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今は昔のある日の放課後。
「彼氏ってどうやったらできるわけ?」
と不貞腐れ気味に聞いた私に対し、
「顔と性格と言動を変えればすぐできるって」
とのたまったやつがいた。くそ腹が立った。
そいつは今、あの頃より少し幼いけれどほぼ変わらない顔つきで、あのころとは全く違う顔になった私の目の前に立っている。
北橋蒼汰。
少し襟足の長い髪をした猫目の少年。前世で死に別れたときは十五歳だったはずだけど、今目の前にいる北橋はどうみたって十歳前後。
北橋もあの時死んで生まれ変わったのかな。
でも、全然別人になった私と違って北橋は北橋のままだ。
私が北橋をじっと見てるのと同様に北橋も私のことをじっと見ている。そして北橋は私が抱いた疑問とは反対の疑問を抱いたらしく、眉をひそめて口を開いた。
「お前、三浦、だよな?」
向こうはなんで別人の姿をしてるんだと言いたげな顔だ。
「そうだけど」
「……」
「あんたは北橋よね」
「そうだよ」
「……」
「……」
ど、どうしよう。うまく会話が続かない。
話したい事はいっぱいあるはずなのに。
お互い同話しかけるべきか考えあぐねていると、第三者が口を開いた。
「何している」
まだ声変わりしていない少年の声。
曲がり角に隠れて見えないけど北橋の後ろに誰かいるらしい。
北橋は我に帰ったようにハッと振り返り「悪ぃ、悪ぃ」と後ろの誰かさんに手を合わせて謝った。
誰と話してるのかは知らないけど北橋の目線的にたぶん私たちと同じ年くらいの子。
……んー、なーんか聞いたことあるよう声な気が。
北橋は後ろの誰かさんに謝った後、再び私のほうを向く。
「悪い、三浦。話したいことはいっぱいあんだけどちょっと急用で」
「あー、いいよいいよ」
重要な話はないし。
「お前、通信機持ってるか? 連絡先交換しとこう」
なんだか電話番号やメアドを訊かれてる感覚だけど北橋が持ってるのは魔術具の通信機。ちょっと変な感じだ。
北橋の質問に私は首を横に振った。
「ゴメン、持ってない」
「今時まじかよ」
悪かったな、どーせ魔力も弱けりゃ連絡とる相手もいないよ、くそが。
……とと、いけない。どうも北橋といると前世の口の悪さが出てきちゃう。
深呼吸、深呼吸。
「じゃあ、俺、緊急用に二つ持ってるから一つ貸しとく」
「え」
有無を言わせぬ速さでポケットから出した通信機を渡され、反射的に受け取ってしまった。
「鳴ったらちゃんとでろよ。じゃ」
北橋はそのまま走り出す。
それと同時に角に隠れていた北橋の連れも走り出した。
予想通り同じ背丈の子。フードを目深にかぶり体全体を包むようにマントを羽織っていたため容姿はおろか性別さえわからない。
ただ、私の前を通り過ぎるほんの一瞬、視線がかち合った。
人を凍てつかせるような冷たい黒い瞳。
あの目は────。
「私たちも行こっか、ミラちゃん」
「え、あ、はいっ!」
危ない。
一瞬思考が停止してしまっていた。
いやいや、まさかそんな。気のせいでしょ。さっきのことは忘れよ。
「すみません、お待たせして」
「いいよ。あのフードかぶってないほうの子はミラちゃんの地元の友達?」
「地元のっていうわけではないんですけど、幼馴染です」
保育園で出会い、小中高とずっと一緒だった。生まれ変わってまで出会うなんて運命なんじゃない?
まっぴらごめんだけど。
マオ先輩は深く追求せず納得した後、もう一人のほうに言及する。
「フードかぶってた子はミラちゃんの知り合い?」
「いえ、違います」
多分。
だけどちょっと気にかかることはあります。
「なんとなくショウ王子に似てたなーって気はしたんですけどね」
そんなことあるわけないんだけどね。
バカなこと言っちゃった。マオ先輩に変な子って思われないよう笑ってごまかす。
「おい聞いたか。ショウ王子がお忍びで歩き回ってんだと」
⁉
今、通りすがりのおじさんが聞き捨てならないことを言った。
「知ってるよ。んで連れ去られたから王都中で捜索されてんだろ」
連れのおじさんがさらに聞き捨てならないことを言った。
え、あ、き、北、北橋っ、お前っ!
何してるんだあいつ! どうすればいいんだ、私!
北橋を追いかけるべき? おじさんたちから詳しい話を聞くべき?
オロオロ、ワタワタしているとマオ先輩がポンと肩をたたいて私を止めた。
「落ち着いて。まだミラちゃんの幼馴染が誘拐犯と決まったわけではないから」
「そっ、そうですね!」
ヤバイな私。焦りすぎて単純なことも抜けていた。きっと他人の空似だよね。
「知り合いに治安維持署の人がいるからちょっと聞いてみようか」
マオ先輩は買ったばかりの腕輪型通信機に触れる。
ピカ、ピカ、ピカ
腕輪が三回光り、相手へとつなげた。
『こちら王都特別治安維持署魔術三課特殊実行係です』
腕輪から女の人の声が流れる。
主に人による犯罪を取り締まるのが治安維持署、魔物が引き起こする事件を取り扱うのが魔術署。どちらも安全に暮らしていく上では欠かせない組織だけど、わざわざ課や係までを指定しての直通なんて珍しい。
しかもマオ先輩は通信機を買ったばかり。
「王都特別治安維持読魔術三課特殊実行犯係」が使用している通信機の登録番号を覚えてたってことだよね。
「マオ・アマネと申します。エンヴァント・デトアールにつないでほしいんですけど」
『デトアールは現在出ております』
「そうですか、わかりました。では失礼します」
マオ先輩が通信を切る。
「知り合いの方、いらっしゃいませんでしたね」
「そうだね。よしっ、噴水広場に戻ってみようか」
「え、なんでですか……」
あそこはアズリの里を敵視する人たちが演説を行っている。
マオ先輩にとって良くない場所だと思うんだけど……。
「心配しないで。多分捕まってるから」
「?」
もと来た道を歩き出したマオ先輩についていきながら、尋ねた。
「あの、捕まってるってどういうことですか?」
「さっき言ったでしょ、治安維持署が取り締まりに来るって。エンヴァントさんが署に居なかったってことはもう出動してるんだと思う」
「あー、なるほど」
実際マオ先輩の言うとおりだった。
噴水広場に戻った私たちは、無断演説していた人たちが治安維持署職員に捕まっている光景を目の当たりにする。
現場を取り締まっているのは二十歳そこそこの若い男の人。
彼は部下らしき人に指示を出した後、何気なくあたりを見回しマオ先輩を視界に入れ、
「ゲッ」
という声が聞こえてきそうなほど、思い切り顔をしかめた。
「こんにちはー、エンヴァントさん」
マオ先輩はそんなのお構いなしに、飛び切りの笑顔でエンヴァントさんなる人に駆けよる。
私もついて行ってるけど、そのエンヴァントさん、明らかに話しかけるなって雰囲気を醸し出してますよ。いいんですか?
「こんにちは、マオ・アマネ……」
エンヴァントさんは琥珀色の瞳をふいと横にそらしながらマオ先輩にあいさつする。
「お仕事お疲れ様です。エンヴァントさんにお聞きしたいことがあるんですけど、ショウ王子がお忍びで歩きまわって誘拐されたって本当ですか?」
相手の事情なんて関係ないと言わんばかりに、自分の聞きたいことを押し出していく。
「キミはいつもこちらの都合を聞かない」
エンヴァントさんはさらに口元を歪ませながら憎々しげに小さくつぶやいた。
文句は言うけれど強くは出られないらしい。
この二人どういう関係なんだろう。
兄妹、親戚、友達、────恋人? いや、恋人にしてはエンヴァントさんの嫌がりようが真に迫ってるというか。
「……マオ・アマネ。キミの聞きたいことは守秘義務で言えない」
マオ先輩が再び催促する前に、エンヴァントさんが答える。抵抗する気もないともいう。
でも、そうだよね。一般にそうやすやすと情報くれるわけないよね。
北橋から連絡来るのを待つしかないか。
「ミラちゃん」
北橋から預かった通信機を見つめる私に、マオ先輩が軽くかがんでちょいちょいとこまねきする。
耳を貸せってことらしい。
耳を持っていくと、マオ先輩は口元に手を当て小声でこんなことを言った。
「エンヴァントさんね。違うときには違うってはっきりいうんだけど、合ってるときには守秘義務ってぼかした表現で教えてくれるの」
ん? それってつまり本当にショウ王子がお忍びで歩き回った挙句誘拐されてるってこと?
えっ!
「あ、あのっ、誘拐したのって私と同じくらいの男の子ですか?」
仮説が現実のものとなりそうで、思わずエンヴァントさんに尋ねてしまった。
「キミは?」
「ミラ・ヴェスタと申します。マオ先輩と同じところで働いてます。私の友達がもしかしたらショウ王子と一緒にいたかもしれなくて、その」
頼む、どうか違うと言ってください。
エンヴァントさんは一緒に来ていた署員たちの目がこちらに向いてないことを確認してから、私の質問に答えた。
「守秘義務だ」
マジかよ、北橋!
お前、そんな。
どうしよう。いや、どうかしてやる必要なんてないんだろうけど、でも前世の友人が誘拐犯なんて寝覚めが悪すぎるよ。
「あ、あの、何かの間違いかもしれなくて、私が探し出すので北橋のこと捕まえるのだけは……」
「なるほど、一緒にいる子供はキタハシだな」
いらん、情報を与えてしまった。
このままじゃ北橋が罪に問われてしまう。こうなったらもう────!
「では、キタハシという子は王子と一緒に誘拐された可能性があるということで保護対象にしよう────って、なんなんだ、そのこぶしは」
「あ、いえ」
すみませんと一言謝ってから振り上げたこぶしを下す。
北橋に関する記憶を殴って消し飛ばすしかないとトチ狂ったことを考えてしまった。会って数分で危険人物入りになってしまうところだった。
「キミも混乱すると手が出る人間か。恐ろしい」
マオ先輩と話すとき同様虫を見るような目で私にそう言う。
危険人物入りは完了してしまったらしい。
「────あれ。〝も〟ってことは」
「じゃあキタハシ君捜索に協力してくれますか?」
私の疑問は同じタイミングで口を開いたマオ先輩にかき消されてしまった。
「そのつもりで俺のところに来たんだろう、キミ」
エンヴァントさんはあきらめの混じったため息を一つついて、了承の意を表す。




