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今日から四日間ユーフェミア様は屋敷にいない。
シフォール学園の卒業式に出るため南部に出立されたのだ。冬期休暇から卒業式までずっと休んでいたけど卒業生代表らしい。
逆か。冬期休暇から卒業式まで休めるほど優秀な成績を修めていたから卒業生代表なのか。
「ミラも一緒に来なさい」
と言われたが、シフォール学園も付き人の事前申請を必要としているため謹んで辞退した。
ユーフェミア様が不在ということで私も急遽休みとなった。
「あ、私もこの日休みだよ。一緒に出掛けようか」
「はいっ!」
マオ先輩とのお出かけが決定した。
着の身着のまま屋敷に来た私のために、以前十着ほどユーフェミア様が服を用意してくれた。
お古ではなく新品で。
即席メイド服もあるし、さすがに遠慮したら「私の隣を歩くんだからちゃんとしてもらわないとこっちが困るのよ」と、押し切られてしまった。
以前の私はありがたいやらも申し訳ないやらで「ありがとうございます」としか言えなかったけど、ユーフェミア様語翻訳機能が格段に上がった今の私ならわかる。
あれは一緒に出掛けようというお誘いだったのだ!
この間はレイス君と一緒にレイス君のお姉さんのお店に行くだけだったからユーフェミア様を誘わなかったけれど、もし声をかけていたら眉間にしわを寄せながらついてきてくれたかもしれない。
アザンツ学園に入学してから出かける機会があったらいいな。
姿見の前に立ってそんなことを考える。
「うん、かわいい」
後ろでマオ先輩が満足げにうなずいた。
マオ先輩に髪を結ってもらいユーフェミア様一押しのドレスを着た姿はまるでどこぞのお嬢様のようだ。
服と髪型の力ってすごいとしか言いようがない。
これ、ばったり知人に出くわしてもバレないんじゃない?
出くわすような知人なんてほぼいないけどね。今は憎き地元の住民が王都に来ていたなんて偶然もないだろうし。
「じゃあ行こっか」
「はい」
マオ先輩と一緒に屋敷を出る。
日中は屋敷の中で過ごし夜も敷地内の寮で過ごすので、屋敷の外に出る機会というのは実は少ない。マオ先輩も同じらしく、どこに行こうか楽しそうに歩いている。
「大通りに新しい魔術具のお店ができたの知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「『ウィズ・ウィゼ』ってお店。ほら魔術具って魔力注げば自分じゃ使えない魔術も使えて便利なんだけど見た目がかわいくないじゃない。『ウィズ・ウィゼ』はそこに目をつけて女の子向けのおしゃれな魔術具専門店として作られたの」
情報に疎い私のためにマオ先輩が説明してくれる。魔術具に関しては、通信機を個人で持てたら便利だよな程度の認識だったから知らなかった。
魔術具は、あると役に立つけど別になくても日常生活に支障をきたさないような物が多い。
前世の知識で言うなら、通信機がスマホ。一人一台は持っていたいよね。で、ほかは例えば着火ライターとかかき氷機みたいな。使う人は使うしあると便利だけど、普段しょっちゅう使うかといえば、うーんっていう。
「私、通信機ほしいんだ。行ってみていい?」
「もちろんです」
マオ先輩に案内されて『ウィズ・ウィゼ』へと向かう。
道中何やら怪しい集団が何事か叫んで注目を集めていたけど、マオ先輩は一切気にかけず歩を進めた。
人の多い大通りに店舗を構える魔術具専門店『ウィズ・ウィゼ』。中は狙い通り若い女の子ばかり。
品物はマオ先輩が教えてくれた通りかわいくて、値段もお手ごろだ。
この花を模したブローチなんていい感じじゃん。
んー、あー、でも、これは……。
「それ買うの?」
マオ先輩に尋ねられ、ポリポリと頬をかく。
「見た目が好みなんですけど、実用性を考えると悩むんです」
「えー、出かけるときとかに使えばいいじゃない。今日の格好にも似合ってると思うな」
「いえ、あの、日常生活に必要な魔術効果でなくて悩んでるんです……」
ナーリア型ブローチ 魔術効果:かまいたち
ぐぅう、かまいたちて。使いどころがわからん。この際見た目重視でいくか。でも、わざわざ魔術具店にきて魔術効果を無視するのも……。あー、せめて攻撃技でなければ。
悩む、超悩む。
だってこれ、『花ティナ』の主人公ティナがアズリの里の祭りで頭にさしてた花にそっくりなんだよ! そっくりっていうかナーリアって花はアズリの里に咲く花なんだからそのものだよ!
先のとがった五枚の花弁で一つの花となるナーリア。普通は赤や白の花なんだけど、ティナが祭りで頭にさしたのは特殊な青のナーリアで、目の前のブローチの着色料も青。
『花ティナ』のグッズがあったらきっとこんな感じだ。前世の私が買えと魂に訴えかけてくる。
私の思考にまで影響を及ぼしてくるとは、オタク魂というものは根が深い。
このまま前世の私のオタク魂に引きずられてしまうべきか否か。
お金がなければあきらめもつくのに、給料ちゃんともらってるのでこのブローチくらい買えちゃうからあきらめきれない。
悩むくらいなら買っちゃえ?
十五にして好きな物への貢癖を開花してしまった前世の私のようにはなりたくないんだよ。
前世は前世、私は私。
私がいいと思ったものでないと買わないんだから────!
「あ、この花、ナーリアか。お嬢様の好きな花だよね」
「ちょっと買ってきますね」
前世の私との思惑が一致した。
マオ先輩は通信機のところに、私は会計に向かう。
会計を滞りなく終わらせほくほく顔で通信機のところへ向かった私は、絶賛お悩み中のマオ先輩に声をかけた。
「何かいいのありましたか?」
「うーん。このイヤリング型の通信機いいなって思ったんだけど、魔力の消費が激しそうでさ」
マオ先輩は丸い球が付いただけの簡素なイヤリングを指し示す。
機能が多いと魔力もその分使う。
試作品としてもらった屋敷の通信機だって、ユーフェミア様は普通に使ってるけど高機能なだけあってちょっと通信するだけでもかなりの魔力を消費する。使わない機能のために大量の魔力消費は躊躇するよね。最近は通信中に魔術が枯渇して倒れる人が続出って話もあるし。
マオ先輩はしばらく悩んだ後、魔術具をたくさん用いることで魔力軽減を図った腕輪型の通信機を買うことにした。
銀の鎖の合間に琥珀色の球が仕込まれた腕輪がマオ先輩の腕で揺れる。
「はずれたら困るし、仕事中はつけられないんだけどね」
と、マオ先輩は言うけれど、結構満足してそうだ。腕輪を見ながらニコニコしている。
私も買ったブローチを見ると『花ティナ』やユーフェミア様のこと思い出してついつい口元が緩んでしまう。
「お互いいい買い物をしたね」
「お店教えてくれてありがとうございます」
「どもども。次はお菓子屋さんだっけ? 案内よろしくね、ミラちゃん」
「お任せください!」
レイス君のお姉さんのお店へ、意気揚々と先陣切って歩く。
大通りを過ぎ噴水広場に差し掛かったところで、人だかりができているのを見かけた。中心には何かを叫んでいる人がいて、周りの人は話に聞き入っているというより物珍しさで眺めているようだ。
「────を誑かす────」
「奴らは特別な力を持つなどと言う勘違いで────」
「──だ。今こそ────を滅ぼし────」
必死に何かを言っているけれど人の壁でここまでは声が届いてこない。
「あれ、何ですかね?」
私が尋ねるとマオ先輩は一瞬顔を曇らせ教えてくれた。
「アズリの里を滅ぼそうとする人たち」
「え!」
「反第二王妃過激派で、第二王妃がアズリの里に伝わる術で国王を誑かしてるから処刑すべきだって主張してるの。ついでに生まれ故郷のアズリも滅ぼそうっていう」
「そんな……」
理解できない。誑かすなんて言いがかりだし、里ごと滅ぼそうだなんて。
あ、もしかして『花ティナ』第一話で里のご神体を持ち出して里を危機に追いやりティナにやっつけられたのってこの集団の人たち?
だったらご愁傷様。
過激な行動のおかげでかえってアズリの里が守られ、特別自治区になるんだから。
でも現段階では単なる脅威。特にアズリの里出身のマオ先輩には。
「あの、マオ先輩……」
そっとマオ先輩の様子をうかがう。
マオ先輩は私に心配かけないようにか、いつものようにニコッと笑った。
「平気よ。あの人たち言ってること荒唐無稽だし、アズリの里がそう簡単に滅ぶわけないもん。それにあの人たち演説許可看板置いてないから絶対無許可よ。無許可で公共の場を長時間占拠してると治安維持署が出動するんだから」
買ったばかりの腕輪をきゅっと握り自分に言い聞かせるように言う。強がってるだけなんだろうけど、マオ先輩が大丈夫というなら私がとやかく言うことではない。
この話をおしまいにして別の話題を出す。
「マオ先輩はお菓子作りが得意なんですよね?」
「ん? あ、そだね、得意ってほどじゃないけど好きかな」
マオ先輩は私の意をくみ取り話を合わせてくれた。
「今度教えてください。ユーフェミア様に食べてもらいたいんです」
「おおっ、積極的」
フッフッフッ。
私のお菓子を食べてもらい「おいしかったわ、また作って頂戴」からの「今度一緒に作りましょう」まで発展させるという壮大な計画があるのですよ。
ユーフェミア様語翻訳機能がつきユーフェミア様の本意を読み取ることができるようになったとはいえ、ユーフェミア様自身が素直になる訓練も必要だからね。ハワード関連では結構素直なんだから焦らずゆっくりやれば可能なはず。
とりあえず『ユーフェミア様のお菓子おねだり大作戦』の目下の敵はマオ先輩だ。
ユーフェミア様がマオ先輩をにらむのはお菓子が欲しいといいたいけれど言えない照れくささで眉間にしわが寄るせいだと推測している。
私より先にマオ先輩が作戦を成功させるかもしれない。
が、私はマオ先輩も大好きなので嫉妬という感情は一切ない。
「マオ先輩も一緒に作りましょう!」
むしろ、ユーフェミア様がいてマオ先輩がいて私がいる空間を想像するとにやけてしまう。
「え、でも私はお嬢様に嫌われてるから」
「そんなことありません! 絶対喜びます! だからお願いします!」
必死になって言い募っていくと、根負けしたマオ先輩が苦笑交じりにうなずいた。
「わかった。じゃあ、帰りに材料買っていこうか」
「はいっ!」
心の中で小躍りする。
それがつい実際の行動にも出てしまったようで浮かれ足で歩いていた私は、レイス君のお姉さんの店まであと少しというところで角から来た人とぶつかってしまった。
同じ身長ぐらいの子だったらしく、ゴン、と頭がぶつかる。
「す、すみません!」
慌てて頭を下げて謝る私。
「こっちもすんません」
向こうも頭を下げて謝る。
お互い謝った後、ゆっくり顔を上げて、
「────」
固まった。
お互い口をパクパクさせ、記憶の中にある名前を思い浮かべる。
「あんたもしかして」
「お前ひょっとして」
知らないけれど知っている、知っているけれど知らない人。
いつだったか屋外訓練場から見かけたその人は、
「北橋蒼汰────」
「三浦千紗都────」
前世の私、三浦千紗都の知り合いだった。




