ナンターク伯爵の三男、ハワード・アストロワ 前編
妻が亡くなり子供が娘のユーフェミアしかいない富豪の魔術一家レイズコット家。
長兄も次兄も健在でさらに長兄には男の子がいるアストロワ家。
爵位は基本直系長男のみ相続することができるとするこの国において、爵位を継ぐ可能性が限りなく低い俺は王立騎士学校の幼等科に入る前にユーフェミアに婿入りすることが決められた。
俺が爵位を持つとしたら功績を上げ一代限りの爵位を賜るか、戦争による領地拡大で今はない領地の領主となるかだ。長兄や次兄、さらには年端も行かない甥が死ぬなんて考えるのは嫌なので、ナンターク伯爵位を継ぐことは望んでない。
爵位を継げない次男以下は結婚相手として貴族の令嬢たちに敬遠されがちな中、この年ですでに婚約者がいるのは結構幸いなことだと思う。
第一線で活躍する女主人も格好いいと思う。
婿として全面的にユーフェミアを支えていく所存だ。
ただ、いやうん、ちょっとなんだけど、ユーフェミアのことを、本当にほんのちょっとだぞ、ほんのちょっとだけど、……何だこいつって思っているところもある。
一つ言わせてもらうなら許嫁云々を抜きにしてもユーフェミアのことは普通に好きだ。
ただ、気絶しているショウを前に「前から嫌いだった。良いざまね」というようなことを言うのはちょっと……。
仮にも相手は第二王子だっていうのに。
でも「あなたの友人だから我慢してた」なんて言われると強く言えない。
こんな状況でユーフェミアからの好感度の高さがわかって喜んでしまう俺はユーフェミアに甘いんだと思う。
まあ、ショウはショウでユーフェミアをぞんざいに扱ってるしお互い様なのかも。
なんだかなあ。
嫌いな人より好きな人が多いほうがいいと思うんだけどなあ。っていうか、敵まみれになるより味方たくさんのほうがいいと思うんだけど。
ユーフェミア見てるとそのうち刺されるんじゃないかって心配になるんだよ。
考えすぎなのは分かってるけど婚約者なんだし少しくらい心配してもいいだろ。
というわけで、ユーフェミアに友人を作るため今日も懲りずに人を連れていく。
南部に家を構える子爵令嬢:穏やかに話が進んだ。まずまずだ。
魔術具開発会社の社長令嬢:お、何か盛り上がってるぞ。魔術師でない俺にはわからないことばかり話してるけど、これは結構いい感じなんじゃないか?
次も彼女を連れていきたいところだけど、そうだよな、そんなしょっちゅう時間があるわけじゃないよな。遊びに来た友人に、婚約者を紹介するって名目でついてきてもらってるけど二回目につながる人は少ない。
俺みたいに校舎が老朽化で半壊したから復興するまで暇ってやつはいないんだ。騎士学校の友人は実家に帰って王都にいないしさ。俺もナンタークに帰ろうかと思ったんだけど、ユーフェミアがこっちにいるってんでそのまま王都に残って数人の使用人と王都の別荘で暮らしてる。
そう考えると王都にいるからって週一で遊びに来るショウって暇なのか?
さすがにその頻度でユーフェミアに会わせるとまるで俺がユーフェミアとショウをくっつけようとする仲介役みたいに思われるから月一回くらいしか合わせてないけど。
ただこの間のことを考えると年一回ぐらいがいいのかも。
ショウもユーフェミアも俺に気を使ってくれてたんだ、反省。
相手選びは慎重に。
二日後。
「よ、久しぶりだな、ハワード。冬休み多めにもぎ取ってしばらくこっちいるから遊ぼうぜ」
国一番の魔術師学校アザンツ学園に通う友人、レイス・コンティノーが遊びに来た。
確かに学校壊れて暇という話をあちこちでしてるけど、なんで皆して突然来るんだ。俺、遊ぶ相手のいない寂しい奴だと思われているのか?
「違うって。万一他のやつと被ってもそいつと仲良くなればいいってだけだよ」
俺の疑問にレイスが笑って答える。
「お前だって友達の友達と友達になるやつだろ」
まあ、確かに。
レイスと仲良くなったのも騎士学校の友達から紹介されてのことだったしな。俺の周りは社交的な人が多い。
「そういやさ、お前が許嫁を紹介してまわってるって本当?」
レイスが尋ねる。
「しかも魔術師見習いなんだって? 俺も会ってみたい」
「あー……」
いつもなら二つ返事でユーフェミアのところへ向かうんだけど、アザンツ学園の魔術師見習いはまずいよなあ。
ユーフェミアのやつ絶対機嫌悪くする。
レイスは明るく気さくであっけらかんとしたいいやつだ。それに本人はひけらかさないけど、レイスはアザンツ学園でもかなりの実力者で人気者らしい。ユーフェミアが学園に入学すれば何度も顔を合わせることになるんだから、仲良くなってて損はない。
紹介したいけど……、……春からユーフェミアもアザンツ学園の生徒になるんだし大丈夫、だよな?
「────わかった、紹介するよ」
「やりぃっ!」
「その代わりちょっと気難しいところのあるやつだから不快にさせたらごめんな」
パンッと手が払いのけられる。
「私が内進生クラスに入り真の意味であなたと対等になったとき、その手を取りましょう」
悪役然と言い放つユーフェミア。
やってしまった。
そのあとユーフェミアはほぼしゃべらず、メイドが気を使って俺やレイスと必死で会話していた。
帰り際ユーフェミアの態度をレイスに謝ったら、
「いいって、気にしてない。お前の許嫁なかなか個性あって楽しいと思うぜ」
と笑って許してくれた。
度量の広いレイスだからこれで済んだのであって、この先のことを考えるとこれじゃまずいよな。
「────ハア」
ため息が出る。
「────ハア」
今日は一日屋敷で魔術訓練だというユーフェミアのことを思い出し、小さくため息をついた。
「どうした?」
「ちょっとな」
またもや遊びに来ていたショウに力なく笑って返事する。
「ユーフェミアか」
勘の鋭いショウは一発で悩みの種を当ててみせた。
隠すのも不自然なのでこの間あったことをすべて話し、ショウに相談する。
「どうしたらいいんだろう」
「どうする必要もないだろう。あいつはお前と違って友人がたくさんいることに幸福感を覚えるやつじゃないんだから」
「え、友達はたくさんいたほうがいいだろ」
「友達が多いとその分自分の時間を他者に削られることになるから面倒だと感じるやつもいるんだよ。それに友達なんて無理して作るものじゃない。本当に必要な数人いれば十分なんだ」
まるでショウ自身のことを言ってるような口ぶりだ。
削られるなんて感覚、俺にはわからない。無理して作るという感覚も。
一度会ったら友達で、二度あったら親友。
俺にはその感覚が普通だから。
仲良くなれない奴なんていないという考えと、仲良くできるやつもいるという考えの違いだろうか。
正直難しい。
「────俺、ユーフェミアに俺の感覚押し付けすぎてたのかな」
ショウが言ってることが本当なら、ユーフェミアは有難迷惑だと思っていたかもしれない。
「俺があいつのことなんか知るか」
「……」
急に突き放すなよ。
「ショウはユーフェミアのこと嫌いなのか?」
「常に殺意を向けてくる女なんか好きになれるか」
「……ごめん」
全然気づかなかった。
本人は「殴りたいと思っていた」って言ってたけど、「殴り殺したい」が正解なのか。にしたって、そこまで気づいていながらそれでもユーフェミアのところについてきたのはなんでなんだ?
殺されたいってわけじゃないよな。
「城にいるよりマシだからだよ」
俺の考えを読んだようにショウが答える。
「どこにいたって殺意を向けられるんだ。だったら実行しない奴のところが一番マシだろ」
「おぉ……」
王子って大変なんだな。
こうしてしょっちゅう遊びに来るのは城から離れる目的もあるのかもしれない。
「でも言ってくれてれば、ユーフェミアのとこ行くのやめたのに」
「お前の許嫁に殺意を向けられてる、なんて言えるか。俺の不用意な一言で婚約が破断になったら大問題だろう。────それに」
「それに?」
「ハワードはあの女と会わないと禁断症状が出る」
「なんだよ、それ!」
禁断症状って……。
「少し会わないだけで、ユーフェミアは今何してるんだろう、とか、元気でやってるだろうか、とか、たまには向こうから来てくれないかな、とかそんなことで頭をいっぱいにするくせに」
ひ、否定できない!
現に今もユーフェミアのこと考えてた。
ヤバイな、俺、自分で思ってるよりユーフェミアのこと大好きなのか?
この一か月近くお互い時間ができて会う頻度が増えたせいで症状が悪化してるかも。学校が始まるまでに何とかしておかないと前みたいな一か月に一回の手紙のやり取りじゃ我慢できなくなるかもしれない。
どうにかしなければ。
脱ユーフェミア依存症。
とりあえず会う頻度を減らすところからやってみるか。あとユーフェミアのいないところでユーフェミアのことを極力考えないようにする。
がんばれ、俺。
どうせあと十年もたてば夫婦になるんだから今だけの我慢だ。
俺が意気込む横で、ショウがぽつりと言葉を漏らす。
「────そういえばあの女」
「ん?」
「俺を殴ったあの女、まだいるのか?」
「ミラか? いるよ」
最近ユーフェミア専属のメイドとなったミラ。素朴な顔立ちで、目鼻立ちのしっかりした美人のユーフェミアと一緒にいるとかすんでしまうけど、優しそうないい子だ。
ユーフェミアのそばでいつもにこにこしていてユーフェミアへの好意が見てわかる。
ユーフェミアもまんざらじゃなさそうだしああいう好意を全面的に出してる子がユーフェミアにはぴったりなのかも────って、さっきユーフェミアのこと考えるのやめるって決めたのにもう考えてるし。
ユーフェミアのことはいったん置いておこう。
「ミラがどうかしたのか?」
「まだこの世に残ってるのか訊いただけだ」
「この世にって……、ミラは生きた人間だぞ」
初遭遇が幽霊の出る部屋だったということでいまだに勘違いしてるらしい。
「確か今日は休日で外に出かけてるはずだから、今度会った時にショウがミラのこと気にかけてたって伝えとくよ」
「余計なお世話だ。いらん誤解の種をまくな」
「冗談だよ」
それこそ俺の不用意な一言で縁談が成立してしまったら大変だ。
いくら親しくしてようとショウは王子殿下。そのくらいの分別はわきまえている。
それにレイスがミラを気に入ってるようでもあるんだよなあ。今日ミラが出かけてるのもレイスが誘ったからだし。
ただ、レイスは気軽に誰でも誘うやつだと言われればそこまで。
「それで、ミラとかいうやつはどこ出身なんだ?」
「え、出身……。そこまでは知らない」
っていうか、事情がありそうなんで詳しく聞いてない。ユーフェミアは一応ちゃんと知ってるみたいだけど、特に重要ではないって感じで記憶の隅に追いやってそうだ。ユーフェミアは来歴ではなく有益かに重点を置くから。人は物ではないんだけどなあ。
にしても、興味ない素振りしつつやっぱりショウはミラのことが気になってるのか?
なんたって自分を殴り倒した女だもんな。
そりゃ気になるわ、いろんな意味で。
でも、
「普段はどう過ごしてる?」
とか、
「趣味、特技はなんだ?」
とか、
「魔術の腕前は?」
とか、根掘り葉掘り聞こうとするのは殴り倒した女だからってだけじゃないような気もする。
余計なことするつもりはないけど、ちょっと勘繰りたくなるよ。
でもごめんな。今までミラのことはユーフェミアが拾った同い年の女の子(ユーフェミアの友人になれる可能性あり)ぐらいの認識でしか見てなかったからそんなに詳しくないんだ。
ミラのこともう少し答えられるようになっておくから。




