32
三人で模擬戦会場の運動場へと向かった。
アザンツ学園は魔術師学校なだけあって校舎内外問わずそこかしこに防御魔法が張られているけど、ルンベル騎士学校は魔術を想定してないから、もし校舎内で攻撃魔術を使おうものなら校舎が壊れてしまう。
長方形になるようたてられ四つの棒と、棒に結びつけられた紐。
あの中で戦うのかな。
紐の外側にはぐるりと長方形を囲むように椅子が用意してあり、ちらほら人が座っている。
じゃあ、あれが観客席か。ユーフェミア様の雄姿をじっくり拝見するためには一番前の席を確保する必要がある。
「ユーフェミア様、ご武運を」
受付をするユーフェミア様の手をきゅっと握り、すぐさま座席確保に向かった。
集まっている人はまだそう多くないけど、一番前の席だけはほぼ埋まりかけている。
考えろ、私。
ユーフェミア様を後ろから眺めるんじゃつまらない。ということは長方形の長い辺に設置された椅子に座る必要がある。しかも今回は騎士との共闘ということで魔術師は後衛を務めるだろうから角に近い席のほうがいい。
つまり、あそこの席だ!
角際で一つだけぽつんと開いていた席に駆け込んだ。
良い席確保!
あとは、私が座ってる側にユーフェミア様が来ることを祈って、試合開始を待つ。もし反対側なら、そん時は仕方ない、席を離れて立ち見してでもユーフェミア様のほうへ行く。
試合楽しみだな。
ぶっちゃけ剣術も武術も魔術も魔術師だけで担ってしまえるんだけど、そこをあえて二人一組で戦うというやり方が珍しくてわくわくする。
私も昔、木刀持って暴れまわったもんだ。
「行くぞ、北橋」
「おうっ、三浦」
なんて言って、北橋と一緒に近くの中学校に殴り込みを…………、前世の話はやめよ。過去に引きずられて生きるのは良くない。
現世だけを見つめて生きていくのだ。
試合開始まで手持無沙汰な私は、足をぶらぶらさせて待つ。そんな私に、声がかかった。
「───おや、先ほどのお客人だな」
隣に座っていた長髪美女が私に話しかける。
「レイス様のお姉様」
「ミラ殿はお一人か?」
「はい。ハワード様とユーフェミア様が参戦なさるので、私は応援です」
「なるほどなるほど。ハワードの婚約者殿はより強きものと戦い己を鍛え上げる武人のような瞳をしていたからな。参戦も納得だ」
シンディさんは、ハッハッハッと明朗に笑う。
「シンディ様はなぜこちらに? 試合に出られるのではないのですか?」
「うん? ああ、いや、私は出ないよ。組んでくれる魔術師が見つからなくてね」
「え? レイス様はこのために呼ばれたのではないのですか?」
「ああ。あいつは参戦させる」
「でしたら」
「ただし、騎士としてだ」
「え」
意外な発言に言葉がつっかえる。
「……えっと、なぜそんなことになったのでしょうか」
「うちは代々騎士の家系でな。子供は皆この学校に入ることになっているのだが、レイスだけはそれに背いたんだ。魔術を経験した騎士がいてもいいだろうとか何とか言って親を説得して。最初はそういうのも新しくていいかと見守っていたが、あいつめ、召喚術などという己では戦わない術を習得し始めたのだ」
シンディさんの声が怒りで震えだす。
「私が学生でいる間に何としてでもあいつを騎士の道に戻してみせる。───そのため、手始めにこの模擬戦で騎士として活躍させようと思ったのだ。剣を握ることの楽しさがこれでわかるはずだ」
そんな無茶苦茶な。
シンディさんは剣が好きだからそれで何とかなると思ってるのかもしれないけど、レイス君には逆効果だよ、きっと。
付き合い身近い私でもわかるっていうのに……。
でもなあ、わざわざレイス君の肩を持つ必要もないわけで。
うーん……。
「……あの、もし、万が一、レイス様が魔術師を続けると仰ったらどうなさるのですか?」
「え? そうだなあ」
ハーティーさんはその発想はなかったとばかりにきょとんとした後、
「ハワードにでも丸め込んでもらうか」
豪快に笑った。
「ハワード様は相手の意志を大事になさる方だと思うので協力はなさらないんじゃないかと……」
「そうか? でも先輩の言葉を無碍にするような奴でもないぞ」
いや、そうかもしんないけど。
ごめんハワード。変なことに巻き込んだかもしれない。先輩と友人の間で心苦しい思いをさせてしまうかも。
「それに、レイスだって友人の言葉を無視したりしないさ。───あいつは、騎士学校にしか友人がいないんだ。こっちに来るのがいいに決まってる」
ん?
弟を思い憂いた表情のシンディさんを見る。シンディさんも私を見た。
「お客人はアザンツ学園の生徒か?」
「いえ。でもユーフェミア様の付き人として学園には通っております」
「なるほど。学園でのレイスの様子はどうだ?」
「様子、ですか」
どうといわれても。
外進生と内進生で接点あんまりないし。そもそもレイス君学校にいないことが多いし。
「優秀な成績を修める明るい方だと思いますけど」
無難に答えました。嘘はついてない。
「同級生のお願いを聞いて魔物退治に精を出す心優しいところもあります」
嘘はついてないけど、誇張はしているかな。
まあ、実際レイス君は普通に接している分には問題ない人だよね。明るく気さく。
私の答えを聞いたシンディさんはいまいち納得してない表情で「そうか」とだけつぶやいた。
追及、終わり?
もっとレイス君が学園生活楽しんでるって感じで伝えておけばよかったかな。レイス君といえど、学園から去っていくのはちょっと寂しい。
あ、いや、でもこのまま学園に残られてもユーフェミア様に害を及ぼす可能性があるから、早めにどっか行ってもらった方がいいのか。
レイス君がどうしたいかは謎だけど。
「姉上、大変です! レイスがハワードや模擬戦参加者たちにノロケを聞かせろと脅しまわって手が付けられない状態です!」
何がしたいのあの人!
息を切らしながらやってきた男子生徒がシンディさんに報告をする。
私を小間使いにし、シンディさんに鉄拳制裁されたレイス君の双子の兄。彼の報告を聞いてシンディさんは、
「何をしているんだ、あのバカは!」
と、立ち上がった。
私も立ち上がった。
ハワードにノロケを強要しているなら、一緒にいるユーフェミア様にもしているということだ。見過ごすことはできない。
二人の後ろを走り、模擬戦の受付まで向かう。
ついた先で見たのは、言葉通り周囲につかみかかって恋愛話を強要しているレイス君の姿だった。
「なんかないのかよっ。寂しすぎんだよ、どいつもこいつも。これだから女日照りの学校はっ!」
明らかにレイス君より年上の生徒の胸ぐらをつかみながらそんな悪態をついている。
「やめんか、ばかものがぁっ!」
シンディさんがすかさずレイス君のに拳を振り下ろす。
「っ────」
頭をおさえながら涙目になるレイス君。
それもつかの間、次の瞬間にはケロッとした表情で私の名前を呼びやがった。
「いいところに来た、ミラッ!」
いい顔しやがって。どうせ私にとっては良くないことなんだ。
少し離れたところでハワードの後ろに隠れるユーフェミア様に目を向けると、「なんとかしなさい」と口パクでお願いされる。
さすがのユーフェミア様といえど、恋愛話を強要する同級生は訳が分からなくて相手にできませんでした。
しかたありません。
多少ではありますが、私、レイス君の奇行に耐性があります。
扱い方も、まあ、叩けば治せるんではないかと思っております。
「レイス様!」
レイス君の呼びかけに答えるように、私もレイス君の名前を呼ぶ。
「いったん、その方から手を放してください。落ち着いて話し合いましょう」
「話し合いの必要はなくなった。────ミラ、好きだ!」
「トチ狂った発言はおやめください! レイス様は興奮しているのです。頭冷やしましょう」
手を掲げ、宙に特大の氷を出現させる。
レイス君は現在、何を口走るかわからない状態にある。口と動きと思考を停止させなければいけない。
────フフッ、息の根を止めない優しさは残っているんですよ。
背筋の凍るような発言をしたレイス君に向かって、特大氷を落とす。
しかし、さすがというか、レイス君は氷を軽くいなして炎で溶かした。
レイス君がこちらに顔を向ける。
「ハハッ、痴話げんかってやつだな」
「恐ろしい発言をやめろって言ってんだよ!」
今度は直接拳をふるう。
顔をつぶす気概で放った拳は、またもや、軽くよけられる。
くそう、何とかしてでもこいつを止めなければ。
「レイス様、あなたの魂胆は丸見えです。無理やり恋愛話を作り上げ、召喚術を使おうというお考えなのでしょう」
「うん。ま、使おうっていか、もう使ったあとなんだけどね」
レイス君はちょいちょいと自分の後ろを指さした。
「────あ」
女の子がいた。
まだ就学年齢にも達してなさそうな幼女は、先ほどのユーフェミア様と同じように、レイス君の後ろに立って恐る恐るこちらを見つめている。
「は、初めまして」
あまりにじっと見てくるんで、何とか間を持たせようと挨拶をした。
「!」
幼女は慌ててレイス君の後ろに隠れる。
ええー。嫌われちゃった?
「姉さん。俺はこの子と出場する。いいだろ?」
レイス君は幼女を無理やり引っ張り、シンディさんの前に突き出す。
「ダメだ」
シンディさんはすかさずレイス君の意見を却下した。
「そのような幼子に戦わせていいと思っているのか」
あ、年齢なんだ。
てっきり召喚術で呼び出された精霊のたぐいだからかと。っていうか、この子も神様なのかな?
レイス君が口をとがらせる。
「なんでだよ。俺はこの年のころにはもう剣をとってたぞ」
「お前は騎士の家系の子なのだから当然だ。その子は違うだろう」
「でも剣術は確実に俺より強い」
「───」
シンディさんがぴくりと片眉を動かした。
「剣術? なぜその子が剣術を得意とする必要がある。必要なのは魔術だろう」
「────魔術は俺が使う」
レイス君はしっかりシンディさんの目を見て言い切った。
迷いのない、けれどわずかに恐れが見える瞳だった。
シンディさんがゆっくり口を開く。
「このばかものがぁ!」
ですよねー。
シンディさんが許すはずなんてないと思ってました。
「歯を食いしばれっ!」
シンディさんが拳を振り下ろし、
「うおっ」
レイス君がよけ、
ドゴォォォン
地面が割れる。
「……」
その場にいた騎士学園の生徒並びにコンティノー家の人以外、みんな事態が呑み込めず割れた地面へと目を向ける。
魔力はこもっていなかった。
なのに地面が割れた。
シンディさんは己の腕力のみで地面をたたき割った。
レイス君は幼女とともにスススとシンディさんから距離をとる。
「……相変わらずの馬鹿力だね」
「コンティノー家は騎士の家系。魔術なしにこれくらいできて当然だ」
レイス君とレイス君の双子のお兄さんがふいと目をそらす。その顔には「そんなわけないだろ」と書かれていた。
皆が気まずい表情を浮かべる中、小さくかわいい声が響く。
「……強い人、好き」
声の主はレイス君が召喚した幼女で、目をきららかせながらシンディさんのほうへと歩み寄っていく。
「あ、おい。ちょっと」
レイス君の制止も聞かず幼女はひしっとシンディさんにしがみつく。
「ん、私のことが気に入ったのか?」
シンディさんはまんざらでもないようで幼女の頭をなで、抱き上げる。
幼女が頬ずりをすれば、
「ははっ。かわいい子だ」
と、相好を崩す。
いいなあ、私もあんな風に懐かれたい。
幼女がシンディさんに話しかける。
「……強い人、好き。あなた、模擬戦出る?」
「いや、私は出ないよ。相方がいなくてね」
「……私、魔術も使える。一緒に出よう」
「うれしい誘いのだが、君のような小さな子に戦わせるのは好きではないな」
やっぱり年齢なんだ。
「……私、百歳超えてる。見た目より年寄り」
「そうなのか。だったら問題ないな」
あ、そういう適当な感じでも構わないんだ。
絶対子供のたわごととしてまともに取り合わないと思ったのに。
おおらかというか、ある意味純粋な人というか。
「じゃあ俺は見学だな。マスティーアを召喚するのに魔力消費で大変だし」
わざとらしい発言をレイス君がする。
「……寝言は寝て言え、小僧。私を召喚しておきながら対価も払えぬくせに。弱きものに用はない。このマスティーア、顕現する力など自分で補える」
……。
……。
い、幼気な幼女が!
唾を吐き捨てんばかりの表情でレイス君に悪態をついた。
召喚者のレイス君もこれはこれは予想していなかったのか、固まってしまった。
「こらこらご老人。あまり我が弟をいじめないでいただきたいな」
もう幼女相手にしてんだか老女相手にしてんだかわかんない口調でシンディさんが幼女をなだめる。
「……強い人、好き。あなたの言葉には従う」
主導権乗っ取られちゃってんじゃん。
レイス君に視線を向けたら、レイス君は「勘弁してくれ」と小声で泣き言を言った。
なんかわかんないけど、レイス君の相方として召喚した幼女がシンディさんとくみたがってるんだし、いっそのことレイス君は模擬戦に参加しなければいいのでは?
もともと予定していた相方魔術師さんの姿も見えないことだしさあ。
ほら、気づけ、レイス君。
参加しませんっていう千載一遇の好機だぞ。
「とりあえずマスティーアは返してよ、姉さん。組む人がいなくなる」
ああっ、気づかない。
それとも何? 戦いたいの?
「セロ殿はどうした?」
「俺より格下の魔術師に用はないって追い返した」
「馬鹿垂れが」
レイス君の頭に拳が落ちる。
地面を割るほどの拳だけど、レイス君はたんこぶ一つできただけで平気そうな顔をしていた。
レイス君の防御力がすごいのか、シンディさんが加減してくれたのか。
「だったら別の人を探さねばならぬな。お前についてくれる人間などいるだろうか」
「いないね。マスティーアは姉さんがとっちゃったし。魔術師として参加するしかないよ」
わざわざ魔術師を強調しなくても……。
レイス君はもう殴られたがってるんじゃないの?
次なるお相手を思案する姉弟を見ながら、私はそっと後ろに下がる。
一歩、また一歩。気づかれないようそっと下がる。
だってさ、今、すんごい嫌な流れだよ。
レイス君は剣士募集中、シンディさんは魔術師募集中。一見相反する要望だけど、魔術師、特に高位の魔術師を目指すものなら魔術も武術も修めてる場合が多くて、アザンツ学園ほどになると当然剣術授業があり、また入試の実技試験にも剣術体術分野が存在する。
つまり何が言いたいかっていうと、アザンツ学園の入試特訓を一緒に受けた私はレイス君の格好の的であるということ。
「まあ、姉さんがどうしてもっていうなら仲の良い魔術師に協力してもらうよ。────いいかな、ミラ?」
レイス君に腕をつかまれた。
がっしり捕まれ振りほどけそうにない。
「い、いやですね、レイス様ったら。私なんて────」
「ミラ殿は魔術学園の生徒ではないだろう。さっき聞いたぞ」
「そうですよ。私なんて単なる付き人で」
「彼女の主、ユーフェミアさんは結構優秀なんだ。優秀な主には優秀な付き人がいると、姉さんもそう思うだろ?」
「確かに」
ちょっと、シンディさん!
主は主、付き人は付き人で否定してくれてもいいんですよ!
ぐうっ、逃げたいのになんちゅう力で腕つかんでるんだ、この男は。
「しかし、ミラ殿は嫌がっているように見えるぞ」
そうですっ、さすがシンディさん。
「そんなわけないだろ。戦う前から逃げ出すなんてユーフェミアさんが失望する真似、ミラがするはずがない」
「当然です。私はユーフェミア様が喜ぶ顔が見たいのです。有象無象など蹴散らして見せましょう────ハッ!」
私、今、何と。
ユーフェミア様の軽蔑のまなざしが頭に浮かんだ瞬間、言ってはいけないことを言ってしまった気がする。
見れば、
「頼もしい言葉だ」
シンディさんが感心したように笑い、
「よろしくな、ミラ」
レイス君があっさり罠にかかった私をバカにしたように笑っている。




