おまけ1
ユーフェミア様は平穏無事に三学期を過ごせたし、私は見事アザンツ学園の合格通知を受け取ったし、心穏やかに日々を送っていた春休みのとある日のこと。
王都のレイズコット宅に一通の手紙が届いた。
「…………」
私は封も切らず手紙をじっと睨みつけた。
「読まないの?」
手紙を届けてくれたマオ先輩が私に尋ねる。
読む、べき、なんだろうけど……。
「去年の今頃、似たような感じで私に突然手紙が届いたんです。読むのを後悔した不幸の手紙でした。この手紙からはそれと同じ匂いを感じます」
送り主は不明。
筆跡からの判断も不能。
レイス君ではないと思うけど万が一レイス君だったら嫌だなあ。あの人厄介ごとしか持ち込まないし。
「私が開けようか?」
「ダメです。開けた瞬間爆発する魔術がかかっているかもしれません!」
「大丈夫大丈夫。アズリの里のご加護を信じなさい」
マオ先輩は何のためらいもなく手紙の封を切った。
爆発に備え身構える。
が。
特に何の問題もなくマオ先輩は手紙を取り出し、私に渡した。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
手紙を受け取り文面を確認する。
ああ、そういえば去年の今頃レイス君以外にも会ったやつがいたなあ。
北橋蒼汰。
手紙の内容はいたって簡潔で、お出かけのお誘いとともに日時と場所が記されているだけのものだった。
場所は王都の中央通り。
時間は昼。
日にちは今日。
王都の郵便配達の遅さを全く考慮に入れていない日にち指定に呆れながら、出かける準備をする。
☆★☆
王都の中央通りに向かい、北橋と落ち合い、ぶらぶら歩く。
「あのさあ、なんで急に遊びに誘ったの?」
「は? 俺はお前の誕生日祝ったんだからお前が俺にお返しするのは当然だろ」
「……ああ、そういやもうそんな季節だね」
ていうか、祝われてないんですけど。ユーフェミア様もショウも本当の誕生日のとき改めて祝ってくれたのに、北橋だけその場にいながら素知らぬ顔だったし。
「今日は三浦の金で遊ぶつもりだから」
「屑じゃん」
こっちの世界でも前世の世界でも女にたかる男は軽蔑対象だぞ。
「今まで魔物退治とかして金稼いでたんでしょ。私におごらせないでよ」
「俺が貯金するはずないだろ」
「うわぁ……、あんた見てるといろいろ不安になる」
「この世界の金を貯めたって日本には持ち込めないし」
「…………」
まあ、北橋はそうなんだろうけどさ。
「つーか、今日はその辺の話もしっかりするぞ」
「ウゲッ」
北橋に引きずられ近場の店に入ることになった。
お昼時でそこそこ人がいる大衆食堂の一角で、一人の少年が一人の少女に向かってこういう。
「おまえさあ、まじ将来のことどう考えてんだ?」
「どうって……」
気分は二者面談。
「ユーフェミア様と面白楽しく生きていく予定だけど」
「……ハア」
北橋は深い深いため気を一つついた。
「────いいか、三浦。はっきり言うけど」
「店員さーん、注文お願いします!」
北橋の言葉を遮り、店員を呼び出す。
北橋ににらまれたたけど気にしない。
やってきた店員に私と北橋は何品か注文して、また向き合った。
先手必勝。今度は私から。
「ていうかさあ、北橋はいつまで私のことを三浦と呼ぶわけ? 私にもちゃんと名前があるんですけど」
「は? ────いや、でも今更、千紗都ってよぶのもなあ」
「そっちじゃなくて!」
机をバンバンと叩く。
昔々は、「千紗都」「蒼汰」と呼び合っていたのですよ。
年が上がるとともに名前で呼びあうことも少なくなって、北橋に彼女ができたのをきっかけに「三浦」「北橋」に完全矯正したけど。
「ミラ様と呼べって言ってんの」
「なんで三浦ごときに様付けしなきゃなんねえんだ。俺が様付けすんのは位が高い人か、今ならアザンツ学園の生徒か────、あっ、お前もしかして!」
察しが良くて助かるよ。
わたしはフフンと鼻を鳴らす。
「今度の春から私もアザンツ学園の生徒の一人よ」
「お前────」
北橋が絶句する。
もう話を打ち切って「それじゃあ」とか髪翻しながらかっこよく去ってもいいんだけど、注文したものはちゃんと食べて帰ります。
運ばれてきた食事にさっそく手を付ける。
北橋も落ち込みつつ、口と手はちゃんと動いていた。
「……三浦は、学園に入ってどうするつもりなんだよ」
「どうってほどのことはないけど、今まで通りユーフェミア様の手助け」
「ティナをいじめたり?」
「それは阻止する」
北橋の中のユーフェミア様はいまだに悪逆非道のユーフェミア様なんだろうな。
一学期はそれなりに一緒だったけど二学期以降はほとんどあってないし。
その頃よりさらに良くなったんだけど。
うーん、どうしたらユーフェミア様を知ってもらえるんだろう。私がユーフェミア様の素敵で可愛いところを言っていくしかないのかな。そしたら北橋もユーフェミア様のことを認めてくれるかな。うん、それしかないよね。
いや、北橋のために致し方なくね。
けっして私が語りたいだけとかいうわけじゃなく。
友好の輪を広げるための一環だから。
では、さっそく────、
「俺もショウに頼んでアザンツ学園受けようかな」
出鼻をくじかれた。
北橋の発言に今度は私がぽかんとする。
「え、なんで?」
「あほの幼馴染がバカなことしでかさないように」
北橋は至って真面目な顔で人のことをあほ呼ばわりしてきた。
「……あのさ、前から聞きたかったんだけど、北橋って私のこと好きなの?」
「ハッ」
鼻で笑われた。
「寝言は寝て言え」
えー、えー、分かってますよ。
ちょっと聞いてみただけです。
人をさげすむようなムカツク顔しやがって。
「あんた、私にかまいすぎなの」
「このままだと死ぬことがわかってる幼馴染を放っておくほうが人道的にありえないだろ」
「じゃなくて、……正直、私と遊んでたせいで柳田さんに振られたことちょっと悪いなあって思ってんのよ」
食後のデザートを口に入れ、気まずげに告白する。
北橋の最初の彼女、柳田志乃さんは「北橋君って私といるより三浦さんといるほうが楽しいんじゃない? 別れよう」と言って北橋をフったらしい。人づてなので正確なことはわからないけど。
北橋自身からは「俺のせい」って聞いてる。
北橋がフられたことをどう思ってるかわからないけど、私や柳田さんに原因を求めない程度にはいい奴だと知ってるしさ、このまま私にかまったせいでまた望まない結末を受け入れるんじゃないかと思うと申し訳ないじゃん。
「バカであほな幼馴染のことは無視して、お前は幸せにおなりよ」
旅人を見送る老婆のような優しい視線を送る。
「は? 俺がショウといること前提で、ちょろちょろ鬱陶しいお前を片付けてるだけだろ。お前が俺の視界から消えたら普通に無視する」
こいつ本当腹立つなあ。
今すぐ北橋の持ってるスプーンが変形して口をふさいでくれたらいいのに。
「今後二度と彼女ができない呪いをかけてやる」
「彼氏なしが言うと説得力ある」
クソッ。
今世では大恋愛してやる。絶対してやる!
「……ハア。一年前に北橋にかまったのは間違いだった」
マオ先輩とお出かけして、ショウを誘拐したと思しき北橋を発見して、いろいろあってエンヴァントさんに助けてもらったのが一年前のこと。
長いようで短い一年だった。
今日は一年前と同じように王都でお出かけ。
「もしかしたらこの後前世の知り合いと会ったりして」
なんとなく似通った状況なだけにそんなことを言う。
私の事情を詳しくは知らない北橋は怪訝な顔で首をかしげるだけだった。北橋は最後の一口を口に入れた後、こう尋ねる。
「……会えるなら三浦は誰に会いたい?」
「えー、うーん……」
誰、だろ。
思いつかない、というより、思いつきたくないのかも。
北橋はともかく仲の良かった友達に会って説得されたら多分心が揺らぐ。
その時、
「あ、お二人とも久しぶりです」
声がかかった。
していた会話が会話なだけに、まさかと思って心臓バクバクさせながら顔を横に向けてみれば、そこにいたのは今世の知り合い、ウェンディだった。
「お久しぶりです」
私も北橋も立ち上がって挨拶する。
三学期以来だね。といっても廊下ですれ違って挨拶するぐらいでちゃんとは話してないけど。
「ご旅行ですか?」
ウェンディに尋ねる。
ウェンディの実家は王都じゃないから予想だにしてなかったよ。王都で会う可能性のあるアザンツ学園の生徒は、私の知り合いの範囲だと男ばっかりだ。
ウェンディはニコッと笑う。
「そうなんです。クラスの友達に誘われて」
「それは良かったですね!」
「良かったら一緒に食べませんか? ご友人はどちらに?」
北橋が何の気なしに同席を勧める。
「あ、それが、誘ってくれた友達のところへは今から行く予定でして」
「ああ。ではお一人ですか」
「でもなくて、地元の友人もいるんです。ほらあそこに」
ウェンディの指さした先を二人一緒に見る。
ウェンディの地元の友人。
一年前と似たような状況。
私の勘。
そこには元同級生の柳田志乃さんがいた。




