30
暑い夏を乗り切るには?
回答者一人目、ユーフェミア様。
「魔術を駆使して常に一定の温度を保っておく」
回答者二人目、マオ先輩。
「冷たい水を頭から浴びる」
回答者三人目、セシル。四人目、アイリス。
「避暑地の別荘に行く。イーリの実家があるところなんだよ」
「肝試して身も心も涼しくする。良かったら一緒にどう?」
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アイリスの実家は山を越え川を渡り森を抜けた後さらにもう一度山を越えた場所にある、いわゆるど田舎だった。
隣に立つユーフェミア様は「こんなところ熊しかいないと思っていたわ。人より熊のほうが多いんじゃないかしら」と言いたげな顔をしている。
でも涼しい風が絶え間なく吹いていて夏を過ごすにはもってこいの良いところですよ。
「お待たせ」
村の入り口に立つ私たちを迎えに来たのはアイリスだった。私服でも相変わらずのおさげ。
「セシルはまだ来てないけどカギは預かってるから案内するよ」
チャラチャラと金色のカギを雑に扱うアイリスの後ろを歩きながら、私たちが宿泊する予定のセシル宅へと向かう。
道中ちらほら見かけるのは若い女性と四、五歳くらいの子供たち。
「意外ね。こういうところは若者が他所に行ってお年寄りしか残ってないと聞くけれど」
ユーフェミア様が私が思っていたこととほぼ同じ内容を口に出して言う。
村についてすぐだしあえて言わなかったけど、意外は意外。若者、子供が多いことだけじゃなくお年寄りの姿が見当たらないことも意外。
アイリスは遠回しに田舎だと言われたことに気分を害するでもなく、いつも通りの口調で説明してくれだ。
「ここはデトアール家が慈善事業の一環で拾ってきた身寄りのない子供たちのための村だから」
「村、丸ごとですか⁉」
規模でっけー。デトアール家の財力半端ないな。
「丸ごとってわけじゃないけど。うちみたいにもともとこの村に住んでた家もあるし、デトアール家の使用人が子育てでこっち来てるってのもあるし。八割くらいかな」
いや、八割なら身寄りのない子のための村といっても過言じゃないじゃん。
「ここはデトアール家に所縁のある土地なの?」
ユーフェミア様が尋ねる。
「デトアール家が別荘を建てるにしては……遠いじゃない? 本宅から」
お、ユーフェミア様が言葉を選んだ。アイリスに気を使ったんですね。でももう手遅れなので次は一手目から気を使えると素敵ですよ。
アイリスがユーフェミア様の質問に答える。
「何代か前のデトアール家当主が召喚魔術の契約相手を探してこの村までたどり着いたって話。この村、妖精が多いから」
「さすがは召喚魔術をお家芸にまで確立させるだけあるわね」
ユーフェミア様が納得したように言う。私はまったをかける。
「え、デトアール家のお家芸は空間魔術ではないんですか?」
「それも、得意分野よ」
「なんと!」
芸達者な。
「デトアール家は時代時代の一番難しいとされている術を極めて今の繁栄を築いているのよ。これからミラにも必要になる知識だから教えてあげるわ」
アザンツ学園の生徒になったときのためによそのお家事情もちゃんと覚えてたほうがいいってことだよね。
お恥ずかしながら現状ほぼ何も把握していない。
道すがら学園でも把握しておいたほうがいい生徒たちとその家柄について二人から説明を受けつつ、ようやくセシルの別荘へとたどり着く。
セシルの別荘は村の中でも一番の高台にあり、屋敷の大きさも村一番だった。
多分、ここが村長の家ですって紹介されたら信じてしまう。
っていうか、まあ実質村長みたいなものか。
アイリスは鍵を開け、ユーフェミア様へと渡した。
「もう少しすればセシルも来ると思う。それまでゆっくりくつろいでて」
空間魔術を使える男が私たちより遅いのは大いに謎だ。
ユーフェミア様がふんと鼻を鳴らす。
「主のいない屋敷でくつろいでろと言われてもね」
「それもそうか。じゃあうちに来る?」
アイリスはいつも無表情でつまらなさそうな態度をしている割に、意外と人付き合いに積極性を見せる子である。
「あら、お邪魔していいの? 申し訳ないけれど手土産の一つもないわ」
「別にいいよ、そんなの。むしろ……姉がいるからこちらが詫び料を渡さなければいけない」
あ、アイリスの表情が陰った。
「それこそ『別にいいよ、そんなの』だわ。逆にお会いしたいくらいよ」
「え、なんで……」
「夏の間各種大会出でて先輩のように他者を蹴散らす派手な戦い方をしたほうが相手の戦意喪失につながって効率良いと気付いたのよ」
「…………」
アイリスは心底嫌そうな顔をした。はたから見ればうらやましいお姉さんも実妹からすればダメってことか。
そういやアイリスの戦ってる姿ってみたことない。
弱くはないはずだよね────。
ドサッ
「!」
「魔物っ⁉」
ユーフェミア様とアイリスが瞬時に反応し、一泊置いてドンという音ともに同じ年頃の少年が降ってきた。
「……魔物?」
ユーフェミア様が尋ね、
「人だよ」
アイリスが答える。
ついでにユーフェミア様が出していた火術の弾を水術で打ち消す。
音の正体を見てなお魔術をぶつけようとするユーフェミア様は、その、警戒心と防衛力にあふれているというか、戦いすぎて人に対する容赦がなくなってしまっているのではないだろうか。
少年は女子三人にしりもちついた姿を見られたのが恥ずかしいらしく、慌てて立ち上がって服の汚れを払い落とした。
「紹介するね。あちら私の幼馴染、リチャード・クローゲン」
アイリスがリチャードの様子など意にも介さず紹介をしだした。
「リック。こちらは私の同級生のユーフェミア・レイズコットと付き人のミラ・ヴェスタ」
「は、初めまして、ミラ・ヴェスタと申します。よろしくお願いいたします」
急な出会いに何とか取り繕って挨拶をした。……んだけど、主より先にするのはまずかったかな?
や、でも、ユーフェミア様は挨拶をする素振りもみせずリチャードをじっと見てるし。
リチャードのほうもユーフェミア様を見てる。
お、おお? どうしたんだ?
お互い見つめあった後、リチャードがぱっと表情を変えた。
「久しぶり! 卒業式以来だよな。ユーフェミアがいるなんてびっくりしたよ。アイリスと仲いいの? アザンツ学園どう?」
なんだかやけに親しげな話しぶり。
「お久しぶり。急に現れるから魔物かと思ったわ。この村、あなたの実家だったのね。相変わらず元気そうで何よりよ」
特に質問には答えずユーフェミア様も挨拶をする。
卒業式以来ってことはシフォール学園時代の友人?
てっきり友人はいないものだとばかり……。
リチャードはどことなくハワードと雰囲気似てるし、押せ押せ状態でユーフェミア様と仲良くなったのかも。
いやあ、それにしても安心したよ。
唐突な出会いからの互いに一目ぼれが成立してしまったんじゃないかって不安になってしまった。
ホッと胸をなでおろす私のそばでアイリスが驚いたような声を出した。
「リックってシフォールに通ってたの?」
え、そこ?
幼馴染なのにまさかそこ聞いちゃうの?
幼等科って三年あるんだよ。たかが三年だけどされど三年だよ。お互い寮生でたまにしか合わないといっても、三年あれば普通気づくんじゃ。
もしかしてアイリスはリチャードに興味がないのかな。
「アザンツ学園に通ってるやつに、俺も魔術師目指してますなんて言えないだろ。一応男の意地があるんだよ」
「へえ」
アイリスは何考えてるかわからない顔でそれだけ言う。
こんなあっさりした態度取られたら、確かに言いにくい。
「ところでリックは何してたの?」
「セシルに頼まれて『時の鏡』の様子見に行ってたんだ。帰りに妖精にいたずらされて木から落ちたけど」
リチャードは恥ずかしそうに頬をかく。
ユーフェミア様はアイリスのほうを向いて尋ねる。
「時の鏡?」
「この奥に古い壺があって、夜に一人で覗きこむと過去や未来が見えるって言われてるの」
「へえ、楽しそうじゃない」
「明日の肝試しで行く予定だから覗いてみるといいよ。ただし」
アイリスはいったん言葉を切り、静かに告げる。
「覗きすぎると壺に住まう神に魂を持っていかれるから気を付けてね」
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参加者は、セシル、アイリス、ケイト先輩、リチャード、ユーフェミア様、私。
内容は以下の通り。
森に入りまっすぐ進むと壺が一つ置いてある。不自然に置かれたその壺は神様の根城で、常にふちいっぱいにまで水が張られている。それを筒に掬って持って帰れば合格。幽霊は出ないけど魔物は出るから気を付けて。
……多分、肝試しというより力試しだね。
普通の人なら魔物が出てくるかもしれない恐怖で十分肝が冷えるんだろうけど、このメンツじゃねえ。
最初に出発したアイリスは平気な顔で戻ってきたし、二番目のケイト先輩も爆音とともにあっさり帰ってきた。三番目のユーフェミア様を見送りながら、順番待ちをしているセシルに声をかける。
「セシル様は毎年この行事を行っているのですか?」
「そうだよ」
「この村一帯の魔物退治も兼ねてるのでしょうか?」
「違うけど、なんで?」
「いえ、私の知っている肝試しと違う気がして」
怖い要素が見つからないんだもん。
セシルはセシルで不思議そうな顔をして私を見た。
「未来が見えるんだよ。怖くない?」
「いえ、全然」
むしろわくわくする。
未来が見えて困ることなんてな────いわけじゃないけど、でも、見える理由がはっきりしていれば不気味がられることもないし、楽しいと思うんだけどな。
私が知っている未来と違ってきているのかの確認もできるし。
セシルは何が怖いんだろう。
踏み込みすぎかもしれないけど、聞いてみたい。
「セシル様は、何か訪れてほしくない未来があるのでしょうか?」
私にとっての、ユーフェミア様の末路のように。
「……」
セシルは森のほうを見ながら静かに答えた。
「僕の親戚にハゲがいるんだ」
「は?」
予想外の答えが返ってきた。
セシルはわなわなと肩を震わせる。
「ギリギリ親戚といえるくらい遠い関係だけど、僕にもハゲる要素があるってことだよ! どうする、僕が将来ハゲたら⁉」
「え、いや」
「それを考えるだけで毎年この行事はひやひやだよ!」
「で、でもそんな未来は今まで一度も見てないんですよね?」
「今のところはね! でも未来全部見たわけじゃないし、何が原因で未来が変わるかわからないんだ。去年と同じ光景を見てるはずなのに、去年とは髪の量が違うなんてことがあったりしたら、僕は、僕はっ‼」
セシルはわあっと顔を押さえる。
自分の容姿に絶対の自信をもつセシルらしいといえばらしいけど。思い切って剃るという手もあるけど、今後もこの美少女顔じゃちょっと似合わないな。
しっかし、十歳の身空で髪の心配するとは難儀な。
「あんまり考えすぎるのも抜け毛の原因といいますし、もうちょっと気楽にいきましょう」
適当に慰めてこの話題を終わらせた。
セシルのセシルによるセシルのための肝試し。
ほかの人は魔物退治が主なのかも。
雑談している間にユーフェミア様が戻ってきて、私の番となる。
「では、行ってまいります」
月明りを頼りにうっそうとした森の中を歩いていく。
多分他にも『時の鏡』を見に行く人がいるんだろうな。踏み鳴らされてしっかりした道ができてる。木が焦げてるのはさっきのケイト先輩のせいだろうけど。
魔物の気配を感じることもなく散歩気分でしばらく歩いていたら、不自然にドンと置かれた壺を発見した。
壺の後ろに道はなし。
じゃあここが目標地点で間違いないね。
筒を右手に持って、壺の中を覗き込む。
さてさてどんな未来が見えるか、な────。
「────」
女の子がいた。
常に見ていたわけじゃないけどよぉく知っている女の子。
地方の公立高校に通っていた享年十五歳の女の子。
三浦千紗都。
生前の北橋やほかの友達と、懐かしい場所を歩き、懐かしい店に入って、懐かしいものを食べ、元気に楽しく笑っている。そして懐かしい乗り物に乗って、懐かしい家に入って、言うんだ。
懐かしい家族に向けて。
『ただいま────』
バシャッ
水が波紋を広げ、映像をかき消す。
筒と一緒に手も壺の中に入れてしまったから、手も濡れた。
手を振って水滴を払い落とす。
壺の中にはもう何も映っていない。
────さて、帰りますか。
来た道を戻って、セシルと交代し、ユーフェミア様の元へ行く。
「なんだか簡単な肝試しでしたね」
「そう? なかなか怖かったわよ」
「そうですか? 魔物もケイト様の番でほぼ狩りつくしていたようですし何も問題なかったと思うのですが」
「壺があったでしょう」
ユーフェミア様が言う。
「────!」
あっ、もしかして、ユーフェミア様、自分がショウに殺される未来を見てしまったんじゃ……!
「壺から手が出て引きずり込まれそうになったわ。さすがに死ぬかと思ったわよ」
別案件。
壺の神様が魂もっていくってアイリスは言ってたけど、かなり物理的なもっていきかただった。いろんな意味で神自ら手を出すのか。
「ご無事で何よりです」
ひとまず恐れていた事態にはなってないようで一安心。
「ミラは何が見えたの?」
「私ですか? 私は────、過去のことが見えました。どうせなら未来が良かったんですけどね」
笑ってごまかす。
今更あんなものを見て、私として生きる決心が揺らいだらどうしてくれるんだ、神様。
────ああ、そういう意味では、私も怖い思いをしたかな。




