他者視点詰め合わせその2
③ナタリー・ネンウッド
「ナタリー、君も思うだろ。外進生でありながら早々に学期丸ごと休むなんておかしいと。まるで内進生みたいじゃないか。一学期の終わりには教師に直接意見するし彼女は学園の秩序というものがまったくわかっていない」
登校一番そんなことを言うのは、隣の席のディオ・ヴィノンさん。
外進生一位が内進生クラスに行く代わりに内進生最下位が外進生クラスにくるという不釣り合いな交換のもと今学期からこのクラスの仲間となったディオさんは、こうして毎日毎日飽きもせずユーフェミアさんの悪口ばかり仰るのです。
とても苦痛ですわ。
この方の口を縫いあわせたらどんなに気が晴れるでしょう。
人の悪口を堂々と言うところ、人を悪口に巻き込むところ、外進生クラスで外進生クラスをバカにするところ、自身が内進生最下位なのを省みないところ、そして悪口の相手がユーフェミアさんであるというところ。どこをとっても最低です。
最悪なところは、こんな方相手にも無視するわけにはいかない貧乏貴族のお立場というところでしょうか。
「おはようございます、ディオさん」
とりあえず挨拶をします。
「ああ、おはよう」
実は私達、親の決めた許嫁というやつなんですの。
もうため息しか出ませんわ。
よくある話です。片や歴史だけが自慢の没落貧乏貴族、片や箔が欲しい成り上がり。利害が一致したのですわ。
私も由緒正しき一族の娘ですから政略結婚自体はしょうがないことだと受け入れています。親や祖父ほど年の離れた相手ではないだけましです。ディオさんは顔は悪くありませんし、初等部からアザンツ学園に入れる実力もありますし、政略結婚のわりに私はいい相手を選らんでもらえたと思うべきなのでしょう。
ただでさえ性格が悪いのに顔も能力もダメだったら、私は悲劇の物語の主人公よろしく世を儚んでいるところです。
まあ、今回のクラス交換で能力に疑問が出てきましたけれど。
挨拶をした私は、無駄な会話をせず席について授業の予習をします。
ディオさんと話すのが億劫で忙しいふりをするためのものですけど、毎日続けているおかげでなんだか成績が上がりそうですわ。
「────ナ、ナタリー。君は毎日予習をしているようだしよかったら僕が勉強を教えてあげようか?」
え、会話を続けますの?
黙殺効果も長続きしませんのね。
角が立たないようにお断りしなくては。
「お気持ちは大変うれしいのですが、やはり勉強は自身で解きあげてこそ意味があるものかと思いますので」
「そ、そうか……。ならわからないところがあったらいつでも聞いてくれよ!」
「ええ、その時はどうかお願いしますね」
ディオさんは大人しく引き下がってくれます。
さて、ではこの厄介な問題に取り掛からないといけませんね。
いかにしてディオさんと会話をせずにいつづけられるかという厄介な問題に。
☆★☆
「嫌なことは嫌だという。それが一番早い解決方法だと思う」
放課後、巷で噂の恋愛小説が入ったと聞き駆け付けた図書室でアイリスさんからそのような解決策をいただきます。
「なるほど。やはりはっきり言うことが肝心なのですね」
アイリスさんの言葉に納得します。
そして反省します。
私てっきり、アイリスさんは隣でしきりに読書の邪魔してくるセシルさんに辟易してらっしゃると思っていたのですが、嫌ではなかったということですね。
アイリスさんは嫌なことを嫌と言える方ですから。
つまりそう、これは、愛。
修行不足でしたわ。
そう考えると、アイリスさんのほっぺをツンツンとつつき楽しそうに笑っているセシルさんの行動も、ただのじゃれあいに見えます。
「────あの、でも私、立場的にディオさんに強く言うことはできなくて」
せっかくのご助言でしたのに申し訳ない限りです。
「立場?」
「その、お恥ずかしい話なのですが、我が家はディオさんの家に少なからず援助していただいているのです」
「ああ、そういう」
アイリスさんが納得なさいます。
続けて、セシルさんが言います。
「そうでなくても君は人に強く出られないもんね。きいたよ、一時は人と目が合うだけで呼吸困難に陥ってたんだって?」
……?
何の話でしょう。
奇行をごまかすための持病設定がどんどん膨らんでいるような……。
「えっと、持病ですがそんなには」
「まかせてよ。病弱な子を放っておくほど僕は非道じゃないよ」
「……、ではお願いいたします」
笑顔で答えました。
多少心苦しくはありますが、頼れるものは頼っておきましょう。
「具体的にはどうなさるおつもりなのですか?」
「注意する。険悪な雰囲気を振りまくのはやめなよ、って」
「聞くでしょうか?」
「聞くよ。僕の言うことなんだから」
セシルさんは自信満々に答えます。
それはセシルさんが『あだ名付き』というものだからでしょうか。
学園内において、身分や年齢を問わず絶対に逆らってはいけない最上位の存在として君臨なさる『あだ名付き』の方々。
外進生の私もようやくその存在に慣れてきました。
「そうでなくてもミラには頼まれてたしね」
「!」
わわわわわ、私、今、恋愛話のにおいを感じ取りましたわ!
セシルさんとミラさん。
名門一族の嫡男と他家のメイド。
身分差恋愛!
私、そういうの大好きです。
ああ、でも、私、幼馴染という関係性も好きなんです。
アイリスさんとセシルさんの関係は見ていて心躍るものがありますし、そもそもミラさんのお相手にはショウ王子が一番かと思っていますし、でも妄想内の可能性は無限大ですし、ハア、悩ましいですわ。
「何? 僕の案じゃ不安?」
「あっ、違うんです! 今のため息はそういう意味では」
妄想にかまけてため息なんて、なんと失礼な真似を。
「セシルさんにご協力いただけること、とても感謝しています。今のは……、一人では何もできない自分に腹が立って……」
「ふーん。ま、そういうことにしておいてあげるよ」
セシルさんは、優しくもお厳しい発言でこの会話を流してくださいます。
「とりあえず、ディオが問題起こした時すぐ対処できるよう連絡先交換しておこうか」
「は、はい」
通信機を取り出し、セシルさんと連絡できるようにします。
連絡先を交換しながら、ふと思い出し、
「ミラさんといえばついに通信機を買われたそうです。私もユーフェミアさんを通じて交換しました」
最近あった出来事を口にしました。
セシルさんは「へー」とだけ仰って、大した興味もなさそうに会話を終わらせます。
……まあ、セシルさんとミラさんの身分差恋愛は私の妄想の話なので、実際のセシルさんがこういう反応をみせてもおかしくはないのですけれど。
ですけれど。
ですけれど。
少し残念です。
話を一から百に膨らますことはできてもゼロから一にはできない未熟者の私ですので、ご本人から直接恋愛感情がないことを突き付けられると萎んでしまいます。
セシルさんはアイリスさん一筋という設定で心を落ち着かせておきましょう。
「あれ、セシルは知らなかったの? 私は知ってたけど」
アイリスさんが不思議そうに尋ねます。
「セシルの誕生パーティーで聞いたからセシルも知ってると思ってた」
「えー、知らない。イーリが知ってるなら僕も聞こうかな」
「……肝試しでうちに泊まりに来た時にも教えてないなら、教える気がないんじゃないかな」
「なんで!」
「連絡先をほかの人に教えるぞ、って言って脅しそうだし」
「しないよ! 個人情報だよ! イーリにもしたことないでしょ! っていうかミラの中の僕ってどうなってるの!」
セシルさんが憤慨します。
「のけ者なんて許さない。絶対ミラから聞く!」
「はいはい、頑張って」
「イーリ、冷たい!」
「はいはい」
「むー、なんだよ。……あ、もしかして僕にミラと連絡してほしくないとか?」
今までの態度とは一転、セシルさんは口の端を上げニヤニヤとアイリスさんを見ます。
「は?」
アイリスさんが眉を顰めました。
「だってイーリの行動、そうとしか思えないもん。もしかして嫉妬?」
「何言って……」
「照れなくてもいいって」
セシルさんはすごく楽しそうです。
ですがこれダメなやつですわ。
この後、図星を刺されたアイリスさんが「うるさい」と怒って、セシルさんが「ちょっとからかっただけだろ」となって、仲違いして、「どうして素直になれないんだろ」と一人落ち込むアイリスさんの元に「何かあった? 良かったら俺が話聞くよ」と第二の男が現れるやつです。
この手の展開を恋愛小説で何十篇と読んできたからわかります。
ああっ、お二人はどうなってしまうのでしょう。
「二人して図書館で何してんだ?」
ああっ、早くも第二の男が現れてしまいました!
合宿中にお土産屋さんでアイリスさんを攫って行った方ですわ。
名前はレイスさんだったでしょうか。内進生次席の方と記憶していますけど。
内進生主席と次席との間でアイリスさんをめぐる恋の戦いが始まってしまうなんて。ああ、ああ、────すごく楽しみです。
セシルさんがレイスさんに泣きつきます。
「聞いてよ、レイス。イーリが僕とミラの仲に嫉妬するんだ」
「はあ?」
レイスさんは、心底訳が分からないという顔を浮かべました。
「イーリってば、僕がミラと通信機で話すの嫌なんだって」
「……ミラが通信機?」
あら、なんだか少し不満そうな顔になりましたわね。
何を不満に思っているか……、私の妄想力をもってすれば簡単に答えを導き出せます。
そう、これは、ズバリ、『ミラさんから連絡先を教えてもらえなくて拗ねている』のですわ。
「俺、通信機買ったなんて聞いてない。夏にも会ったのに」
あ、あら? 妄想が当たってしまいましたか?
当たることもあるんですのねえ、私の妄想。
「まだ買う前だったんじゃない。いつ会ったの?」
アイリスさんがレイスさんに尋ねます。
「休暇後半」
「ああ、じゃあもう買ってるね。セシルの誕生日には持ってたし。わざわざ教える気がなかったんじゃないかな」
「追い打ちかけるのやめろよ」
淡々と告げるアイリスさんに、レイスさんはため息をつきます。
アイリスさんとしては別に追い打ちをかけたつもりはないらしく、お詫びとばかりにこのような提案をなさいました。
「私から、レイスに連絡先教えていいかミラに聞こうか?」
まさに恋の仲介役、橋渡しですわね。
私もいつかそのような大役を担ってみたいのですが変に力んでしまいそうですし、二人の行く末をただ静かに見守っていたいという願望もあるのです。
ああ、でも、ほぼ初めてといっていいほど妄想が的中していますし、今回くらいは……。
────さっそく夜にでもミラさんと連絡を取りましょう。
ちょっとだけ続きます




