【おまけ】レイス君とお出かけ その3
ただ今の時刻、午後三時。らしい。
レイス君が「おやつの時間だね」なんて言って、私にさっき買ったお菓子をよこしてくるので多分そう。
「はい、ミラ。あーん」
目もくらみそうなほどまばゆい笑顔を浮かべたレイス君は飴袋に手を突っ込み、ひとつ取り出してひょいと投げる。腹回りをぐるぐると縄で縛られている私は、胸から上の動かせる範囲を何とか動かして何とか飴を口の中に入れた。
「どう?」
「人として大切なものを失いそうです」
前世で水族館のアシカが似たようなことやっていたのを思い出し、不貞腐れ気味に答える。
ちなみに、飴はおいしい。
でも腹いせにバリボリとかみ砕いて一気に食す。レイス君が次の用意をしたけど、別におなかがすいてるから早食いしたわけじゃありません。
「レイス様、あまり下に立たないでください。スカートの中、覗く気ですか? っていうか下ろしてください」
なんか下手に出るのもばからしくなる。
レイス君は覗きの濡れ衣は嫌なようで、妖精箱をあけて羽の生えた大型犬のような妖精を呼び出し、その背に乗って、私と同じ目線の高さまでやってきた。
「こんなことにこき使われる妖精が不憫でなりません」
「菓子やればたいてい上機嫌だから大丈夫。ミラもいる? あーん」
今度はチョコ。
気が付いたらさっきの妖精猫がレイス君のそばでしっぽを振りながらお菓子の出し入れをしていた。
「レイス様。私、普通に頂きたいのですが」
「縄ほどいたら逃げるだろ」
「そりゃ、まあ」
当然だろ。
「じゃあ、はい。あーん」
「……レイス様は人間も妖精と同じようにお菓子やっとけばどうにかなると思っていませんか」
「うーん」
レイス君は私が受け取らなかったチョコを自分で食べ、あっさり首を縦に振る。
「よくわかったな。その通りだよ」
「盛大な勘違いなので改めたほうがいいですね」
「姉さんと同じようなこと言ってる」
身内にこんな奴いたら心配になってお小言の一つでも言いたくなるよ。
「……ミラはさ、俺が『人も魔物も妖精も動物もすべて同じに見える。正直どれが死のうがどうでもいい』って言いだしたらどうする?」
「闇が深そうって思います」
「それだけ?」
「なるべくかかわりを避けます。近づきません、見つけ次第逃げます」
「やっぱり縛っておいて正解だな」
いや、縛られてレイス君のやばさを実感してるから言ってるんだけど。
なにもされてない状況でレイス君の心の内を吐露されたとしたら、多分同情して「大丈夫ですよ」とか何とか言ってたと思う。
ハア。
こんな奴の誘いに乗るんじゃなかった。
後悔先に立たずとはよく言ったもんだね。もしかして青春かも、なんて甘い考え持った自分を殴ってやりたい。
「ちなみにこれ、いつまでこのままなんですか? ────ま、まさか、魔物退治に飽きて今度は人間退治とか言い出すんじゃないでしょうね! 人間と魔物は別物なんだからね!」
自分の想像に背筋がぞっとし、必死に足をばたつかせてみるけど何ともならない。きつく縛られてるからってのもあるけど、魔術も使えないなんて変だ。これでもユーフェミア様との訓練でそこそこ強くなったと思ってたのに。
「魔力阻害って知らない?」
魔術を試みる私にレイス君がそんなことを訊く。
「何、それ?」
「対象者の魔力を使えなくする方法があって、それが魔力阻害。稀に能力として持ってる人がいるけど、たいていは魔術具を使う」
「なんだってそんな魔術具が」
「用途はいろいろだよ。犯人が魔術で抵抗しないよう魔術署や治安維持署は個々人に配ってるし、あ、城の兵士なんかも持ってるんじゃないかな。うちの学校にも生徒が暴走したときように各教室に一個必ず置いてある」
「暴走した生徒に持ち出されてるようじゃ意味ないじゃん」
「まさか。これは闇市で買った」
「もっとダメ!」
ひえー、何なの、この人。本当に私と同じ九歳? 同じ年の私が言うのもなんだけど、もっと純粋さを持とうよ。
「……ねえ、泣けば逃がしてもらえる?」
「うるさいの嫌いだから眠ってもらうことになる」
「そう……」
殺すつもりはないってことなのかな。
永遠の、を抜かしただけとかだったらどうしよう。困る。
「何でこんなことするの?」
「契約したいのがいて、撒き餌が欲しかった」
「餌っ! いやだー、まだ死にたくないー! 私はまだ死ねないのにー!」
「暴れても無駄だって。大丈夫。死にはしない。怪我だってかすり傷一つつけるつもりはない」
「どーせウソでしょ」
「信用ないなー。こんなことされれば当たり前なんだろうけど。……いくら俺でもそこんとこはちゃんとわきまえてるって。ちゃんと合わせられるんだよ、────俺以外の奴に」
「……ちゃんと合ってる人はそもそも人を撒き餌にしないってこと、知ってたほうがいいよ」
「肝に銘じとく」
この顔、数秒後には忘れるな。
「……」
まだ完全に信用したわけじゃないけど、人の常識に合わせるつもりがあるなら死ぬことはないのか。
殺すつもりならこんなにぺらぺらとも話さないだろうし。もし私が死んでも、こいつが犯人だってことはちゃんと特定されるから無駄なことはしないだろう、……多分。
そう考えるとこんな状況下なのに、ちょっとホッとする。
と、なると、あれだ。
「レイス君」
ただ今の時刻は、午後三時過ぎ。
「チョコ食べたい。タルトとケーキとクッキーも」
おやつの時間である。