

 それを見たレイス君がニカッと笑って手を差し出した。


「春からよろしくな、ユーフェミアさん」


 だけどユーフェミア様は手を膝に置いたまま静かに口を開く。


「────アザンツ学園は、授業ごとに生徒の顔触れが変わるシフォール学園と違ってどの授業も同じ生徒で受けるのだと聞きました」


「あーうん。一部の選択授業を除いてクラス単位での授業」


「そして幼等科からの生徒と初等科からの生徒はクラスがきっちり分けられているとも」


「よく知ってるな」


「調べましたから。────クラスが分けられている理由は、二番手魔術師育成学校といわれるシフォール学園ですら幼等科での魔術授業はお遊びみたいなものであるのに比べ、アザンツ学園はみっちりやって入学時点ですでに力の差があるからだと」


 ユーフェミア様は淡々と話を続ける。

 な、何が言いたいんだろう。

 ハラハラ見守っていると、ユーフェミア様は急にまばゆいばかりの笑顔を浮かべた。


「ところで、学期ごとに優秀生徒が幼等科からの内進生のクラスに入れるというのは本当でしょうか?」


「本当だけど」


「だったら────」


 ユーフェミア様は、先ほどまでの態度が嘘のようにゆっくりと手を伸ばした。

 おおっ、ユーフェミア様がアザンツ学園コンプレックスを乗り越えようとしている!

 ハワードは安心したような表情を浮かべ、レイス君は新たな友人を笑顔で歓迎し、私は穏やかな気持ちでその光景を眺めた。


パンッ


 裏切られた。


 ユーフェミア様はかわいらしい笑顔から一転、虫けらを見るような目つきになる。


「私が内進生クラスに入り真の意味であなたと対等になったとき、その手を取りましょう」


 レイス君の手を払いのけ、優雅にカップに口をつけた。

 この場にいるユーフェミア様以外の三人全員が同じ思いを抱いたと思う。


 負けん気が強すぎる、と。


 ユーフェミア様のその発言はどう贔屓目に見てもライバルキャラのもので、自ら敵になりにいく行為です。

 それじゃダメなんですよ、ユーフェミア様。


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