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やってきました、二泊三日の宿泊学習。
付き人はもちろん見学のみです。
宿泊所につくなり北橋が、
「自然の家的なのじゃなくて、ホテル⁉」
と驚き、広間に入った後も、
「椅子⁉ 体操座りじゃねーの⁉」
と、口をあんぐりさせてたけど、国一番の魔術師育成学校だぞ、地方の公立学校と一緒にするなよ。
生徒のほとんどが貴族、富豪の子息令嬢たち。地べたに座らせるわけないでしょ。部屋だって相部屋や大部屋に雑魚寝とかじゃなくて一人一部屋きっちり用意されてます。
ただ私も想定外なことがあって、この宿泊学習、自由時間がすごく多い。
さすがに山登ったり軍隊のような集団行動訓練させられたりはないと思ってたけど、初日の初っ端から「夕飯までには戻ってくるように。はい、解散」はびっくりした。
これじゃ学校あげての小旅行だよ。
……魔物が湧き出る土地に小旅行は魔術師学校っぽいなって思うけど。
ここハイルゲンはアザンツ学園からそう遠くない場所にあり、国から危険区域に指定されている土地である。
国家指定とはいっても危険度は一番下の準三級。ワラワラポコポコ際限なく魔物が湧いて出るから国家指定になってるけど、魔物の強さは一般人でも叩いてつぶせる程度でしかない。ま、虫みたいなもんだ。
数がこなせて危険度低めということで、アザンツ学園のように校外学習の行き先としてハイルゲンを選択する学校は多い。ハイルゲンの人たちも学生相手の商売で生計を立てている。若人向けのお店や遊び場がたくさん。
これじゃあ、まだ魔術のさわりくらいしか習ってない外進生たちは遊びに来てるようなものである。
幼等科でそれなりに魔術を学んできた内進生たちは、
「一番多く魔物を倒した奴が優勝。一番になったやつは『天使』に褒めてもらえる」
とかやってたので、まあこっちも遊びに来てるようなもんだ。
私もユーフェミア様と遊びに行きたかった。あくまで学習時間なので付き人は宿泊所で待機してないといけないのがつらい。
仕方ないから北橋で我慢しよう。
「ちょっと探検してくる」と広間から出ていったきり戻ってこない北橋を探して宿泊所内をうろつきまわる。
なんだかんだ言ってもここは宿泊施設なんだから「広い、大きい、部屋がたくさんある」くらいの感想しかないだろうに。どこほっつきまわってんだか、まったく。
少しためらいつつも男子の部屋になってる三階以上も見てまわる。
少し歩いたところで北橋を発見した。
北橋は部屋のドアに耳をつけてへばりついていた。
「……何してんの」
「ここ、セシル・デトアールの部屋なんだ」
「ひえっ……」
九歳男子の部屋を盗聴とか。
治安維持署に通報しなきゃ。
こんなことなら通信機買っておけばよかった。
「北橋、自首しよう」
「何の話だよ。それよりお前も聞けって」
「犯罪に巻き込まれるのはちょっと……」
「だから何の話────」
「何してるの」
「!」
見つかってしまった。よりにもよって部屋の主に。
バイバイ北橋。私はお前を売って生き延びるとするよ。
「セシル様。実はこの北橋めがセシル様の部屋を────って、あれ、なぜこちらに?」
部屋の中にいるんじゃないの?
じゃあ北橋は何を聞こうとしてたの?
誰もいない部屋を盗聴とかだいぶ狂気を感じる。
「僕は忘れ物を取りに来たんだけど、もう一度聞くよ。二人は何してるの」
あ、セシルさん、すんごい不機嫌。
北橋はドアから耳を話してセシルに向かい合う。
「部屋の中に誰か入って行くところを見かけたんですけど、心当たりはありますか?」
「誰か?」
「三十代くらいの男女二人です」
北橋の返答をきいてセシルの表情がさらに険しくなる。
セシルはツカツカこちらに向かって歩き出し、失態に肩をすくめる私たちを押しけて勢いよくドアを開け放った。
「なっ!」
中から声が漏れる。
セシルがためらいもなく入って行くので、私たちも後を追った。
「何してるの」
怒気をはらんだ威圧的な声。
セシルにこんな声が出せるのかとちょっと驚いた。
部屋の中には北橋の言った通り男女二人がいて、セシルの荷物を漁っているところだった。
「これはこれは、セシル様。お久しぶりでございますなあ」
この状況下で男は紳士然とあいさつをする。
「もう一度聞くよ。ここで何してるの?」
セシルは後ろ手を組みながら同じ質問をする。まるで必要なこと以外喋るなと言っているようだ。
男たちは、それでも冷静さを失っていないセシルにまだ交渉の余地があると思っているよだけど、後ろにいる私たちはセシルが自身の背に隠すようにいくつもの火の玉を出し続けるのが見えているので、もう駄目なのだと悟った。
男たちに残された道はただ一つ、大人しく投降することだけである。
男は笑って言う。
「セシル様がお持ちのデトアールの至宝をいただきたいと思いま」
「はい、交渉決裂」
男が言い終わるよりも早くセシルは男に火の玉をぶつけた。
遠慮のない攻撃に男は最低限の防御術を施すことしかできず、そのまま倒れる。いや、あの速さでとっさに防御して気絶で済んでるんだから男の人はきっとなかなかの魔術師なんだと思うよ。
それを上回るセシルがすごいだけで。
「じゃあ次の質問。これはだれの指示?」
セシル、今度は隠しもせずあえて火の玉を見せつけることで女を脅す。
女は「ヒッ」と悲鳴を上げるも、覚悟を決めたように叫んだ。
「誰の指示でもないわ、私たちの意思よ! 本来なら私の夫や息子が後を継ぐべきなのにお前が不正な手を使って当主になろうとしているから私たち自ら手を下してやるのよ!」
女もいっぱしの魔術師だったようで髪を振り乱し、雷の刀を握りながらセシルに襲い掛かってきた。
「危なっ────」
「いい、僕がやる」
セシルを守ろうと動き出した私たちを制止し、セシルが一歩前に出る。
女はもう目の前。
刀を振り下ろす女に、セシルはゆっくり手を伸ばし、
パンッ
と、女を消した。
今までいた人が急にいなくなってしまった。
空間魔術。
エンヴァントさんが城で私たちを助けるために空間魔術を使って現れたけど、今のはその逆で相手を飛ばしたということだ。
セシルは男もどこかへ飛ばし、きわめて普通に、いつも通りあざとかわいく、
「二人は彼らを見張っててくれたんだね。疑っちゃった、ごめんごめん」
と笑った。
「彼らをどこへ飛ばしたんですか?」
「治安維持署員してる親戚のとこ」
「あ、もしかしてエンヴァントさんですか」
「エンヴァントのこと、知ってるの⁉」
セシルが驚く。
「とある事件でお世話になりました」
「あのっ、実は俺、エンヴァントさんからセシル様のこと聞いてました。セシル様は空間魔術が得意なんですよね!」
北橋がここぞとばかりに話に割って入る。
「アハハ、照れるなあ。空間魔術はデトアール家のお家芸だからねえ」
すごい、謙遜してるようで一切してない。
自信あるんだろうなあ。
「それでお聞きしたいんですけど、セシル様は違う世界に行けるほどの空間魔術を使えますか」
直球勝負。
この世界から次元を超えて私たちが元居た世界に行き、人の命を奪った犯人を捕まえるため、今のうちから空間魔術の使い手と接触したいというのは分かるけどこうも馬鹿正直に聞いて大丈夫なのかな。もしかしたらこれが原因でセシルが異世界に興味持って犯人になっちゃう可能性もあるわけでしょ。
セシルは北橋の言葉にきょとんとした表情を浮かべる。
「違う世界?」
「そうです。俺はもとはこことは違う世界にいて、その世界は火をつけたりとか空を飛べたりとか科学の力でいろいろできるかわりに魔術はなくて、えっとセシル様はそういった根本から違う世界に空間魔術で行けますか?」
「んー……? よくわかんないんだけど、それは死後とか神様の世界なんかとは違うの?」
「違います。魔物はいないんですけど、でもこの世界と一緒で生き物が生まれてから死ぬまでの間すごす世界なんで、死後ではないです。神様も別にいます」
「君がそう思ってるだけで、君の世界は僕らの死後の世界なのかもよ」
「そ、……れを言われるとよくわかんなくなるっていうか、や、でも世界線の管理人はここと俺らの世界は全然別モノって言ってたんで違うんじゃないかと。────で、行けるんですか、行けないんですか!」
「行けないよ」
あっさり、単純に、当然のことのようにセシルは答えた。
「キタハシ・ソウタ。世界線がどうのという君の話はよくわかんなかったけど、それはおそらく神の領域だ。僕ら人間にはきっと許されてない」
セシルは続ける。
「魔術は魔物に対抗する手段として神が人に授けし人知を超えた術。だから信仰する神が違う国に行けば魔術は使えないし、神が許さなければ術が発動しないことだってある。────君たちはその年で付き人してるぐらいだからまともに学校に行ってないんだろうけど、この国の人間なら歴史の時間に習うことなんだよ」
私は少しだけだけど幼年学校に通ってたから、この国の歴史が神と共存していた時代まで遡ることくらいは知っている。
いろいろあって神様が人前に姿を現すことはほとんどなくなってしまったけど、魔術は使えるし、魔術を使って呼び出すことはできる。
「で、ここまで言ったんだからちゃんと全部説明してくれるんだろうね」
「もちろんです。セシル様には協力者になってほしいですから」
北橋は、この世界に来るに至った経緯やこれからすべきことなど全てセシルに明かす。
途中、私も戻るような説明をしたのでそこはしっかり訂正した。まだ納得してなかったんか。
すべて聞き終わったセシルは、
「どうする、今の話を聞いたことで僕が世界線を超えるほどの術を使えるようになって六年後の君たちを殺しに行ってしまったら?」
楽しそうに笑った。
恐れていたことが起きてしまった。
北橋はこの世界の異物で、どんな影響を与えるか分かったものじゃない。現にショウだって、主人公に会うまで笑わない暗い奴だったはずが、北橋といると少しだけど笑うこともある。未来が変わっちゃうんだ。
北橋がセシルの問いに答える。
「その時はあなたを捕まえます。もし違う人が犯人だったら、あなたが見過ごしておくわけないので共同して捕まえます。俺はあなた一人の動向に気を使っていればいいんです」
「うわあ、すごい褒められよう。僕は何でもかんでも見通す魔術師じゃないんだよ」
「でもこの学園の生徒なら牛耳れるし、空間魔術なんて使い手の少ない魔術のことはすぐ耳に入れることができるはずです」
「……そうだね。空間魔術師は僕たちデトアール家が管理しているといってもいいぐらいだ」
言いながら、セシルはカバンに入っていた黒く平べったい石を取り出す。
「知ってる? デトアール家の当主になるには空間魔術を覚えてることが必須なんだ。さっきのやつらが言ってたみたいに、うち今ちょっと後継問題でごたごたしててさ、うるさいから僕が最強の空間魔術師になって黙らせようと思ってるんだよね。だから僕より強い奴なんて許せないんだ」
セシルが石を投げてよこした。北橋はパシッと受け取る。
「いいよ、協力してあげる」
「ありがとうございます」
内進生側にセシル、外進生側にショウ。北橋が着々と最強の札を手に入れていってる。本気で勇者になるつもりだ。
セシルはもう一つ同じような意思をカバンから取り出して、私に投げてきた。
「あの、これは……?」
受け取りつつ、セシルに尋ねる。
「デトアール家の後継者のみが持つことのできる至宝」
「!」
「の模造品」
「⁉」
えっと、つまり……? そんなものを渡してどうしろと……?
「今のところ空間魔術が使えて直系の僕が次の当主ってことになってるけど、反対する奴も多くてさ。僕からコレを奪えたら候補交代って条件を付けたの」
「七面倒くさいですね」
「それで、なぜ私たちまで……?」
「万一にもとられたくないからいろんな人に渡して守らせてるの。本物はどこか当ててみよう、ってね」
うおっ、他所のお家問題に巻き込まれてしまった。
きっと北橋に協力する代わりに北橋も協力してね、ってやつだ。私、関係ないやつだ。
「でもこういうのって、結局本人が本物持ってるってやつですよね」
「まっさかあ。そんなあからさまなことはしないよ。ミラが持ってるのが本物」
「ええっ!」
「うっかり本物忘れちゃって、ほんと焦ったよ」
取りに来た忘れ物ってコレ⁉
じゃあさっきは本当にやばっかったんじゃん。
こんな危険な物私に託すなよお。レイス君とかアイリスとかに渡してよお。
「北橋、交換」
「おう」
パッパッと入れ替える。
「あっ、そんなことされたら本物どこ行ったか僕がわからなくなるから困る!」
私も困る!
「やはり私ではなく誰か別の方がいいかと」
「なるべく人との接触が少なそうな、地味で目立たないその他大勢みたいな人がいいんだよね」
おい。
「三浦だ……!」
おいっ!
そんな風に言われると俄然協力する気が失せる。
「イーリでもよかったんだけど、お願いは二個以上同時に受け付けたくないっていうんだもん」
イー……? ああ、アイリスか。セシル独自の愛称かな。よく考えれば六歳からの幼馴染になるんだろうし、仲いいんだ。
「この合宿期間中だけでいいから」
「でも自信が……」
「そんなしょっちゅうは襲われないって。借りは返すしさ」
『あだ名付き』に貸し。結構いい条件な気がするけど。
……乗りかかった船だ。引き受けてみるか。




