27
つつがなく終わった終業式後、夏の予定で盛り上がる生徒たちをよそに一年三組では謎の対決が行われようとしていた。
「第一回、ミラの誕生日プレゼント争奪戦、はっじめるよー」
本当に何だこれ。
教室のど真ん前に座らされ、盛り上がる教室内をいたたまれない思いで見る。
隣に立つ美少女もどきは楽しそうに話を進めていく。
「ルールは簡単。よりミラが喜びそうな誕生日プレゼントを贈ったやつが勝ち。司会者兼採点者はこの僕、『学園の天使』ことセシル・デトアール。僕に逆らうやつは『あだ名付き』とデトアール家を敵に回すと思ってね。じゃあみんな、準備はいいかなー?」
笑顔と楽しい口調でさらりと恐ろしい脅しをかけるセシル。
周囲はウオオオオオっと雄たけびを上げて盛り上がった。
なんでこんなことになったのか。
ことの発端はすぐに帰ろうとした私に北橋が、
「三浦、誕生日おめでとー」
と言い出したことだ。
ユーフェミア様が、
「誕生日だなんて聞いてないわよ!」
と怒り、ショウが、
「おめでとう」
といい、ナタリーさんが、
「まあ、誕生日ですの! おめでとうございます。ショウ王子からもすてきなプレゼントをもらうのでしょうね。奪い合い必至ですわ。いいですか、ミラさん。絶対っ、必ずっ、何としてもっ、ショウ王子からのプレゼントを大切にするのですよっ! 本人ともそう約束するのです!」
と言い出したあたりで何かが狂って、たまたま通りかかったアイリスが、
「ああ、誕生日なんだ。じゃあこれ前に言ってた惚れ薬。誕生日おめでとう」
と素敵な贈り物をくれたことで、完全に争奪戦へと移ってしまった。生徒間のいさかいと聞いて駆け付けたセシルが悪ノリしたのも原因の一端となっている。
なお、私は誕生日ではない。
今日は私じゃなくて三浦千紗都の誕生日だ。正確に言うなら三浦千紗都も今日じゃなくて、旧海の日生まれの三浦千紗都の誕生日を当日じゃなく終業式に祝うという北橋独自の習慣なだけ。
一日二十四時間、一年十二か月。
月ごとの日数は日本とちょっと違うけど季節周期はおおむね同じだし、学校が春から始まって夏と冬に長い休みがあるのも一緒だし、「今日終業式だから祝おう」ぐらいの感覚で祝いやがったんだ、あいつは。
セシルの制服をちょいちょいとつまむ。
「セシル様。私の誕生日、今日じゃありません。この企画を今すぐ中止してください」
「え、みんな盛り上がってるよ」
「否定する隙を与えられなかったのです」
「んー、なら仕方ないね」
ホッ。良かった。
「みんなー。今日ミラ誕生日じゃないんだって。だから惚れ薬争奪戦に変えるね。存分に争えー」
なんでだよ!
取りやめにしてって言ったつもりだったんだよ、私。
くそう、惚れ薬なんて優れもの人にやってたまるか。参戦だっ!
席を離れユーフェミア様の元へ行く。
「ユーフェミア様。私の物を取り返してきますのでしばしお待ちください」
「別にいいけど。ところで本当の誕生日はいつなの?」
「朱の月八日です」
「六か月も先じゃない」
「北橋はちょっとバカなので勘弁してやってください」
そのバカは現在ショウと一緒にさっさと帰ろうとしていた。原因のくせに帰るな。引き留めてやる。
「北橋、待った!」
大きな声で呼び止めこっちに来るよう指示すると、北橋はショウを連れてしぶしぶといったていで戻ってきた。
ショウはユーフェミア様に遠慮してるのか少し離れる。ユーフェミア様もそれに気づきながら、一度視線を動かしただけで結局何も言わず無視した。内進生クラスに編入できなかったのはショウのせいではないんだけどお互い気まずいらしい。
北橋はあきれ顔で私を見る。
「なんだよ」
「惚れ薬を取り返す。協力しなさい」
「なんで俺が」
「あんたが余計なこと言ったからでしょ」
「いや違うな。俺が言わなくてもアイリス様は惚れ薬をくれてたんだし、争奪戦は始まってた。俺のせいじゃない」
「ぐぅ、屁理屈をっ……!」
「理屈だバーカ」
「いいから協力しなさいよ。あんた、幼馴染がこのまま一生彼氏なしでもいいっていうの」
「お前の恋愛事情とかみじんも興味ないし」
こいつっ、本当にどうでもいいって顔してやがる。
惚れ薬に頼らなきゃどうにもなりそうにない幼馴染になんて冷たい顔をするんだ。
私が喜ぶものをセシルが採点するという謎ルールなんだぞ。誰かに頼らなきゃやってけないっていことぐらい気づけよ。
そうこうしている間に一番手が名乗りを上げた。
「お手並み拝見ね」
ユーフェミア様が楽しそうに言う。な、何目線なんでしょうか。
一番手は一年三組の男子生徒。
男子生徒はセシルの前でひざまずき、指をパチンと鳴らして魔術で氷の造花を作り上げた。
「セシル様。これをあなたに。愛をこめて」
「零点」
速攻採点。ささげられた花束を、セシルは容赦なく炎で溶かす。
えー、私はいいと思ったけどな。花きれいだったし、わざわざ指を鳴らす演出もキザだけど似合ってたし。
セシルは腕を組んで、男子生徒にダメ出しをする。
「プレゼントを贈る相手はミラだって言ったよね。贈る相手を間違えたプレゼントに何の価値があるの?」
意外と正論だった。
男子生徒はうなだれながら帰っていき、二番手の女子生徒に代わる。
「私からはこれです」
言いながら作りあげたのは先ほどの男子生徒と同じ氷の造花。
「……ミラは花が好きなの?」
セシルが困ったようにこっちを見る。
「普通です」
「なら点数は────」
「お待ちください!」
セシルが答えを出す前に、女子生徒が声を上げた。
「確かにミラさんは花のことなどどうでもいいかもしれません」
え、どうでもいいわけでは……。
「ですがっ、この花がユーフェミア様の誕生花ときいても同じ反応でいられますか⁉」
「!」
ユーフェミア様を見る。
「ロベリア。確かに私の誕生花ね」
ユーフェミア様が答え、女子生徒は誇らしげに笑った。
「フフッ、惚れ薬を手に入れてショウ王子に使うわ。フフフフ」
笑い顔が怪しいものに変わった。
かなり有効打だったし二番手にしていきなり優勝者がでそう。
セシルは女子生徒から花束を受け取り、さらに手を加えて別の花へと変化させた。
「ミラ、これ何の花かわかる?」
「え、いえ。わかりません」
「僕の誕生花だよ」
セシルは氷の花を溶かす。
「発想は良かったんだけど、ミラが気付けないから意味がないよね。評価は五点」
女の子相手だからかさっきより優しい口調で評価を下す。女子生徒はしょぼしょぼと退場していった。
な、なんかすみません、私が草花のことに詳しくないばかりに。でも私としては優勝しなくてよかったと思っております。
一安心していると、北橋がとんと私の背中を小突いた。
「三浦も早くしないとまずいんじゃねーの」
「そ、そだね! 三番ミラ・ヴェスタ! 通信機プレゼントします」
手を挙げて高らかに宣言する。
私が選ぶ私が欲しいものだぞ。どうだ。
「現物があるほうがいいな。後から渡すなんて口約束で惚れ薬渡すのは危険だよ」
まじかよ。本人希望の物でもダメなんて。
「得点をとるコツは、ユーフェミアに関連したものでなおかつミラが判断できるものというわけか」
「さらにすぐ用意できるものとなるとかなり限られてるわね」
外進生一位と二位が小難しい顔で考え込む。
「金だな」
バカが茶々を入れる。
「北橋、まじめに考えよう」
「三浦はだいたい何やっても『わーすごーい。ありがとー』っていうじゃん」
くそ腹立つ物まねされた。そんな脳みそ空っぽみたいないい方したことないでしょ。
つうか喜ぶのはいいことじゃん。
北橋の発言でショウは何か納得したように口を開く。
「つまりミラに重点を多く必要はないということだな」
「そ。重要なのはユーフェミアサマかつセシルサマなんだよ」
「私へのプレゼントなのに……」
なんだこの疎外感。
こうしている間にも挑戦者はどんどん増え、
「人気の恋愛小説」
「お菓子専門店の食べ放題チケット」
「等身大クマのぬいぐるみ」
「王女様も愛用しているという高級宝飾店のネックレス」
などどんどん挙げられていく。
贈り物なら純粋にうれしい物ばかりなので点数もそれなりに高い。独断と偏見という割に意外としっかり採点してるんだよなあ。でも準備期間なしのすぐ用意できるものってことなので今あげられたのは普通に皆さんの私物だし、そうまでして惚れ薬が欲しいのかという気持ちになる。
まあ、欲しい。
やばいなー。今すぐ私が贈れるものなんてないよ。またアイリスに頼んで作ってもらるかな。
って、最初からあきらめちゃいかんだろ。
「どうすればいいでしょうか」
三人にすがる。
北橋がガシガシと頭をかいた。
「っつてもなー。俺、お前に昼飯おごるくらいしか誕生日祝ってないし」
「もっとしっかり祝わせとけばよかった」
北橋の彼女に遠慮してたのが今更になって悔やまれる。祝ってやるって言われてんだから気なんて遣わず上等なもん買わせとけばよかったんだ。
もしかして私に足りないのはかわいくおねだりする技術なのか。
だったら────。
「ユーフェミア様、ショウ王子、何かいい案はないでしょうか」
かわいく、かわいく。
って、私なんかが上目遣いしたところで効果なしなんだけどね。恥ずかしー。北橋もドン引きしてるしやめよう。
目線を元に戻す。
ショウは口元に手を当ててから、ユーフェミア様を見た。
「手がないわけじゃない。────俺がミラに贈り物していいのか」
「……背に腹は代えられません。ミラがどうしても惚れ薬を取り返したいというのなら認めましょう。ただしっ、薬を使う相手が未定だということ肝に銘じておいてくださいね!」
お、おお、何かよくわからんけど、話がまとまったようだ。
さっきからセシルの採点を分析していたしきっと勝算があるはず。
「ミラ、こっちに」
「へ?」
ショウに手を引かれ二人でセシルの前に立つ。
「ミラはナーリアの花は知ってるか?」
「あ、はい。アズリの里に咲く花ですよね」
「ああ。俺の母親の故郷の花だ」
言いながら、ショウは自身がつけていたネックレスを外した。
私も知らなかったけど、制服の下に入れ込んで普段から持ち歩いていたようだ。さらに驚くことに、ネックレスについた青い宝石はナーリアの花を形作っていた。
青いナーリア。これだけでテンション上がっちゃう。
ショウはそのネックレスを私の首にかける。
おお……、急に手が伸びてきたもんだから一瞬ドキッとしてしまったよ。
「ナーリアは神域、神が住まう場所に咲く花で、枯れない花とも呼ばれている。花言葉は『神に誓う永遠』」
植物に詳しくない私のために説明をしてくれ、宝石を包み込むように手にとって、
「代々受け継がれる秘宝だ」
私の額に口づけをした。
「────ミラ、大切にしろよ」
ショウの手から離れた宝石のナーリアが、私の胸で躍る。
「…………」
どっ、えっ、ハアッ、な、なななななに、何が、えっ、はあっ!
こ、これどうすればっ!
今の何がっ!
私はどう受け取ればっ⁉
やばいやばい、混乱してる、ショウが格好良かったという記憶しかない、じゃなくて、ええと、そうだ北橋を見てこの混乱をおさめよう────。
「うはー、やるね王子様。惚れ薬いらない展開に落とし込んじゃったよ」
セシルに邪魔されたー。
っていうか、惚れ薬いらない、ってあのそのつまりそういうこと?
「ミラ喜んでるみたいだし、本人使う演出は良かったと思うな」
……えん、しゅつ?
そ、そっか、演出か。そうだよね。
焦ったー。
いやー、すぐ思いつくなんて本当にすごいなー。
これなら一位間違いなしだしありがたいなー。ショウには頭上がらんよー。
演出、演出ー。
だから、静まれ心臓!
これは嘘なんだから顔赤くしちゃダメなんだって!
「んー、このままだとショウ王子に決定なんだけど、ユーフェミアは何かする?」
セシルがユーフェミア様に問いかける。
ユーフェミア様は私を見た後、深いため息をついた。え、もしかして嘘に騙される馬鹿な女だって呆れられてるんじゃ……。
「いいわ。私も参加してあげる」
ユーフェミア様とショウが場所を入れ替わる。
私もこの場を退いたほうがいいかな。
「ミラはそこに居なさい」
「はい」
指示に従って場にとどまる。
「聞いておきたいのだけど、この惚れ薬はどんな使用方法なの?」
「どんな……?」
詳しい説明を聞く前に争奪戦が始まったから知らない。
「説明してあげてイーリ」
「はいはい」
セシルの命令に、ずっと教室の隅で傍観していたアイリスがうなずいた。
「今回用意したのは液体タイプで、飲んだ後最初に見た人を好きになる効果がある。飲ませた相手は関係ないってところに注意してほしいかな。作用時間は一時間ほど。好きな人に甘えたくなる催眠効果と思ったことを正直に言う自白効果が含まれてる」
「ふーん。もう少し詳しく見てもいいかしら」
「いいよ」
アイリスの態度からは絶対の自信を感じる。
ユーフェミア様は受け取った小瓶をしげしげと眺めた。
「無色透明なのね」
「飲ませるときにばれたら元も子もないから」
「それもそうね」
ユーフェミア様は「ふむふむ」とうなずき、小瓶の蓋を開けて手で仰いでにおいを確かめ、飲みだした。
「ユーフェミア様!」
まさかの行動に目をむく。
勢いよく飲む姿にだれも止められない。
群衆が見守る中、惚れ薬を飲み干したユーフェミア様はカッと目を見開き私を見た。
「ユ、ユーフェミア、様……?」
「ミラッ!」
「はいっ!」
ユーフェミア様に名前を呼ばれて、即座に姿勢を正す。
「ミラ」
「はい」
「ミラ」
「はい」
「ミラ」
え、なんなんだろ。
不安になってユーフェミア様の顔を見ると、ユーフェミア様はふにゃりと相好を崩した。
「えへへ~、呼んだだけ~」
え、えええええええ。
何これ超かわいい。
ユーフェミア様が私に抱き着く。
「ミラってばショウ王子にあっさり気を取られるんだもん。ミラは私のなのに」
なんかすごい可愛いこと言ってる。
「気を取られるだなんて、そんな。私はユーフェミア様一筋ですよ」
「本当?」
「本当です」
「えへへ、私もミラ大好き」
ちょっ、聞きました⁉
大好きですってよ!
両想いじゃないですか‼
ユーフェミア様は私に抱き着いたままショウのほうに視線を向ける。
「ミラは私一筋ですってよ」
「あ、ああ……」
「かわいそうだからミラと仲良くするの許してあげるわ」
「お、おお……」
いつもと違うユーフェミア様にショウはとても戸惑っていた。
「ユーフェミア。お前、正気に戻ったとき後悔するんじゃないか、いろいろと」
なんて、純粋に心配するほど。
ユーフェミア様はフンと鼻を鳴らす。
「いらない心配よ。私はあなたのこと嫌いだけどやむを得ない理由にまであたりちらすほど馬鹿じゃないわ。とうか頭いいのよ。私を見るたびに気を使ってくるの本当鬱陶しい。だから仲直りしてあげる。仲良くなんてないけどね。意地悪してごめんなさい。これからもよろしく。私に感謝するといーわ」
自白効果の影響か思いついたことそのまま口にしてしまってる。
目もトロンとしてるし呂律も回ってないし大丈夫なのか、これ。かわいいからみ方する酔っ払いみたいだ。
背中をポンポンと叩いてやるとユーフェミア様は幸せそうに笑った。
私も幸せ気分だ。
お互いに笑いあう。
「あー……、お取込み中申し訳ないんだけど、結局ユーフェミアのプレゼントは何なの?」
採点者として、セシルが仕事をする。
優勝賞品がなくなったから一応の確認程度なんだろうけど。
ユーフェミア様はふらふらと私から離れ、はにかむような笑顔を浮かべた。
「プレゼントは素直な私、なんて……ダメ?」
「百点満点です、ユーフェミア様」
名実ともに惚れ薬はユーフェミア様の物となった。




