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生徒全員を把握してるわけじゃないながらもあの集団がアザンツ学園の生徒と分かったのは、ズバリ、制服を着ている人がいるから。
前世じゃ制服は冠婚葬祭なんにでも適用できる最強装備として知られてたけど、この国ではあまり一般的じゃない。まあ、制服のない学校もそれなりにあるからってのもあるんだろうけど。
制服を着ているのは二人で、一人はアイリス・オグフォーン。学校にいるとき同様長い長髪をおさげにし、黙々と料理を食していた。
もう一人はケイト・オグフォーン。アイリスの姉でアザンツ学園初等科最高学年の十五歳。
後姿を見れば姉妹と一目瞭然な二人だけど、前から見ると他人だと思われる二人。
ありていに言えば、ケイト先輩が超が付くほどの美人なんだよ。
学園ではセシルと並ぶ美少女として有名である。いや、セシルは少女じゃないけど。
カワイイ系が好き派はセシルだし、キレイ系が好き派はケイト先輩だし、学園の大多数はどっちも好き派なので特に争いもなく二人とも崇められている。
というか、『あだ名付き』を崇めない人はいないという。
ケイト先輩は数少ない『あだ名付き』のお一人なんです。
その名も『優秀な問題児』。
成績優秀であり、また問題児としても優秀という意味らしい。なんでも大好きな先輩が学園を卒業するときに大暴れして、一躍時の人となり、『あだ名付き』となったとか。
「こんにちは、お二方」
「ご無沙汰しております」
二人に挨拶をする。
「久しぶり」
「イーリの友達? 初めまして、ケイト・オグフォーンよ」
ケイト先輩は艶然と笑って挨拶をした。
そうだった。
こっちはがっつり知ってて久しぶりな気がしても向こうからはそうじゃないんだった。
アイリスがケイト先輩の袖を引っ張る。
「ユーフェミアとミラよ。セシルから聞いてるでしょ」
「ああ、惚れ薬の」
どんな伝わり方してるんだ。
「お初にお目にかかります、ユーフェミア・レイズコットと申します。ケイト様のお噂はかねがね」
「あはは。『あだ名付き』の噂なんて冗談半分みたいなとこあるからあんま本気にしないで」
ケイト先輩がからからと笑う。
ま、噂なんて大概そんなものだよね。私だっていくら何でも、好きな先輩を引き留めるためだけに生徒の約半分を人質に取り校舎に爆弾を仕掛けたなんて噂、すべてまるっと信じてるわけじゃない。
噂に尾ひれと背びれをつけて『あだ名付き』の箔を高めたんでしょ。
「二人は何か食べる? デトアール家の料理はおいしいよ」
アイリスが言う。
華奢な見た目のわりに意外と食べるな。
でもケイト先輩を見るにその栄養は偏ったところで出てきそう。
胸とか胸とか、胸とか。
「うちじゃこんなの食べられないから今のうちに、ね」
私の視線に気づき、アイリスが言い訳するように言う。
ケイト先輩も近くにあった肉料理に手を付けながら口を開いた。
「うちはこんなところにお呼ばれするような家柄じゃないのよね」
「年に一回、セシルの誕生パーティーだけだからドレスも持ってないし」
姉妹してアザンツ学園の幼等科から通ってるくせに不思議なことを言う。
「でも制服はウケがいいのよ。なんたって、卒業生が大勢いるから」
ケイト先輩がにやりと口の端を上げる。
母校の制服はついみちゃうんだろうな。全寮制だから、子供が学園の生徒って人でもしょっちゅう見られるわけじゃないだろうし。
現役学生にもいい目印になって、この場に限っては制服も正解なのかも。
制服めがけて集まってきた現役生の中には同級生もちらほら。
「レイス様はいらっしゃらないんですね」
いそうなのに見当たらない。
アイリスが乏しい表情のままコテンと首を横にする。
「用事? 連絡は取れるよ」
「いえ、用事というわけでは。ただなんとなくです」
だから通信具をしまってください。
セシル、アイリスとくれば私の中ではレイス君ってだけで、会いたいわけではない。断じてだ。
なんというか、いつも一緒の人たち感があるというか。
ユーフェミア様、ショウ、ウェンディ、みたいな。
私と北橋、みたいな。
「そういえばショウ王子もいらっしゃいませんね」
「何なの、用事?」
おう、今度はユーフェミア様が反応した。
アイリスと違って表情がはっきりしています。不満に思われてます。
慌てて弁明する。
「デトアール家ともなると王家の方を招待するんじゃないかと思ただけで深い意味はありません」
「王家からはあっち」
「王女様がおいでね」
オグフォーン姉妹が視線で当該人物を指し示す。
視線の先には護衛と来客たちに囲まれた五歳くらいの女の子がいた。「それ、私の給料何か月分?」って聞きたくなるような立派なドレスをお召しになり、緊張した面持ちながら立派に大人と会話している。さすが五歳でも王女様。
ちなみに王女様というとまだ前世の記憶がはっきりとは戻っていなかった四歳当時の私が王妃のお腹にいる段階で性別を当ててみせたという苦い思い出がある。あれはショウに異母妹がいるという漫画知識があったからだったんだなあ。
そんな、漫画にも登場していた王女様ですが、ふと合間合間にセシルの様子を気にしているように見えた。
「なるほど婚約者ね」
「⁉」
ユーフェミア様が驚きの答えを導き出した。まだ謎も発生してないうちから発揮されるその推理力にちょっと震えてしまう。
「あの、詳しく教えてください」
「学園の同級生であるショウ王子ではなく、わざわざ継承権の低い王女なのよ。今後デトアール家とどのようにかかわっていきたいか考えれば答えはおのずと出てくるわ。デトアール家の次期当主、年も近い、容姿もいい。王家の娘の相手としては申し分ないじゃない」
なるほど、確かに。
「セシルはあんまり乗り気じゃなさそうだけどね」
アイリスは大人の思惑をしっかり把握していたようだ。
「でも五歳ですよね。早くないですか?」
「あら、私がハワードと初めて会ったのもそのころよ。政略結婚に恋だの愛だのは必要ないわ。仮に必要だとしても恋愛に年は関係ないのよ」
「いいこと言うじゃない」
ケイト先輩がユーフェミア様に賛同する。
ケイト先輩はさらに続けて、
「王女がお小さいとはいえ、セシルとの差は四歳差。十分範囲内よ。応援するわ」
と後押し宣言をした。
四歳差。
そういわれると問題ないのかも。何も今すぐ結婚しろってわけでもないし、当人たちの気持ちも政略結婚と割り切れば必要ないんだろうし。
アイリスがちょいちょいとケイト先輩の袖を引っ張る。
「お姉ちゃん」
たった一言、なんだけど、怒って見えるのは私の気のせい?
表情なのにピリピリとした警戒心を感じるというか。
付き合い長くないから確実なことは分からないけども。
付き合いの長い、っていうかそれこそアイリスが生まれたときから一緒にいるだろうケイト先輩はアイリスの頭をたたいて軽くいなす。
「安心なさいって。私も場はわきまえてるから」
「約束よ」
よくわからないやり取りが行われた。
何がどうしたんだろう。
私にもユーフェミア様張りの推理力があれば────あ、あの人は!
「ユーフェミア様、私、知り合いを見かけたので挨拶をしてきます」
「私も行ったほうがいい方?」
「いえ、私個人の知り合いですので」
周囲から変に思われない速さでセシルの元へ行き、セシルへのあいさつを終えたその人に声をかける。
「お久しぶりです、エンヴァントさん」
推理力はないけど視力は良かった。
ショウ誘拐事件でお世話になったエンヴァントさんを発見しました。
そういえばセシルの親戚だったね。エンヴァントさんが来てたって知ったらマオ先輩残念がるだろうな。
「ミラ・ヴェスタだったな。久しぶり。この前にもましてかわいい恰好をしている。似合ってるよ」
紳士服を着たエンヴァントさんは言うことも紳士的だった。
「ミラはレイズコット家の同伴か?」
「はい。旦那様とお嬢様もいらしてます」
「へえ。あそこのお嬢様は病弱だからこういった場にはあまり参加しないと聞いていたが」
誰のことかな?
ちょっとキレやすくて敵を作りやすいからあまり参加できないお嬢様しから知らないですね。
「ところで、……あー、マオ・アマネはいないのか?」
ちょっ、マオ先輩、探されてますよっ!
買ったばかりの通信機をそっと取り出す。
「あの、私の通信機、相手の顔が映るやつなんです。どうぞ使ってください」
「別に会いたいわけじゃない!」
エンヴァントさんが手と首を必死で横に振る。
またまたー。ごまかさなくてもいいんですよ。マオ先輩絶対喜びますって。
エンヴァントさんはごまかすように咳ばらいを一つした。
「レイズコット家にも挨拶をしたい。お二人はどちらに?」
「旦那様はあちらに」
右手が示す先には、入れ替わり立ち代わりいろんな人と談笑してる当主様。
「お嬢様はあちらに」
左手が示す先には、アザンツ学園の生徒と交流を深めているユーフェミア様。
エンヴァントさんがより強い反応を見せたのはユーフェミア様を指し示したときだった。
「……レイズコット家のご息女はシフォール学園と聞いていたが?」
「今年からアザンツ学園の生徒になったんです」
「なるほど。では俺は当主殿のほうに挨拶するから、ご息女にはよろしくお伝えしておいてくれ」
「はあ、わかりました」
エンヴァントさんはアザンツ学園の集団から逃げるようにそそくさと背を向ける。
あからさますぎるこの態度。いったい何事か聞くこともできないまま見送る私の横を、赤いものが通り過ぎていった。
「せぇんぱい、お久しぶりです」
語尾にハートでもついていそうな甘ったるい声を出し、慣れた様子でエンヴァントさんの腕をとって豊満な胸を押し付ける美少女、ケイト先輩。
さっきまでユーフェミア様と一緒にいたはずなのに、なんて速さだ。
エンヴァントさんは頭を抱えてため息をつく。
「久しぶりだ、ケイト・オグフォーン。君はもう年ごろなんだからむやみに男に接触するのはよしたほうがいい」
露骨に嫌そうな態度をとりながらも挨拶はちゃんとするし、力に任せて振りほどくこともしない。
ケイト先輩は口の端を上げた。
「先輩、私のことついに女としてみてくれるようになったんですね」
その発言にエンヴァントさんは深い深いため息をつく。
「君の妹がすごい形相でこちらを見てるぞ」
「あら、ほんと。お姉ちゃんがいなくなるのがさみしいのかしら?」
「君が去年のように暴れだすのを警戒しているんだよ。正直、君は出禁になってると思っていた」
「もともと酔ってしつこく絡んできた男が悪いわけですし、この会場の皆様、『あだ名付き』には弱いようでさほど非難はあびませんでした。かわいい後輩のセシルがいろいろ取り計らってくれたのもあります。────それに、格好良くて頼りになる先輩も」
ケイト先輩は何の邪気も感じない純粋な笑顔を向ける。
エンヴァントさんはもう一度ため息をついた。
「……こうやって気軽に男に抱き着く姿を見たから去年のやつも君ならいけるとふんだんだぞ。君の行動にも原因があるといえる」
「とか何とか言って、いざ私が危ない目にあったらちゃんと助けてくれるんでしょ」
「当たり前だ。君は、かわいい後輩、だからな」
エンヴァントさんは軽くケイト先輩の頭をたたき、ついでに腕もするりとはがした。
ケイト先輩は叩かれたところを触りながら、かわいい後輩という言葉に少し悲しそうな笑みを浮かべる。
「先輩、ずるい……」
その言葉にエンヴァントさんは無言で答えた。
んーと……、あっ、四歳差が範囲内ってそういうこと!
この二人もそのくらいの差だよね。なるほどなるほど。
……でも、ごめんなさい。普段なら応援するんですけど、私にはマオ先輩がいるんです。先にケイト先輩に会っていればケイト先輩についたんですが、こればかりは仕方ないといいますか。最初に見たほうを応援したくなるといいますか。
「俺はレイズコットのご当主に挨拶しに行く。君は友達のところへ戻るといい」
「……はーい」
ケイト先輩は素直に返事をする。
「ああ、それと来月の君の誕生日だが仕事で祝えない。プレゼントは学園に贈る」
「ちゃんと私が欲しい物くださいよ」
「十五歳の誕生日には髪飾り、だろ。せっかく君がきれいに伸ばしてるんだ。いい物を選ばせてもらうよ」
そう言って去っていくエンヴァントさんを、ケイト先輩と一緒に見送る。
ケイト先輩は少しの間複雑そうな顔をして、、それから諦めたようにため息をついた。
「いやな奴よね、エンヴァント先輩」
「えっ」
まさかの発言にこっちが戸惑ってしまう。
「九歳のガキが言ったたわごとを律義に守ろうとしてるのよ。しかもわざわざ覚えてるわけじゃないの。記憶力がいいから頭の片隅に残ってるだけ」
「あー、それは……」
「いっそ忘れてくれてたほうがすっぱり諦められるってのに。無駄にやさしいのは害悪だっての」
ケイト先輩の雲行きがだんだん怪しくなってるような……。
美人が怒ると迫力あるな、なんて現実逃避するわけにもいかず。
ケイト先輩が暴れだす前にアイリスを呼んでくるべきか。当のアイリスはエンヴァントさんが去ったことで一安心してこっちから目を離し、新たな料理に夢中になってる。
「あの、ケイト様……」
「…………ハア。わかってるのよ無駄に期待して髪なんか伸ばしちゃってる私が愚かなだけだって」
自力で怒りを治めたケイト先輩は、再び深いため息をついた。
「ミラは九歳よね。優しい良い男に騙されないよう気をつけなさいよ」
「き、肝に銘じます」
私は、私なんかよりもケイト先輩と同じ男に引っかかっている職場の先輩のほうが心配です。




