19
放課後集められたのは、校内にある特別会議室。
机をくっつけて三三に分かれて向かい合う。私と北橋はそれぞれユーフェミア様とショウの後ろに椅子を持ってきて座った。付き人は私たち以外にいない。
もっと春の柔らかな日差し差し込むサロンでお菓子食べながらとかなのかと思ったけど、椅子と机はどの教室にも置いてある物を使っているし、こういうところ意外と普通だ。お菓子はないけど紅茶はある。
先生はさっさと出て行ったので今ここにいるのは、同い年の子供だけ。
外進生側の代表はショウとユーフェミア様と他クラスの女子。内進生側の代表は男子二人と女子一人。もう一度言う、男子二人と女子一人。
「僕はセシル・デトアール。一応内進生の代表だよ。よろしくね」
とあいさつした生徒が、この場にいる女子生徒のだれよりかわいくても男子なのだ。
セシルと名乗った少年は、私とは次元が違うレベルで可愛く愛くるしく儚く繊細で、まるで触れたら溶けそうな白雪のごとき不可侵さを感じさせる容姿をしていた。
男とか女とかじゃなく、もう、この方は本当に私の同じ人間なんだろうかという疑問さえ感じさせる。
そう、いわば、天使。
思ったのは私だけじゃないらしく、
「天使様……」
外進生代表の他クラス女子も呆けた表情で声を漏らしていた。
内進生側から、笑い声が上がる。
「良かったな、セシル。一発で認めてもらえたぞ」
セシルの肩を親しげに叩いて笑うのは、内進生代表の一人レイス・コンティノー。
あの思い出したくもないお出かけ以来の再会だ。すっかり忘れてたけど二番手ならここにいてもおかしくないのか。
もっとセシルに嫉妬心丸出しなのかと思ったけど、なんか仲良さそう。
「久しぶり、ミラ、ユーフェミアさん」
私の視線に気づいたレイス君が軽く手を振ってきた。
「お久しぶりです」
「お久しぶり」
「他の人にも挨拶しておくね。俺は、レイス・コンティノー。よろしく」
ショウと他クラス女子、それから北橋にも明るく挨拶する。
「知り合い?」
北橋がこそっと私に尋ねた。
「ユーフェミア様の婚約者の友人」
「ああ、ハワードの」
ハワードのこと知ってるんだ、って言おうとしてやめた。ハワードは『花ティナ』登場人物なんだから読者の北橋は知ってて当然だよね。そうでなくても、ショウの友人だし。
ショウとユーフェミア様とミラは『花ティナ』に登場、それ以外は『花ティナ』にはいなかった。ぶっちゃけ私よりセシル君のほうがよっぽど漫画の登場人物っぽいのに、そうじゃないのは、『花ティナ』と今いる世界が似て非なるもっていうのを実感させてくれる。
内進生二人が紹介を終えたところで、流れに乗って最後の一人も挨拶をした。
「アイリス・オグフォーンです。よろしく」
赤い髪に赤い目をしたおさげの女の子。無表情でぽつりと言い、後はあまり話したくないというようにうつむく。
「地味。三浦といい勝負」
失礼なことをほざく北橋のギュッと踏んづけた。小声で言えばいいってもんじゃない。
向こうが全員紹介を終えたので外進生側も紹介をする。順番は身分に気を使ってショウから。
「一年三組、ショウだ。学校に通うのは初めてなのでわからないこともあるが、よろしく頼む」
「同じく一年三組、ユーフェミア・レイズコットよ。幼等科まではシフォール学園にいたわ。後ろの子は私の付き人ミラ・ヴェスタ。ミラともどもよろしくお願いするわ」
「ウェンディ・ウォールズです。えっと、クラスは五組で、幼年学校は地元の学校に通っていました。趣味はお菓子作りです。あと占いも少しできます。よろしくお願いします」
これで全員紹介を終える。
ユーフェミア様とショウが同じクラスだから成績順によるクラスわけなのかと思ってたけど、ウェンディが五組だから関係ないみたいだ。
でも不思議だよね。
今年度の外部入学組は百四十名。突発的に入学を決めたショウを含めてきっちりかっちり百四十名。ってことはショウが入学しなかったら百三十九っていう微妙な数字だったわけでしょ。ショウの入学が決まったことで元の入学者を減らすとは思えないし、入学するかわからない人のために一席空けておくとも思えないし、一人どうしたんだろ。
国一番の魔術師育成機関に入学決めておいて辞退するなんてよっぽどの事態だよ。
いない人の話をしてもしょうがないけどさ。
自己紹介の後はどうするのかと思ってたら、レイス君が司会役を買って出て話を進めだした。
「なんでいきなり親睦会って思わなかった? 俺たち授業内容は内進生と外進生できっちり分けられてるけど、行事は合同で行うんだ。来週には毎年恒例の宿泊学習もあるし、溝ができないようにするための親睦会。ま、形だけでもいいから仲良くなっとこうよ」
「形だけでいいんですか?」
ウェンディが至極まっとうな質問をする。
「あー、うん。押し付けられた友情ってよくないだろ。強制はできない」
おうおう、レイス君よお。まるで他人のためみたいな言い方してますけど、自分が強制されたくないだけでしょ。
恋愛のれの字も知らなければ、人のひの字も知らない男だ。
友情のゆの字に興味あるはずがない。
「それってそこまで気にすることかしら? わざわざ代表を集めなければいけないほど仲が悪くなるとは思わないけれど」
もう一人、友情に興味がない女子生徒、ユーフェミア様が疑問を唱える。
「まあまあそういわずに。セシルと仲良くしてたらいいことあるよ」
「あら何かしら」
「ユーフェミアさんは『あだ名付き』って知ってる?」
「知らないわ」
私も聞いたことない。
「アザンツ学園には『あだ名付き』って呼ばれる人たちがいて、例えばセシル。さっきウェンディが言ったようにセシルを天使だってあがめる人が多くいるわけだ。で、ついたあだ名が『学園の天使』。この学園で『天使』っていえばまずセシルを指す。そのくらい人気と知名度を誇る人たちを総称して『あだ名付き』っていうんだ」
やっぱり天使は『天使』なんだ。
あがめられてるってすごいな。
「で、『あだ名付き』が何?」
「『あだ名付き』の近くにいたらユーフェミアさんも『あだ名付き』になれるよ」
「興味ないわ」
ユーフェミア様がフンッと鼻を鳴らす。
「『あだ名付き』になると何かあるのか?」
ユーフェミア様の代わりにショウが尋ねた。レイス君がニカッと笑う。
「『あだ名付き』のすごさ見せてあげるよ。────セシル」
「はいはい」
天使が仕方ないといったように立ち上がる。
「三人ともちょっとついてきて。ミラとそっちの付き人君も」
「は、はい」
「あ、俺、北橋蒼汰っていいます」
レイス君に促され、おさげのアイリスを残した七人で廊下に出る。
何するつもりなんだろ。
「手ごろなのいないかな」
虫取りでもしてるかのような物言いでレイス君が人を探している。
本当に何するつもりなんだ。
「────あ」
少し歩いたところでレイス君の足元にコロコロとペンが転がってきた。どうやら前を歩く女子の先輩が落とした物のようだ。先輩は気づかずにすたすた歩き続けている。
レイス君はちょうどいいとばかりに笑ってセシル君に渡す。
「はいはい」
セシルは面倒くさそうに返事をすると、ペンを持って先輩のもとに駆け寄った。
「すみませーん」
「はい? え、あっ!」
先輩は普通に振り向いた後、声をかけてきたのが誰かわかって目を丸くした。
「これ落としませんでしたか?」
「え、あっ、そ、そうみたいです……」
「良かった」
セシル君は緊張をほぐそうとしてかやさしく笑いかける。
「はい、どうぞ」
「────」
天使の微笑に先輩は顔を赤らめゆっくりペンを受け取り、
「ありがどうございまずっ!」
鼻血を拭いて倒れた。
えええ、なんだ今の。
セシルが慣れた所作でパチンと指を鳴らすと、どこからともなく複数の生徒が現れセシルの指示したとおり女子生徒を保健室へと運んで行った。全員先輩だった。
入学したての一年生が先輩を気絶させ、先輩を顎で使うという光景が目の前で繰り広げられていた。
私たち五人は思わずあっけにとられる。
「『あだ名付き』は多かれ少なかれあんな風に生徒を使うことができる。この学園において人の上に立つためには学力や技術力が優れているだけじゃなく、『あだ名付き』になることが必須なんだ。────興味持ってくれた?」
「まあ、ちょっとはね」
全面的に認めてしまうのは悔しいらしく、不承不承といったていで答える。それとは対照的にウェンディの目は輝いていた。
「レイスさんやアイリスさんはどんなあだ名でいらっしゃるんですか?」
憧れの学校で、絶大な権力を持った同級生。思わず興奮してしまう気持ちは十分わかる。
「俺たちは『あだ名付き』じゃないよ。セシルだけ」
「だったら『あだ名付き』になりたくて彼に近づいてるのかしら?」
「ヤな言い方するなあ。『あだ名付き』はアザンツ学園全生徒の憧れだからなりたくないわけじゃないけど、今日一緒なのはセシルの指示だよ」
ユーフェミア様の嫌味にレイス君が苦笑して答える。
『天使』の指示にしっかり従ってるあたり、レイス君も『あだ名付き』には逆らえないんだな。
「レイスとアイリスはまともに話ができる数少ない生徒だからね」
ちょうど戻ってきたセシルが会話に加わった。
「僕だって普通に学生生活送りたいと思うこともあるんだよ」
なんか常人には理解できない悩みをお持ちのようだ。
笑いかけるだけで相手が気絶するとなるといろいろ大変なんだろう。
「俺たちはまともに会話できる相手に含まれたのか?」
ショウが尋ねる。セシルは口元に手をやり、
「んー」
と悩むそぶりをした後、何を思ったか、目を細め愛らしい笑みを私たちに向けて放ってきた。
人を気絶させるほどの威力を持つ天使の笑顔。
セシルを中心に突風が吹いたような衝撃を受け、余波でぶっ倒れるかと思った。
何とか持ちこたえるものの動悸、息切れと平常心でいられない。
同じくウェンディも「はうぅっ!」と足元をふらつかせ、近くにいたショウにつかまり倒れそうになるのをこらえる。
そんな私たちをよそに、ユーフェミア様、ショウ、北橋の三人は平然とした顔をしていた。
北橋は絶対こっち側だと思ったのに。
「五人中三人。ま、いいんじゃない」
セシルは満足そうに笑って元来た道を歩き出す。
むう、まともに話ができないほうに分類されてしまった。
セシルを見ても平常心でいられるコツをユーフェミア様に、いや、ユーフェミア様以外の人に従いそうになったと思われるのは嫌だから北橋に訊こう。
教室へと戻りつつ、隣を歩く北橋にこそっと尋ねる。
「ねえ、どうやったらセシルのあの顔見ても平気でいられる?」
「美少女耐性強くすればいいんじゃねえの」
「どうやったら強くなるの?」
「美少女としょっちゅう一緒にいる」
「……」
使えない。
その美少女(男)と一緒にいたら洗脳されちゃうでしょうが。前世の中学時代、他校の女子をとっかえひっかえしてた男の言うことは役に立たん。
北橋は、最終的には向こうからフラれるんだけど、恋人ができたことない私と違って何度もあっさり彼女をつくっていた。最終的には向こうからフラれるんだけどね。フラれるんだけどね!
使えない北橋を無視して、恥を忍びユーフェミア様に助言をもらうことにする。
「ユーフェミア様」
「何?」
「どうしたらセシル様のお顔を見ても平常心でいられるでしょうか」
ユーフェミア様は一瞬怪訝な表情を浮かべるも、教えてくださる。
「私の場合、ハワードがいるからほかの男を見ても特に何とも思わないわ」
「……どうもありがとうございます」
参考にならなかった。
「え、何? セシルに勝つ方法?」
話を聞いていたらしいレイス君が会話に参加してくる。
ついでに、私と同じで笑顔にやられそうになったウェンディも「私も知りたいです!」と参加してきた。
「こいつ男のくせになんでかわい子ぶってんだよって思うといいと思う」
おい、やめろ。
もう本人にも聞こえる声量になってるだろ。
「レイス」
「あ、セシル、うそうそ、冗談だって。ごめん」
レイス君はそのまま『あだ名付きに』怒られてどうぞ。
最後にショウが対策方を言う。
「人間、大事なのは中身だ。それを心得ておけば見た目に惑わされることはない」
至極まっとうで、一番ためになるお言葉をいただいた。
中身。
セシルの内面はどうなんだろうか。
「セシル様。一つお聞きしたいのですが」
「ミラだっけ? 何?」
「ユーフェミア様たちの利点は分かったのですが、セシル様がユーフェミア様たちと仲良くなる利点は何ですか?」
「ミラは人と仲良くなるのに損得を考えるほうなんだね」
え、そういうつもりではなかったけど、そういわれるとなんかショックだ。
「僕の利点はね」
セシルは教室の扉を開けてみんなに入るように促し、
「教師が押し付けてくる面倒な仕事の代わり手が欲しい、かな」
教室の外から笑顔で手を振った。
いつの間にか一番後ろに立っていたレイス君がセシルをおいてパタンと扉を閉める。
「え、おい」
「ごめん、みんな」
レイス君の顔は非常に申し訳なさそうにしていた。
「お帰り」
無表情なはずのアイリスの目もどこか同情の色を帯びている。
「『あだ名付き』は強い権力を与えられてる代わりに教師から仕事を押し付けられることも多くて」
「セシルはそれをほかの人にさせるんだ」
『あだ名付き』に逆らえない二人は、心底悪いとは思いつつも『天使』のいうことをきこうとしている。
怠惰。
ユーフェミア様が仰った通り、セシルはこの一言に尽きるんだろう。
『天使』の微笑みに騙されたら仕事を押し付けられると思え。この言葉が私の胸に刻まれた。




