06
午前中は屋敷のお手伝い。午後はユーフェミア様の付き人。
といっても特にすることがあるわけではなく、魔術の訓練をなさるユーフェミア様を離れたところで見守るだけである。
護衛でもなければ魔術の先生でもなく、屋外訓練場の片隅で日向ぼっこしながらユーフェミア様を眺める自分はいったい何様なんだろうと、ちょっとした自己嫌悪に陥ってしまう。
それはそれとして、今日は気温が高めで気持ちいいな。
年明けて一月もたってないけれど、今日はなんだか春みたいだ。
ポカポカしていて、こう、ウトウトと……。
……。
…………。
………………ハッ、いけない!
ご主人様が頑張っている端で使用人が居眠りだなんて、そんな。
ちょっと気分転換に訓練場内を歩こう。
この訓練場は本館の裏側にあり、様々な動物の形に選定されたトピアリーで周りを囲まれている。ただし、このトピアリーを単なるお茶目心満載の見て楽しむだけの木と思うなかれ。
雨が降ろうが槍が降ろうが魔術の火が降り注ごうがびくともしない鉄壁の防御魔術が施された特殊な木なのだ。あと、一部の動物が動き出すという防犯機能付き。
両手を広げた熊の像の前にうっかり立ってしまった私は、叩き潰されそうになるのを何とか回避し散歩を続ける。
訓練場と本館の間には先日ユーフェミア様たちが花を見ていた庭、訓練場の東側には屋内訓練場があり、訓練場の端まで歩き続けるとトピアリーの隙間から屋敷の外が見られる。
舗装された道を走る馬車、きれいな服を着た仲睦まじい男女、パンの袋を抱えたふくよかな体型の男の子。
何の変哲もない当たり前の光景のようでいて、私がこの一年間生き延びてきた王都とは全く別の光景だった。
貴族たちが王都で過ごすための別荘が集まるこの地区は、こんなにも穏やかな時が流れる場所だったのかと改めて知る。
あの日、寒さに震えながら暖かな光に誘われこのあたりにまで来ていた私を拾ってくれたのがユーフェミア様だ。
一週間ほど前までの自分を思い出し、静かに息を吐く。
「────────……ん?」
感傷に浸っていた私の目になんだか懐かしい人が映った気がして、身を乗り出す。
知っているけれど知らない、知らないけれど知っているその人は────。
「何をしているの?」
「!」
突然後ろから声を掛けられ、肩が跳ね上がる。
激しくなる胸を押さえながら後ろを振り向けば、ユーフェミア様が立っていた。
金色の髪を耳より高い位置で一つに束ね、訓練用の動きやすい服を着たユーフェミア様は首にかけたタオルで汗を拭きながら私を見る。
「すみません。知り合いがいた気がして、つい」
「知り合い? あなたの?」
「はい……」
「……」
ユーフェミア様の視線は雄弁でいらっしゃる。そうですね、こんなところに私なんかの知り合いがいるはずないですよね。
「気のせいでした。すみません」
「そう」
ユーフェミア様は深く追求せず、
「それより」
と、言葉をつづけた。
「あなた、私と一緒に魔術の訓練を受けなさい」
「え」
唐突な命令。
お誘いではなく決定事項なことに度肝を抜かれつつ、一応尋ねておく。
「私が、ですか?」
「ええ、そうよ」
「えっと、理由をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
「あなたはあのショウ王子の隙をついて気絶させた人物だもの。訓練すれば王国を脅かす存在になれるはずよ」
そ、そんな存在になりたくなんかありません。
「近隣諸国を乗っ取ることも可能だわ」
恐ろしいこと言わないでください。
「ていうか、暇なんでしょう。居眠りに散歩なんだから」
ギャオス。
ばれてた。
魔術の先生との戦闘訓練でこっちを見る余裕なんてなかったはずなのに。
そこまでばれているなら言い訳はできない。でもこれだけは言わせてほしい。
「私、魔術はからきしです」
自慢にもならない自慢を言ってやった。
この国は近隣諸国から『魔術師の生産地』とあだなされるだけあって、どんな学校に入っても必ず魔術の授業がある。それこそ前世の学校教育で言うところの『体育』と同じように。
でも授業で習うのは魔力の練り方と簡単な術くらいで、本気で極めたい人はアザンツ学園やシフォール学園のような専門の学校に行く。習い事程度ならそこまで本気じゃない人も行くけど。
魔術大会で活躍するとモテるしね。
ちなみに人気の魔術は攻撃型の火と水。
続いて治癒術。
召喚・使役系はそもそもの術者人口が少ないんだけど、第二王妃シノ様をはじめアズリの里の人たちの活躍で精霊召喚は一定の人気を誇っている。低級動物例を使役するのは相変わらず根暗な印象。
いずれにしても私には遠い世界の話だ。
「安心なさい。うちの教師陣は優秀よ」
ユーフェミア様は私の不安を鼻で笑う。
うーん、確かにこの家に来る先生たちは優秀かもしれないけど、私、っていうか『花ティナ』のミラの描写からすると伸びしろはそんなにない気がするなあ。ミラが使ってたのが魔術の中でも難易度高めといわれる治癒術だからっていうのもあるかもしれないけど。
でもどうしよう。攻撃術で目覚ましい才能を発揮してしまったら。
それこそ国を乗っ取るくらいの。
「……ユーフェミア様、私、治癒術を習いたいです」
いや、隠れた才能が発揮されるとは思ってないけどね。
でも、まあ一応?
万が一を考えて?
できるだけ平穏に生きていたいし?
それに、
「ユーフェミア様のおそばでお役に立てる力を身に着けたいんです」
私の原動力はユーフェミア様をお守りすることですから。
だめですか、と恐る恐るユーフェミア様の様子をうかがうと、ユーフェミア様は眉間にしわを寄せて何かを考えこんだ後、ハアとため息をついた。
「わかったわ。なら午前中私が治癒術を教えてあげるから、午後からは私と一緒に訓練を受けなさい」
え、なんか増えてますよ。
どっちか一方だけじゃないんですか。午後のほうを外してくれてもいいんですよぉ。私、まだまだ新参なのでマオ先輩にも習いたいことたくさんありますし。
私が煮え切らない返事をしていると、ユーフェミア様はむぅっと頬を膨らませる。
「なによ。私と一緒にいるのが嫌っていうの」
「そういうわけでは」
「なら私に逆らうんじゃないわよ。私に対する返事は、はい、だけよ。いいわね!」
「は、はい」
駄々っ子暴君の言葉にただうなずくしかなかった。




