おまけ2
今は昔のある日のこと。
「柳田志乃です。よろしく」
他校の制服を着た女の子が、北橋の隣に立ちぺこりと頭を下げた。
流れるような黒髪に、雪のように白い肌。心の奥底を隠すような真っ黒な瞳の涼しげな目もとが印象的な美少女。
雪女が人間に化けたらこんな感じなのかも、なんて感想を抱いたものだけど、今思えば何とも頭の悪い感想だな。私のバカは前世からの筋金入りか。
いや、私のことはいいや。
とにかくあの時あった美少女が、少し幼くなった姿で私たちの前に現れた。
「ひ、久しぶり、元気にしてた?」
片手を上げて、柳田さんに話しかける。
実に九年ぶりの再会だけど、九年前より幼くなってるのは仕方がない。
柳田さんは私と北橋の顔を交互に見てから、きょとんと首を傾げた。
「そっちは北橋君よね。───あなたは?」
「あ、三浦です。元、三浦千紗都」
「三浦さん? ずいぶん雰囲気が変わったのね」
雰囲気っていうか、骨格からして違うかと。
「……ああ、でも、そうやって北橋君と並んでいる姿は確かに三浦さんだわ」
う、うお?
それはいったいどういう意味なのでしょうか。
皮肉、ではないよね?
元カノからのそういう指摘って怖い。
先に声をかけたのは私だけど、何を話していいかわからなくて北橋に任せることにした。
「北橋、あんたも挨拶」
肘で北橋のお腹を小突きながら、小声で言う。
北橋はポリポリと頬を掻いた後、ようやく柳田さんに話しかけた。
「あー……、久しぶり。元気にしてた?」
ちょっ、それさっき私が言った言葉!
「フフ。三浦さんとまったく同じこと言ってる」
柳田さんは口元に手をあてて、微笑した。
「私は元気よ。二人は────って、聞くまでもないわね。二人が一緒にいて元気じゃないなんて方がおかしいものね」
ぐおお、チクチクとくる。
「三人は知り合いだったの?」
私たちの関係を知らないウェンディが意外そうな顔で尋ねた。
「昔ちょっとね」
柳田さんが何食わぬ顔で答える。
ウェンディがぱあっと顔を輝かせた。
「そうだったんだ! なら合宿の時言ってくれればよかったのに。友達の友達が友達だなんてすごいよね!」
「言いづらかったんだと思うわ。私と北橋君は別れた恋人同士だったし」
「え……」
真実を告げる柳田さん。
「そ、そうなんだ……。それは、その……」
聞いてしまったウェンディのほうが気まずそうにしている。
「それよりウェンディは学園の友人のところに行ったほうがいいんじゃない? 待ち合わせの時間に遅れるわよ」
「え、でも……」
「私なら平気。何度も言ってるでしょ。王都で迷うほど間抜けじゃないから」
「う、うーん……。何かあったらすぐ連絡してね」
迷うそぶりを見せながらも、ウェンディは店を後にした。
「子供じゃないんだから心配ないのに」
柳田さんが言う。
いやいや、子供ですよ、私たち。
それはさておき残された三人。
何とも気まずいメンツ。
退散したい気持ちでいっぱいだけど、北橋と柳田さんを二人きりにするのもマズい気がしてどうにもできない。
「さて」
ウェンディを見送り終わった柳田さんは、一言入れて私の方を見る。
「ねえ三浦さん。……三浦さん、でいいのかしら?」
「え?」
「元、ってことは今は違うんでしょ?」
あ、すごい。ちゃんと気づいてくれた。
「今はミラ・ヴェスタって言って、とあるお屋敷で働いてるの」
「顔も名前も違うのね」
「なんでか私だけこの国の人間として生まれ変わったからね」
「へえ」
柳田さんは黒目がちな瞳で私を凝視する。
「……うらやましい」
そういいながら白い手で私の頬を撫でる。
意外な言葉と、思いがけない行動に、私はされるがままになっていた。
右頬が柳田さんの手によって揉まれまくる。
何がしたいのかわからずされるがままにしていたら、柳田さんは満足したようで手を放し、そしてこう言った。
「私も、生まれ変わってこの世界の人間として生きてみたいわ」
「ハアッ⁉ 志乃まで何言ってんだ!」
北橋が反応する。
でも柳田さんは無視。
「どうしたら生まれ変われるの? 前世で徳を積まなければいけなかった? それとも悪行を重ねてたほうが良かった?」
真剣な表情で私に尋ねる。
「おい、志乃!」
「このままじゃ私は望むと望まないとにかかわらず元の世界に戻されちゃうの。『誰か一人でも元の世界に魔術を持ち込んだ犯人を捕まえれば全員戻す』っていうのはそういうことでしょ」
「話聞けって!」
「私、ここに残りたい。だって、───好きな人ができたから」
「────」
あ、北橋の動きが止まった。
柳田さんの肩をつかもうとして手を伸ばしかけた姿で硬直してる。
「そういうことだから、その、この世界に残るすべを教えてほしいの」
本音をぶちまけた柳田さんは髪を耳にかけながら少し恥ずかしそうに頬を赤く染める。
うーん、すべって言われてもねえ。
っていうか、どうしようか、この状況。
ようやく年齢二桁に達しようかという子供の色事騒ぎに客の何人かは耳を傾けてるし、人目のないところに行きたい。
「とりあえず店を出ない?」
私の提案に二人がうなずく。
☆★☆
勘定を済ませ、街を歩き、人気のない森の入り口まで向かう。
このまま森の中に入って行ったら王城とつながる隠し通路の小屋へと行けるけど、あそこまで行くと賊がいるので入り口で止まる。
「人気のない場所ね」
私の後を文句も言わずついてきた柳田さんが率直な感想を漏らした。
「フフ、わかるわ。異世界の人間に成り代わる妙技、おいそれと人に聞かせるわけにはいかないものね」
「んなわけあるかよ。三浦が、自然に触れてないと呼吸困難に陥る難病を抱えてるだけだ」
「適当なこと言うな!」
それこそ、んなわけあるかよ、だ。
北橋はどうしても柳田さんの願望を阻止したいらしい。
意味の分からない嘘つかなくても、柳田さんの願望は実現しないての。
「柳田さん」
「何?」
「期待してるところ申し訳ないんだけど、私もなんでこうなったのかわからないし柳田さんがこっちの住人になることは無理だと思う」
「姿が変わらないままでもいいから、こちらに残りたいのだけど」
「その方法も知らない。というか実は私もここに残れるという確証はなくて、戻らなくていい方法を考えてる最中」
「そう……」
柳田さんは口元に手を当てて考え込む。
「……なら、私に協力してくれる、というのは?」
「協力?」
「一番良いのは皆が元の世界に帰りつつ、私だけ残ることよ。でも皆して戻らないという方法もあるのよ」
「それって……」
犯人捜しを邪魔するってこと?
「それはさすがに……。自分のために大勢の人を巻き込むことはできない」
隣にいる北橋含め、戻りたいって人が大半だろうし。
「そもそも志乃が残りたい理由は好きな人がいるからだろ。さっさと告白してフラれて来い。そしたら未練なく戻れる」
北橋がムスッとした顔で言う。
恋する乙女にフラれてこないんてよく言えたもんだ。
「じゃあ成功したら北橋君は私に協力してくれる?」
北橋の発言を逆手に取り、柳田さんが言う。
「……」
是とは言わない北橋。
下手に発言して言葉尻をとられないようにするだけの警戒心は残っているらしい。
「……そう。まあいいわ。別れた恋人同士仲良くする必要もないでしょう。協力してくれないというのなら私は私のやり方を探るわ。しばらく近づかないでね。じゃあ」
柳田さんはもう用はないとばかりに森の中へ進んでいってしまった。
いや、待って!
そっち賊がいるから!
「私は柳田さん追いかけるから、あんたも後でちゃんと来なさいよ!」
柳田さんに好きな人がいるといわれたことなのか、この世界に残りたいといわれたことなのか、わざわざ元の部分を強調して「元恋人同士仲良くする必要はない」といわれたことなのか、柳田さんが一人行ってしまったことなのか、どこに引っかかったのかは知らないけど、北橋はただ口を固く結んで目線を下に向けている。
とにかく、私はちゃんと言ったからな!
柳田さんが賊と鉢合わせる前に森の中へと入って行く。
去年の事件であらかた逮捕されたけど、残党もしくは新党がいるかもしれない。
あああ、うかつな場所を選んでしまった。
後悔しながら音と足跡を頼りに柳田さんを探し出す。
幸いにも柳田さんはあまり進んでおらず、木にもたれかかる後姿を見つけることができた。
「柳田さん」
後ろからポンと肩を叩く。
「────ハア~。志乃、だって。にやけちゃうよ。北橋君、小さくなってもかっこよすぎる~」
振り向いた柳田さんは、真っ赤な顔に喜色満面の笑みを浮かべていた。
「や、柳田さん?」
いつもとまったく違う様子に思わずたじろいでしまう。
「志乃、志乃。あ~、私、志乃って名前でよかった。あ~やばい、あ~もうだめ。志乃って名前にこれほど感謝したことない。お父さんお母さん、ありがとう」
「や、別にどんな名前でも名前で呼んだと思うけど。恋人なんだし。……え、柳田さんって北橋のこと好きなの?」
「大好き!」
全身全霊に力を込めての即答。
まさかの回答に、私はさらに戸惑う。
「二人って別れたんだよね」
「ええ」
「柳田さんがフッたんだよね?」
「ええ」
「なのにまだ好きなの?」
「大好き!」
「どうして?」
その言葉しか出なかった。
柳田さんは指をもじもじさせて乙女らしく振舞う。
「だ、だって、北橋君、落ち着いた穏やかな子が好きだって。すぐに顔に出て、一生を捧げるぐらい熱い思いを持ってるなんてバレたら嫌われちゃうに決まってるもの」
ん、んー……?
「つまり、嫌われる前に自分から離れようと思ったと?」
「ええ。こんな女、北橋君に釣り合わないよね……。……あ~、でも好き」
んー、おー、あー……。
……私、今の今まで柳田さんは北橋と付き合ってあげてるんだと思ってた。
事実は全く逆で、付き合ってもらってる状態だったんだ。
「北橋のどこがそんなにいいかね」
「語っていいの⁉」
「ダメ」
盲目的な愛を持つ人に語らせたら絶対話が長い。私、知ってる。私もユーフェミア様のこと小一時間は語れる。
「あー……、とりあえず賊が出るから森を離れない?」
「今ここを動いたらこんなだらしない顔を北橋君に見られちゃう。落ち着くまでちょっと待って」
両手で頬をおさえつつ、深呼吸する。
深呼吸しながら、またへらっと笑いだす。
「ダメ~。嬉しさが止まらない。心臓ドキドキする~」
重症だな、これ。
「三浦さん、私を止めて~」
「そう言われましても……。……とても酷なことを言っていい?」
柳田さんを止めるため心を鬼にする。
「北橋。柳田さんと別れた後、普通に彼女つくってた。間断なく」
未だに北橋を思い続けている柳田さんには大変酷な事実かもしれないけれど、落ち着かせるためにはこれしかないんだ。
だが、
「知ってる」
柳田さんは動じない。
「すごいよね、北橋君。いろんな女の子に告白されて。北橋君の格好良さは全世界に認められてるんだって実感したわ」
え、えー、そうきちゃうか。
「北橋はもう柳田さんを好きじゃないかもよ」
「過去を振り返らないなんて頼もしい」
「でも、それじゃ、柳田さんは報われないよ!」
「いいの。北橋君が生きているというだけで私も生きていける」
このままだと賊に襲われて死ぬ可能性があるんですけど。
埒あかないな。
無理やり連れてくか。
柳田さんに気づかれないよう手を後ろに回し、魔力を貯める。
大丈夫。ちょっと強い衝撃を与えて気絶させるだけだから。
興奮してせわしなくチョロチョロする柳田さんが後ろを向いた瞬間を狙い、後頭部向けて力のこもった拳を突き出した。
「バッ……! 何してんだ、お前!」
ギリギリのところで、私の拳が止められる。
北橋ぃっ。
私の言いつけ通りやってきてしまった間の悪い北橋は、私の腕を握り眉をしかめる。
私も北橋をにらみ返した。
「放して」
「何やってんだよ、お前」
静かな応酬。
「柳田さんはあんたに会いたくないってよ」
「だから気絶させて連れ戻そうって? もっと段階踏めよな」
踏んだっての。
今だって北橋の声に気づいてこっちを向いたのに、北橋の顔を見た瞬間顔真っ赤にして背中向けるくらい重症なんだよ。
「───志乃」
柳田さんの一瞬の動作に気づかなかった北橋は、あろうことか柳田さんに声をかけてしまった。
柳田さんは後ろを向いたまま答えない。
その姿を北橋は誤解する。
「いいよ、俺の顔見たくないなら」
全然違うんですけどね。
「でもこの森が危ないのは三浦の言う通りだから戻ろう」
「……」
やっぱり答えない。
あれは心配してくれた嬉しさで歓喜に打ち震えてるな。
「返事もなしかよ。────なあ、志乃」
しびれを切らし、北橋が柳田さんの肩を叩いた。
その手がパンと叩き落とされる。
「触らないでくれる」
振り向き、そう発言した柳田さんの目は親の仇でも見るかの如く冷たく感情のこもってないものだった。
「いい加減鬱陶しいわ。私に関わらないで」
柳田さんは全力で北橋を拒否し、走り出してしまった。
森の奥の方へ。
「だ、か、らっ! そっちに行くなって言ってんのに!」
あー、もうっ、頭痛いよ!
「追うよ、北橋」
「────なあ、三浦」
「何っ⁉」
「俺、なんか悪いことした?」
「…………なんも悪くないと思う」
悪いのは、……柳田さんの頭だ。




