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『花咲く国のティナ』 全二十三巻
「どうしたらまた会える?」「君が立派な魔術師になったら」
十年前の約束を胸に、魔術師学校の名門アザンツ学園の扉をたたいたティナ。
だけど、やっと再開した思い出の彼から出たのは「お前なんて知らない」という言葉で────!
剣と魔法のファンタジー大河、開幕。
通称『花ティナ』。累計百万部越えの人気作。未アニメ化。
これが前世の私が読んでいたマンガです。この世界の預言書なんじゃないかってほど類似点が多い。
前世の世界にはこの国にはないものもたくさんあったようだし、違う世界の未来を見る道具があってもおかしくないし、もしかしたら……。
いや、待って、そうではなくて、もしかしたら『花ティナ』の作者はもともとこの世界の人で何らかの事情であっちの世界に行って実際に起きたことを創作として発表したんじゃ……。
そして私は選ばれし者として、この世界の未来を変えるために前世の記憶を持って生まれたんじゃ……!
って、なわけないか。
ハッピーエンドで終わった作品の未来を変えるって、そんな。
ユーフェミア様の生存ルートを確保するので精一杯でしょ。
それに深く考えすぎるとタイムパラドックスやら何やらで頭痛くなりそうだし、お気軽にいこう。
お気軽に重くショウのことを考えよう。
えっと、ショウがユーフェミア様を殺めた流れは、
一、もともとユーフェミアはうざい存在だった
二、ユーフェミアが搾取するせいで領民が貧困にあえいでいた
三、主人公がそれを是正しようとするもユーフェミアが邪魔をする
四、ユーフェミアは現在進行形でうざい存在である
五、ユーフェミアが主人公を殺そうとする
六、それをショウが止めようとしてユーフェミアを殺す
というものなんだけど、うん、ユーフェミア様が悪い。
あーもう、ユーフェミア様、本当もう……。
少しでも生存確率を上げるため、周囲からのユーフェミア様に対する好感度を上げておかねば。
明日から。
いやいや、今日は無理だって。
ユーフェミア様をどうこうの前に、まずは私がユーフェミア様にしっかり認識してもらわないといけないし。
それに全く何もしないわけじゃない。
ユーフェミア様の様子を見て、今後の対策を考えるのだ。
というわけで、現在お庭に出ている三人を見下ろすのにちょうどいい部屋に潜入しています。
本館四階の部屋なんだけど、誰もいないし大丈夫でしょ。
窓の外を見ると、ユーフェミア様とハワードが冬に咲く花々を一緒に眺めていて、ショウは少し離れた場所でつまらなさそうに腕を組んで眺めていた。つまらないというよりもしかしたら寒いのかも。
そうだよね、寒いよね。
この間まで休みなくずっとその寒さを体感していた私にはその気持ちがよぉくわかるよ。
ここからじゃ三人の会話は聞こえないけど、表情を見る限り雰囲気はそんな険悪な感じではない。でも、もっとちゃんと知りたい。読唇術が使えないかと、窓にへばりついて目を凝らす。
「!」
っぶな。
ショウが首を少し動かしたので、慌ててカーテンの陰に隠れた。
同じ間違いをしてたまるもんですか。
外から姿が見えないようこそこそと部屋の外まで出て、今度は隣の部屋に入りまた三人を観察する。
と、ショウはまたもや目ざとく私がいる部屋へと視線を移した。
まあ、ちゃんと隠れられたんで問題ないんですけど。
どうしようかな。また部屋を変えようかな。今度はただ隣に移るだけじゃなくて三階からにしてみようかな。────と、見せかけてここからまた覗きます!
ってあれ?
なんか場所移動してる?
ショウが歩く後ろをハワードとユーフェミア様が慌てて追いかけている。
何してるんだ────って、あ、なんかショウがこっち見た。何か確認してる。これってもしかして、部屋まで来ようとしてません?
え、マジですか?
…………。
……。
なんてこった、隠れなきゃ!
急いで部屋から出て、廊下を走る。
どこだ。どこがいい?
とりあえず四階はまずいな。なら、三階にある私にあてがわれた部屋か。いや、だめだ。本館という時点で危ない。そうだ、東館だ。東館に行って、部屋を探そう。なんか人が入ってこなさそうで、ごちゃごちゃ物が置いてある部屋を希望します。
屋敷のことなんて全然把握してないけど、頑張れ私!
猛スピードで東館に走り、手当たり次第に扉を開け、部屋を探す。
ここはダメ。
ここも不安。
四階にいい場所はなかった。三階も同様。階段を駆け下り、二階についてすぐの部屋をの扉を開ける。
そして、
「あ」
ぽつりと声が漏れた。
今まで開けた部屋とは違い、埃被った掃除の行き届いてない部屋。古い甲冑やら、ガタのきた棚やら不良品を手当たり次第に詰め込んだ感満載の部屋。隅には蜘蛛の巣まである部屋。
つまり、私の希望通りの部屋ってわけだ。
よっし、ここだ!
一も二もなく部屋に入り扉を閉める。
ふぅ。
しばらくここでおとなしくして、頃合いを見て出ればいいかな。時計と暇つぶし道具がないのは残念だけど、しょうがない。
本館の四階を探してるだろうショウが、東館の二階の物置部屋に来るとは思えないし気楽なもんだ。
なんか面白そうなものはないか探してみよう。
カーテンの隙間から差し込むわずかな光を頼りに物色を始める。
ちょっと物に触れるごとに埃が舞う部屋を歩き、手始めに甲冑の近くに立つ。これが動いたら面白いんだけど、魔術もなしにそれは無理か。
せっかく魔術が使える世界に来たんだから、私も派手なの使ってみたい。
マンガの中のミラが使ってたのは、確か回復術だったはず。それもあまり強力ではないもの。かすり傷は治せても骨折は無理とか。間違っても死者蘇生は無理。
一瞬、ユーフェミア様が死んでも甦らせればいいんじゃないとか思ってしまったけど、かなり冒涜的な考えだ。自分が生まれ変わりを果たしたからって命を軽く考えちゃだめだ。
でも術の練習は役に立つよね。
あと剣も。
やり過ごしてる間暇だし、素振りでもしようかな。
「ちょっとお借りしまーす」
甲冑が持ってる剣をとる。
溶接されてるかもと思ったけど、普通に取れた。古いから?
軽くほこりを払って、剣をブンと振り下ろす。
「重っ」
思わず声が出るくらい重い。
本物じゃないから切れないけど、これで頭殴られたら痛いじゃすまないよ。記憶とか飛んじゃったりして。
九歳の細腕にはなかなか酷な重さなんだけど、やることもないしそのまま素振りを続ける。
フンッ、フンッと降り続けて、ようやく十回に達したあたりで、部屋の外から足音が聞こえた気がして息をひそめる。
メイドさん?
にしては、バタバタとせわしない感じだ。
偽物の剣を持ったままドアに張り付き、外の様子をうかがう。
足音は、一人、二人、三人。
「急に────たん────」
「────走るのは────で」
「──さい。このあたり────────はずだ」
聞こえるのは子供の高い声。
う、う、うわああ。
来たよ、来ちゃったよ!
なんでぇ!
みんなに聞こえるんじゃないかというくらい心臓が激しく鼓動を打つ。焦りと緊張で呼吸も荒くなる。
ダメだ、とにかく落ち着かないと。
音が漏れないよう小さく息を吸って吐いて、吸って吐いて、吸って吐いて────、
ギィイ
扉が開いて、中に光が入り込んだ。
終わった。
もう逃れられない。
きっと私はこの後、屋敷の主人のもとに連れていかれ、第二王子をこそこそ覗いていた不届き物として怒鳴られ追い出されるんだ。ユーフェミア様は不届き物を家に招いたバカ娘として叱られ人間不信になってしまうんだ。そして破滅の道へ。
ああ、ごめんなさい、ユーフェミア様。
拾ってもらった恩を返したかったのに、こんなことになるなんて。
悪いのは私だけなんです。どうかお優しい心を忘れないでください。
ユーフェミア様に害が及ばないための言い訳をあれこれ考えてみるけれど、どうしたことか一向に私が捕まる気配がしない。ショウは扉を開けたまま、中には入ってこないようだ。
扉は内開きで幸い私は扉の陰に隠れているので、見つかってない。
でも扉一枚隔てただけの空間というのは、かなり緊張する。
呼吸音一つたてられない。
「そこは単なる物置ですわ。そこに誰かいるわけないでしょう」
ユーフェミア様のあきれた声がする。
「うわっ、埃っぽいね」
続いて別の声。多分ハワード。
「この部屋は亡きお母様が集めた物が置いてあるんです。お母様の死後ここには誰も入りませんわ」
「あ、ごめん。埃っぽいなんて言っちゃって」
「別に。埃だらけなのは本当よ。私もここ近づきたくないの。物なんてあっても邪魔だし掃除もできないんだから捨てちゃえばいいのに」
亡き母との思い出など興味ないと言わんばかりの口調でユーフェミア様が言う。
ハワードは「あはは」とあいまいに笑ってごまかした。
「さあ行きますわよ、ショウ王子」
「……」
「────ハア。まったくなんですの、さっきから。そこには誰もいないと言ってるでしょう」
「……本当か?」
「当たり前です。いるとしたらお母様くらいだわ。死んだ人の物なんていつまでも置いているから魂がとどまってしまうのよ。噂に便乗してメイドたちがお母様の姿を見たとか言ってここを掃除しない言い訳をするのよ、腹立たしい」
え、うそ。ここ幽霊出るの?
初耳の情報に、ちょっと血の気が引く。
「幽霊……」
ショウはユーフェミア様の言葉に何か心当たりがあるような声音で返答する。その心当たりは私なんだろうけど。
「この屋敷に来てから、この世のものとは思えない気配を感じる。幽霊のせいか」
「はあ? 知りませんわよ、そんなこと」
「ショウ。ちょっと疲れてるんじゃないか?」
「いや。その気配を追ってここまで来たんだ。絶対何かいる」
うぇぇ、この男そんなところまで感知できるの?
ちょっと人の気配に敏感過ぎない?
だいたい私は前世の記憶があるだけで、生まれも育ちもこっちの世界のちゃんと生きてる人間だっていうの。
「そこまで言うなら中に入って確認なさればいいじゃない」
ちょ、ちょっとユーフェミア様⁉
自ら破滅に進むような助言はおやめください。
焦る私をよそに、だけどショウは入ってこない。
「どうしたの、入ったらいかがですか?」
第二王子を相手にユーフェミア様は強気だ。
「さあ早く、今すぐに、何をぐずぐずしていらっしゃるのですか」
その口調は完全にいじめっ子のそれ。
ショウが部屋に入るのをためらっているのをわかっていて、嬉々とした意地の悪い声でまくしたてる。
原作のユーフェミアもこんな感じ。
ユーフェミア様は昔からユーフェミア様だ。
「まさか幽霊が怖いなんておっしゃるんじゃないでしょうね」
「ユーフェミア、言いすぎだよ。埃が気になってるだけだ。僕だってためらうよ」
オホホホホと高笑いするユーフェミアを、ハワードがそっとたしなめる。
まあ、生まれも育ちも高貴な方たちに掃除されていない部屋は無理か。ユーフェミア様も今はショウをバカにして笑ってるけど、部屋に巣を張ってる蜘蛛をみたら悲鳴を上げて逃げ出すと思う。
「………………………………戻るぞ」
ショウは逡巡し、結果部屋に入ることなく扉を閉めた。
またまた扉に張り付き外の様子を確認する。
だんだん小さくなる会話と足音。
完全に聞こえなくなったところで、グッと手を握ってガッツポーズをとった。
よしよしよし。これでよしっ!
別に汗はかいてないけど、フーっと息を吐きながら額をぬぐう。心は汗かきまくりだから。
もう今日は余計な事せず、この部屋にとどまっときますかね。
素振りの練習してたら、彼らが帰るまでの時間つぶしにはなるでしょ。
気持ちが軽くなったのを感じながら、偽物の剣を振り下ろす。
フンッ
フンッ
フンッ
ギィイ
ゴンッ
バタン
……。
…………。
────!
や、や、や、や、や、やっちゃった!
ヤバイやっちゃったよ!
ショウを殴って気絶させてしまった!




